第212話 デュエリスト達
ええい、うだうだしてても始まらない。
ここは家長としてパーティーリーダーとして、ビシッと決めなくては。
「よしわかった。そんなに言うならお前ら、ちゃんとしたプレゼンを行なってくれ。情に訴えるのはやめて、理路整然と自分を連れてくメリットを説明するんだ」
「プレゼン?」
なんですかそれ? とアンジェリカはきょとんとしている。
他の異世界女子――クロエとフィリアも同様の反応だった。
……四十五歳のフィリアも「女子」のカテゴリに入れてあげてる俺って、めちゃくちゃ紳士だと思う。
「お前ら三人のうち、誰を連れていくのがベストなのか、各々アピールしてくれ。私ならこんな魔法が使えます、こんな貢献ができます、ってな。パーティー組む前なら普通にやることだろ?」
「冒険者ギルドで旅の仲間を探す時みたいな感じですか?」
「そうそう、そういうノリだ。私は僧侶なので回復魔法が使えます、一日に三回まで使用可能です、重すぎる装備は持てません、的なやつな」
なんかバイトの面接っぽいね、と現代人のリオはロマンの欠片もない単語を呟く。
「って、なんで神官長まで候補に入ってるんです? 幼児退行してる人を戦力に含めたら不味いですよっ」
「いやーそうでもないぞ? あいつの方から自分も連れてけって言ってきたんだし」
「え? そうなんですか?」
一体いつの間に、とアンジェリカはフィリアの顔を見やる。
瞬間、フィリアの顔がこわばったのを俺は見逃さなかった。
そうなのである。
俺と一緒に潜入任務に挑みたければ、フィリアは皆の前で堂々と自己アピールをしなければならない。
要するに、実は正気に返ってましたと打ち明ける必要があるのである。
そしてさっさとアンジェリカと和解するがいいさ。
「あ、あうあうあー」
「やっぱり神官長はおかしいままですよ。お父さんの聞き間違いだったんじゃないですか?」
……下手くそな演技しやがって。
いいだろう、お前がそのつもりなら今回は候補から外させてもらう。
「となるとアンジェかクロエの二択だな。さ、どっちを連れてけばお得なのかじっくりプレゼンテーションしてくれ」
むむ、とアンジェリカは眉をしかめ、クロエと睨み合う。
このまま決闘でも始めかねない勢いだ。
「はあ。わかりました。私がどれほど戦力として有用か、言葉でお父さんを納得させればいいんですね?」
言いながら、アンジェリカはすっくと立ちあがる。そして胸に手を当てて言う。
「私は回復魔法のエキスパートですし、こう見えて頑丈ですし、ついでに人間レーダーにもなっちゃいますし、お得だと思いません? 遠距離から敵の位置や人数を把握できるのは、クロエさんにはできない芸当ですよ」
「そうなんだよな。アンジェを連れてく最大のメリットってそれだよな」
ぶっちゃけ俺は普通に戦えば誰にも負けないので、戦闘力よりも補助方面でサポートしてくれる人材の方がありがたいのは確かだ。
そうなるとただの魔法剣士なクロエより、感知スキルを使えるアンジェリカに軍配が上がるかもしれない。
「やっぱアンジェは使えるよなあ……」
「ですよね!? ですよね!? ぜひ使って下さい! 毎晩使って下さい!」
「変な言い回しはやめろ」
すっかり頭の中をアンジェリカ一色にしていると、今度はクロエが立ち上がった。
「なるほど、私はそこの神聖巫女と違って感知スキルの類は持っていない。単に剣と魔法に長けているだけの、女騎士だ。けれど、それでも私が有用な人材であることには変わりないよ」
「そりゃまあお前の方がアンジェリカより強いだろうけど、戦闘なら俺一人で十分だからなあ」
「そうではない。私は父上を肉体的、精神的にケアすることができると思う。これはアンジェリカでは不可能なはず」
「……どういうこった?」
まだ隠し玉があるのか?
まさか俺も知らない必殺剣を習得してたりするのか?
