第214話 現行犯逮捕

 

 午前九時三十分。

 俺はエリンと並んで、とことこと駅前に向かって歩いていた。

 もはやただのキャットファイトと化した家族会議を抜け出し、二人で杉谷さんに会うことにしたのだ。


 ちなみに今のエリンには、猫の姿をとらせてある。

 ある意味、隠蔽スキルを使う以上に完璧な偽装策だし。


「猫を連れてったら驚くだろうな、杉谷さん」

「ニャー」

「しっかり変身能力をアピールしてくれよ。今から会うのは俺の上司みたいな人なんだからさ」

「ミャー」


 覗き込むようにして視線を送ってみると、エリンは「任せて」と言わんばかりに鳴き声を上げた。

 心なしかキャットワークのしなやかさが増したように思える。


 ちゃんとやる気もあるみたいだし、やはりこいつを指名して正解だった。

 自由自在に人と動物の姿を使い分けられるのだから、潜入任務にはもってこいの人材だろう。

 隠蔽魔法を使って透明人間として潜り込むのも悪くないが、小動物の姿で油断を誘うのはエリンにしかできない芸当だ。


 もう通行人からして油断しきってるしな。

 黒猫とお散歩しているという絵面のおかげか、さっきからすれ違う人々の視線が妙に温かいのだ。

 知らないおばさんに「あら、可愛い猫ちゃんね」と話しかけられるし、初対面の女子高生に「この子リード無くても大丈夫なんですか? 賢い子ですねー」と笑顔を向けられたりするし。


 動物に好かれる人間ってのは、それだけで善人っぽく見えるようだ。

 こんなに劇的な効果があるなら、もっと早くペットを飼っておけばよかったと思う。


 異世界から帰って来たばかりの頃は、やたらと職務質問されたからな俺。


 そんなに人相悪いんだろうか、と実は気にしてたんだが、リオが言うには「中元さんみたいにガタイがいいのに目が死んでる人って、失業した肉体労働者に見えるからでしょ」とのことだった。


 なるほど。


 確かに当時の俺は、『建設現場を追い出されてしまった派遣労働者です、空き巣か強盗でもやらかさないと冬が越せません』な感じに見えていたかもしれない。

 おかげで週に二回は年齢と職業を聞かれ、そのたびに「三十二歳のアルバイトです……」と答えては警官に同情されるという悲しい目に遭っていたのだ。

 あの頃の俺が犬か猫を飼っていたら、ただの動物好きのおじさんとして警官達もスルーしてくれたんだろうか? 


「猫があれば防げる悲劇だった……」


 全米ライフル協会みたいな独り言を呟きつつ、横目でパトカーを見送る。

 噂をすればなんとやら、本当に警察車両が俺達の横を通り過ぎて行った。


 ……大丈夫だよな?


 なんか目の前で停車してバンバンッ! と勢いよくドアを開ける音が聞こえるけど、あれって俺を調べ上げようとしてるわけじゃないよな?


 可愛い黒猫に懐かれてる様をアピールしてるんだから、変質者には見えてないはずだよな……?

 ダラダラと冷や汗をかいていると、二人の女性警官が事務的な笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「すいませーん、ちょっとお時間いいですかー?」


 職務質問?

 糞、なんでよりによってこんな時に……!?

 背筋を嫌な汗が伝い落ちる。

 仕事を聞かれたところでノーダメージだが、手荷物検査をされるとヤバい。


 なぜなら俺のポケットは現在、ファザコン娘どもが作った「〇〇叩き券」でパンパンになっているからだ。


 当初はアンジェリカとクロエのみの争いだったのだが、リオや綾子ちゃんも加わり、競うようにしてアブノーマルな券を作ってきたのである。

 

 リオは「いつでもあたしのお尻叩いていいよ」とお尻叩き券を寄こしてきたし、綾子ちゃんに至っては「もう私の全部をあげます」と言って「人権叩き券」を渡してきたしで、はっきり言ってシャレにならない。

 どれも若い女の子の手作りだと一発で分かってしまうのも犯罪臭を強めているし、アンジェリカとクロエが途中から書き慣れた異世界の文字を使い出したせいで、国際犯罪の気配すら漂っている。


 俺だってこんな危険物は持ち歩きたくなかったけど、家を出る直前のタイミングでポケットに突っ込んできたからどうしようもないし、かといって女の子の手書き文字が書かれた品をそのへんに捨てるのは気が引けるし。

 そういうわけで、こうして社会的な窮地に追い込まれる俺なのであった。


「これから人と会うことになってるんで、早めに済ませてもらえますかね……?」


 俺は動揺を悟られない心がけつつ、愛想笑いを浮かべてみる。

 一方、女性警官達も口元には社交辞令な笑みが浮かんでいるが、目元は全然笑っていない。警官って皆こんな表情してるもんだけどさ。


「最近このあたりで、アスファルトに足型のクレーターができる悪戯が起きてるんですよ。ニュースにもなってるからご存知かもしれませんけど」


 おまわりさん、俺がやりました。

 亜人との戦闘で足を踏み込んだ際、思いっきり道路がメキャってへこみました。

 でも素直に自供したら余計に面倒なことになるのが見えているので、俺は「物騒な世の中だなぁ」などとすっとぼけてみる。


「失礼ですが、靴のサイズを聞いてもよろしいでしょうか?」

「……26.5ですね」

「そうですかぁ、クレーターに残っていた靴跡もちょうどそれくらいなんですよね。いえ、ただの偶然だと思うんですけども」

「そうっスよ、ただの偶然ですよこんなん。靴のサイズが26.5な男なんて世の中にいくらでもいるでしょうし」

「ポケットの中を拝見してもよろしいでしょうか」

「え?」


 俺の動きが止まる。

 このお姉さん警官、今なんて言った?


「……ですから、ポケットの中を見せて頂いてもよろしいでしょうか? 市民生活の安全のためにも、ご協力して頂きたいのですが」

「いや……それはその……」

「何か見られると困るものでも入ってるんですかー? お薬とか注射器とか?」

「ウンコ漏れそうなんでトイレ行っていいですか?」


 俺が下手くそな嘘を付いているうちに、もう一人の女性警官が勝手にポケットの中に指を突っ込んできた。

 割と可愛いお姉さんに懐をゴソゴソやられているわけで、普段なら割と嬉しいシチューエションなんだが今はひたすら明日の朝刊が怖い。中元容疑者になりたくない。法廷画になりたくない。


「先輩、こんなの出てきました」


 女性警官の手には、アンジェリカお手製の『子宮〇叩き券』が握られていた。

 他にも『乳〇叩き券』や『お尻叩き券』や『×××××叩き券』といったブツが、どんどん白日の下に晒されていく。


「……全部、女の子の手書きに見えますね」


 これは貴方のもので間違いありませんね? と確認される。


「――はい。俺がやりました」


 午前九時三十四分。

 俺は逮捕された。

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