第211話 桃色の作戦会議
「ん」
リビングに足を踏み入れた瞬間、ふわりとコンソメの香りが漂ってきた。
どうやら、今日の朝食は洋風らしい。
その方が無難だしな。
なんたって我が家は、多国籍の大家族。
日本人三名、白人二名、白人と日本人の混血のような者が一名、それと異世界の猫が一匹暮らしているという有様だ。
和食ばかり出すわけにもいかないのだ。
だから今、食卓の上に煮込みハンバーグとロールキャベツが並んでるけど、これは至って普通のことなんだよ。綾子ちゃんなりの配慮なんだよ、と無理やり合理的な理由を探してみる。
「いや、やっぱねえわこれ」
夕飯みたいなメニューだし。
どうなってんだよこれ?
どれも俺の好物なので、喜ばせようとしているのは伝わってくるのだが。
三十二歳の胃袋に、朝から肉料理はきついものがある。
なんでまたこんな手間のかかる朝飯をこしらえたんだよ、綾子ちゃんは?
気になって台所を覗き込んでみると、鼻歌交じりで調理している背中が見えた。
今の綾子ちゃんは異様に機嫌がいいようだ。
「あ、中元さん。おはようございます」
もうちょっと寝てていいんですよ、と満面の笑みを浮かべながら振り向く綾子ちゃん。
邪気の無い笑顔が、逆に怖い。
いつも邪気しか無い人がこういう表情をすると、脳卒中を疑ってしまう。
大丈夫か? 脳の血管にアクシデントが起きて人格が切り替わってるんじゃないか?
恐る恐る近付いてみたところ、パパパッ、とシステムメッセージが視界に浮かんだ。
【パーティメンバー大槻綾子の好感度が99999999上昇しました】
【大槻綾子の好感度は、直ちに性交渉を行なわなければ危険なレベルに到達しました】
【二十四時間以内に性交渉を行なわなかった場合、想像妊娠、自慰中毒、錯乱などの状態異常に陥ることが予想されます】
……なんでさ?
俺なんにも悪くないじゃん。
昨日のあれは二回行動スキルが暴走しただけじゃん、あんなの俺の意思と関係ないじゃん。
俺の見えない分身が勝手に綾子ちゃんのパンツを脱がせてプロポーズしたあげくディープキスしたのが悪いんだよ、俺のせいじゃないんだよ。
――駄目だ、こんな言い訳通用するわけがない。
さすがにここまでやっちまったら、責任を取らなきゃ不味い気がする。
「……今日からは、呼び方を旦那様に変えた方がいいですか……?」
いやそのままでいいよ。絶対「何があったのこの二人に?」って疑われるし。
俺は彼女面を通り越し、女房面を始めた綾子ちゃんに戦慄しながら食卓についた。
二十四時間以内に抱いてやらないと、想像妊娠か自慰中毒か錯乱ねえ……。
別にいつもの綾子ちゃんと変わんねえなそれ?
二日に一回はエアつわりで俺をビビらせる問題児だし、俺と添い寝した日はゴミ箱をティッシュでパンパンにしやがるし、最初から錯乱してるようなもんだし。
つまり放置してもオッケーということだ。
俺は何事もなかったかのようテレビを点けると、朝のニュース番組にチャンネルを合わせた。
時刻は六時五十八分。
どう見ても女子大生にしか見えないアナウンサーが、突如として道路に発生したクレーターについて取り上げている。
やべ、あれ俺が昨日作ったやつだ。
亜人を討伐した際の踏み込みで、アスファルトが放射状に割れてしまったのを覚えている。
なにやら謎の陥没現象としてちょっとした騒ぎになっているらしい。
公安の人達が後でどうにかしてくれると思いたい……。
悪戯が見つかった子供のように縮こまってるうちに、どんどんリビングが賑やかになっていった。
俺の右隣にアンジェリカが座り、左隣にはリオが座り、後ろからはフィリアが抱き着き、膝の上にはクロエがちょこんと座り込む。
上下左右を女に囲まれて、おしくら饅頭のようになっていた。
朝から暑苦しくてかなわん。
オセロじゃねーんだぞ俺は。
ファザコン四人に挟まれたから、俺もファザコンに変わるのか?
「これでどうやって飯食えっていうんだ」
私が食べさせてあげますよ、とアンジェリカが母性に満ちた笑顔を見せる。
だが、瞳の底には嫉妬の炎を感じる。
観念した俺は、「全部アンジェに任せるよ」とうなだれた。
綾子ちゃんも最後の皿を持ってきて席に着いたことだし(こめかみに青筋を浮かべながら俺の向かい側に座った)、食べるとしよう。
「頂きます」
こうして、テーブルマナーも糞もない、破廉恥極まりない食事が始まった。
アンジェリカはハンバーグを一口大に切りながら、
「朝ご飯にしてはボリュームがありますね?」
と首を傾げている。
あたしもそう思う、と同意したのはリオだ。
皆の視線が、吸い寄せられるように綾子ちゃんへと向かった。この食事を用意した張本人へと。
「……どうしました? 食べていいんですよ?」
「アヤコ、昨晩お父さんと何かあったんですか?」
「……何もないですけど」
「で、でも、かつてないほど上機嫌だし、時間帯を無視してお父さんの好物を作っちゃうくらい張り切ってますよね……?」
「……ご想像にお任せします」
頬に手を当てて、ふふ、と微笑む綾子ちゃん。
すっかり正妻気取りである。
一方、アンジェリカはわなわなと震えて俺の太腿にハンバーグのソースをこぼしまくってるし、それをリオとクロエが舐めとってるしで、もう本当に「見せられません!」な食事風景だ。
「あー……、朝から盛り上がってるところを悪いが、お前らに相談がある。実はな、この家にいる異世界人を一人選んで、連れてこいって指示を受けてるんだ」
どういうことです? とアンジェリカがまたも俺の手の上にソースをこぼす。いいからまず箸を置けよと言いたい。
布巾に手が届かないので、仕方なくリオに指をしゃぶらせて汚れを落とす。
「多分だが、敵地に潜入をかけるんだと思う。どっかにデカいアジトでも見つけたんじゃないかな。それで異世界出身の人間を使いたいんだろ」
「居所がわかってるなら、お父さんが遠いところから魔法で狙撃すればいいんじゃないですか? 今ならアヤコのデバフで火力調整できますし、無用な被害も出ないでしょうし」
「内部に入り込んで、情報収集したいんじゃないか?」
「あ、なるほど」
そうなると私とお父さんのコンビで行くしかありませんね、とアンジェリカは頷く。
そこに異論を挟んだのはクロエだった。
「ここは私が行くべきではないかな。戦闘力なら私の方が上だし。なにより私と父上は『実の』親子なんだし、息が合うに決まってる」
「実の」を強調しているところに、激しい独占欲を感じる。
やめろ、平和な作戦会議を修羅場に変えるんじゃない。
クロエはねだるような声で続ける。
「親子が和解した記念に、さっそく共闘と行こうよ。ね?」
「……まあ、確かに強さで選ぶならお前になるんだけど」
などと迷っていると、今度はフィリアが耳元で囁いてきた。
(なぜ私を指名しないのです。私は貴方の次に強いと自負しておりますが)
声量は俺にしか聞き取れない程度に抑えられている。
お前、今は正気だったのか。
(勇者殿が望むなら、道中どのような奉仕もして差し上げます。ほらほら、さっさと私を選ぶのです)
……参ったぞこれは。
候補が多すぎる上に、どいつもこいつも俺と行動したがってるから全然話が先に進まない……。
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