やっぱ俺の血を引いてるだけあって天才なのかもな、やるじゃん俺の遺伝子、そうだよな大体俺のおかげだよな、と一人で図に乗っていると、クロエはポケットの中から何やら紙の束を取り出した。
「これさ」
よく見るとそれは、チラシを長方形に切って作られた、名刺大のカードだった。
裏返してみると、丸みを帯びた女の子っぽい字で、『肩叩き券』と書いてある。
それがなんと、数十枚。
「もしかしてこれは、『娘の手作り肩叩き券』ってやつなのか!?」
その通り、とクロエは頷く。
「私にはよくわからないけど、ある一定の年齢に達した男性はこういうので癒しを感じるって聞いたから」
「一理ある!……いや、十理はある!……うおっ、マジで嬉しいぞ……なんか色仕掛けよりこういうのの方が身に染みるわ……」
思わず涙ぐんでいると、視界の端っこでアンジェリカがプルプル震えているのが見えた。
ジェラシーに火がついた時のサインだった。
「な、なんですかそれ!? 全然戦闘と関係ないやつじゃないですか!? 真面目にやって下さいよ!?」
「やってるじゃないか真面目に。父上は世界最強なんだから、剣や魔法で補佐する意味なんてないんだよ。だったら私は、心と体の疲れを癒してあげる役割に特化した方がいい」
「そんなの私だってできますし! 肩叩きなんて誰でもできるじゃないですか!?」
「そうでもない。父上は防御力が高すぎるから、肩を叩く側もそれなりのステータスがないと効果がないはずなんだ。仮に君がやったとしたら、肩をくすぐってるような状態になってしまうと思う」
それはあるな、と同意する。
俺は全身が硬すぎて、そのへんのマッサージチェアなんて全然効き目ないからな。
「じゃ、じゃあ……お父さんの肩を癒してあげられるのは、クロエさんじゃないと無理なんですか……?」
「そういうことだね」
「……なら……私が今までお父さんの肩を叩いてたのは、無意味だったんですね……」
そんなことはないぞ、あれはアンジェリカの胸が背中にめっちゃ当たるから間違いなくリラクゼーション効果はある。
などと口が裂けても言えないことを考えていると、
「まあ妙齢の娘が父親の肩を叩いたら、背中に乳房が当たるし。父上にバストで奉仕していたと考えると、やる意味はあったんじゃないかな」
とクロエは俺の思考をそのままトレースしたような台詞を口にした。
確かな血の繋がりを感じさせる、外道極まりない発言である。
「そうなんでしょうか……私が今までやっていた肩叩きは、無駄じゃなかったんでしょうか……?」
「うん! 決して無駄な行ないではなかったと思うよ」
「クロエさん……!」
「だからこれからは、安心してその役割を私に任せるといい。父上の肩を叩きながら乳房を擦りつけるのは、私が適任だよ。肩叩きっていうのは、そもそも娘が父親にバストの成長具合を伝えるためにやるものだからね。君みたいに育ち切った体の持ち主じゃなくて、成長途上の私こそ相応しい」
「……う、うう……」
肩叩きってそんな邪悪な文化だったのか?
やっぱファザコンスキル持ってるだけあって、クロエもちょっとネジが外れている気がする。
なにより今の暴論に、他の女性陣が誰も突っ込まないのが一番怖い。
あいつらの業界だと至って普通の価値観らしい。
「……私では……お父さんの肩を癒してあげられない……肩叩き券を作れない……」
がっくりと膝をつくアンジェリカに対し、クロエは勝利の笑みを浮かべている。
いいのか?
こんな下らない勝負で潜入任務の相棒が決まってしまっていいのか?
俺はこのまま、美少女におっぱいを擦り付けられながら肩叩きされるだけの勇者になってしまうのか? そいつ勇者じゃなくて魔王じゃね?
俺が様々な観点から混乱していると、アンジェリカはゆらりと立ち上がった。
目には強い光が宿っている。
何か逆転の糸口を掴んだようだ。
「……危ない……ところでした。実の娘の肩叩き券。これは切り札です、ファザコン界のゴールドカードです。危うく流されるところでした」
「わかってるならなぜ立ち上がるのかな? とうに勝負はついてるんだよ。父上の肩甲骨は、私のおっぱいを密着させるためにあるんだよ?」
「……そうかもしれません。でも、血の繋がりのない私だからこそ作れるものだってあるんです……!」
「へえ?」
そろそろ誰か正気に返ってくれないかな、と途方に暮れていると、アンジェリカは朝刊に挟まっていたチラシを小さく切り取り、なにやらペンで書き込み始めた。
クロエはそれを見て笑っている。
「はははっ! 君も肩叩き券を作るの!? 無駄だよ、こういうのは実の娘がやるから価値があるんだ……! 君が作ったところで、そこに親子だんらんの神聖さは芽生えない……!」
「わかってますとも! だから私は――これを作るんです!」
アンジェリカが印籠のようにかざした紙切れには、『子宮叩き券』と書き殴ってあった。
「……それが何を意味しているのか、説明してくれるかい神聖巫女アンジェリカ」
「そのまんまの意味ですよ! これはいつでも私の子〇口をコンコン叩いていいチケットです!」
「そ、そ、それはつまり、えっちし放題券ってことなのかな!?」
「そうです! 貴方と違って血の繋がりのない私なら、お父さんと肉体関係を持ってもセーフ! だからいくらでも際どいチケットを作れるんです!」
「馬鹿な……!?」
よほど衝撃だったらしく、クロエは後ろ向きに数メートルほど吹っ飛んだ。
手元から離れた肩叩き券が、はらはらと宙を舞う。
なんだかカードゲーム作品に出てくる登場人物みたいな構図だ。
高い身体能力と悪乗りが組み合わさると、こういう絵面ができあがるという悪例である。
……で、結局どっちを連れてけばいいんだ俺は?
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