第213話 ご指名

 もう面倒だからこいつら全員お留守番させて、一人で潜入しようかな……。

 などと投げやりなことを考えていると、廊下の向こうから「みゃあ~」と間の抜けた声が聞こえてきた。


 エリンの鳴き声だ。


「あいつやっと起きたのか」


 にゃんこの癒し効果で、殺伐とした空気を吹き飛ばしてくれるのではないかという甘い期待をしてみるも、それは一瞬で裏切られることとなった。


「……いや、なんでさ?」


 なぜならエリンは、人間の姿に化けていたのだから。

 あろうことかこの猫娘は、人間形態で四つん這いになり、にゃーにゃー鳴いているのである。


 もちろん服は何も着ていないし、尻を高く突き上げた格好でうろうろ歩き回ってるせいで、色んなものが丸見えだったりする。


「え、なんですかこの痴態は」

「ふうん。裸で猫プレイねぇ。これ中元さんの趣味なわけ?」

「……後で話し合いたいことがあります」

「あうあうあー……エリン!?」


 渦中のエリンは、眠そうな顔で伸びをしている。

 どうやらまだ寝ぼけているらしく、人型になっていることに気付いていないようだ。

 あと驚きのあまりフィリアが一瞬だけ素に戻ったけど、誰も気にしてないのな。


「みゃー。みゃー」

「目元をくしくしやってないで、さっさと服を着るか猫に戻るかしてくれ」

「みゃ!?……あ……私……寝ながら人になってた……?」


 エリンは大きく目を見開くと、気まずそうに黒猫に変化した。

 尻尾がピーンと立っているので、緊張しているのがわかる。

 本人としても今のは恥ずかしかったのだろう。


「……どういうことです?」


 説明お願いします、とアンジェリカが上目使いで見てくる。

 俺はどうもこの目に弱い。なんでも言うことを聞いてしまいそうになるのだ。


「エリンは魔力が溜まってきたおかげで、人型に変身できるようになったみたいなんだ。中途半端に猫耳や尻尾が残っちゃうらしいんだが」

「いえ、私が説明を求めてるのはそちらではなく――最近のお父さん、エリンさんを懐に抱きながら寝てましたよね?」


 ピキィン、と部屋の空気が張り詰めていくのを感じる。

 

「猫ちゃんを抱いて寝る分には、ギリギリ許容範囲ですけどぉ……まさかエリンさん、夜中にお父さんの胸の中でこっそり人型になったりしてませんよね?」


 そのまさかである。

 俺は昨晩、隣で綾子ちゃんが寝ているというのに、人型エリンの乳を揉みしだくという破廉恥イベントをこなしていた男だ。

 それはもう男っていうか刑法犯だ。


 なので俺は、


「そんなわけないだろ? 俺もついさっきエリンが人型になれるって知ったばかりだしなぁ」


 とうそぶいてみた。

 アンジェリカの碧眼は、疑り深そうに俺を見上げている。


「……嘘をついてる目ですけど、あまりにもわかりやすくうろたえてて可哀想なので、今日のところは大目に見てあげます。こんなに目が泳ぐ人、初めて見ましたよ私」

「だろ? 俺ってば隠し事ができない男だからな」



【パーティーメンバー、神聖巫女アンジェリカの独占欲が500上昇しました】

【パーティーメンバー、雌奴隷斎藤理緒の独占欲が500上昇しました】

【パーティーメンバー、愛人大槻綾子の独占欲が500上昇しました】

【パーティーメンバー、愛玩動物フィリアの独占欲が500上昇しました】

【パーティーメンバー、隠し子クロエの独占欲が500上昇しました】



 次々に浮かぶシステムメッセージを目で追いながら、またひでえ肩書が付いたもんだなあとため息をつく。

 アンジェリカ以外全員アウトじゃねーか。

 もはや突っ込む気にもなれない。

 朝からしょうもない修羅場を繰り広げてるせいで、段々疲れてきたぞ俺。


 どうせこいつらの機嫌なんて結婚を匂わせてやれば直るんだし(外道)、さっさと潜入任務のパートナーを決めるべきではなかろうか?


 俺はクロエ以外の全員に「そのうち入籍しような」と耳打ちをし、雑に丸め込んでやった。

 クロエに対しては、「老後はお前に介護してほしい。下の世話はやっぱ血縁者じゃなきゃ頼めないんだわ」と甘えた声で囁いてみた。

 すると好感度が四億上がった。


 ちょろい奴らである。


「本題に戻るぞ。プレゼンが途中からぐちゃぐちゃになっちまったから、もう俺が決めるからな。あー……今回の相棒はだな」

「こ、今回の相棒は?」

「誰なのかな?」


 ずい、とアンジェリカとクロエが顔を近付けてくる。

 美少女二人のドアップは中々の迫力だ。


「――今回の相棒は――エリンだ」


 ノーマークだった人物の指名に、アンジェリカ達は石のように固まってしまった。

 だが、俺は気にせず語り続ける。


「だってよ、いつでも猫に変身できるんだぜ? スパイにはもってこいの能力じゃないか」


 そうなのだ。

 ちゃんと考えがあってのことなのである。

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