第215話

 後部座席に押し込まれた俺は、茫然とフロントガラスを眺めていた。

 運転席には「先輩」と呼ばれていた方の警官が座り、助手席には後輩らしき警官が腰かけている。

 エリンはというと、その後輩警官に抱かれて大人しくしていた。


「見て下さい先輩。この猫ちゃん、全然暴れませんよ。賢い子です」

「そう」


 と興味なさげな返事が聞こえたかと思うと、静かに車が動き始める。


 ……不味い。

 このまま署まで運ばれてしまったら、前科が付いてしまう。

 最悪、家宅捜索をされるはめになるかもしれない。そしたら何もかもおしまいだ。


 マンション内に複数の未成年を住ませていることが判明し、芸能史に残るパパ活野郎として歴史に名を刻むことになるだろう。

 いや芸能史どころか犯罪史全体で見渡しても、割と目立つ位置に食い込むのではなかろうか。


 アンジェリカや綾子ちゃんを飼ってた件に関しては「性欲を抑えきれなかった」で世間が納得するだろうが、幼児退行してあうあう言ってるフィリアや、DNA鑑定されたら隠し子と判明するクロエも加わることで、スキャンダル度が五段階くらい跳ね上がる気がする。

 一体どんな報道をされてしまうのか、想像するだに恐ろしい。

 

『速報が入りました。UFOおじさんこと中元圭介メンバーが、自宅で複数の未成年女性を軟禁していた容疑で逮捕された模様です。中には知的障害のある白人女性も混ざっており、当局は国際犯罪組織との関りも視野に入れて捜査を行なうとのことです。……あっ、また続報が入りました! 同居していた少女のうち、一名は中元メンバーの実子だそうです! 隠し子です! 年齢を計算すると、中元メンバーが十代の時に産まれた子供になるようですが……わ、我々はいつまでこの色魔をメンバー呼びで報道しなければならないのでしょうか!?』


 駄目だ、こんなの数週間は世間の話題をさらっちまう……!

 コンビニに並んでる怪しげな実録犯罪マンガが、しばらくは俺一色になる……!


「ぐおお……!」


 頭を抱えて唸っていると、ふとある人物の顔が浮かんだ。

 杉谷さん――あの人は公安のお偉いさんなはずだ。

 名前を出せばなんとかなるんじゃないだろうか?


「あの! 杉谷さんに確認してもらえますかね?」

「……」


 無視ときた。

 なんだろねこのドライな反応。

 わいせつ物所持の変質者とは言葉も交わしたくありませんってか。


 いいさ、そっちがその気なら力づくで……ってそんなことしたら余計に社会的な名誉が損なわれそうだし、一体どうすればいいんだ? 

 相手が女性警官なのも心証が悪くなりそうっつーか。

 怪我でもさせたら確実に俺が悪役になるじゃん。


 要するに、捕まった時点で詰みなのでは?


 いよいよ諦めの境地に入り込んでいると、運転席の方から声をかけられた。


「杉谷警部とは、現在連絡を取ることが不可能となっております」

「へ?」


 咄嗟に顔を上げると、ルームミラー越しに女性警官と目が合う。先輩と呼ばれていた方の人だ。

 

「杉谷警部はさきほど身柄を拘束されました」

「な、なんで……!?」

「我々にもよくわからないのです。容疑は横領となっているのですが」


 お、なんだか話の流れが変わってきたぞ? と藁にも縋る思いで話に食いつく俺である。


「横領……? 杉谷さんがですか。金に困ってる雰囲気は全くありませんでしたけど」

「あくまで逮捕のための方便でしょう」

「若干キナ臭くなってきましたね?」

「我々もそう思っています」


 これはもしや……ひょっとするとアレだろうか?

 俺は昔観た刑事ドラマの一場面を思い浮かべながら、女性警官にたずねてみる。


「警察組織内の権力闘争に巻き込まれた……ってやつですか」

「概ねそう考えてよろしいかと」

「なら貴方達は杉谷さんの腹心の部下で、今から救出に向かおうとしてるんですね!?」

「理解が速くて助かります」


 なんだそういう事情か、と俺は安堵する。

 つまりこの人達は杉谷さんの息がかかった人間なのだ。本当に俺を逮捕しようとしてるわけじゃないのだろう。


「杉谷警部は現在、東京拘置所に身柄を置かれています。……中元さんにはこれから性犯罪の容疑者として内部に潜り込んでもらうことになります」

「もっと格好いい罪状で送り込むことはできないんですかね?」

「そうは言いましても、これは杉谷警部の指示ですから」

「杉谷さんの?」

「中元さんは適当に身体調査すれば女の子絡みの犯罪の物証が出てくる男だから、それを理由に逮捕して拘置所に送り込んでくれ、とのことでした。ある意味信頼されてますね」


 あのおっさん、俺のことそんな目で見てたのかよ。

 ふざけんなよ、それじゃまるで俺が日常的に十代女子と如何わしいことをしてるみたいじゃないか!?


 その通りです!


「……ぐうの音も出ねえ……」


 今日も出かける前にアンジェリカ達とちゅっちゅイチャイチャと、やりたい放題だったしな。

 しかもリオと婚約してるし、若い女の子に興味津々なおじさんと思われるのも当然なのだった。


「メディアには情報規制を敷いておきますし、後で誤認逮捕だったと伝えておくのでお気になさらず。安心して犯罪者になりきって拘置所内を探索してきて下さい」

「うっす」


 実際、捕まってないだけで本物の性犯罪者みたいなもんだしな。

 いいぜ、やってやるよ。

 俺は杉谷さん救出プランに耳を傾けながら、己の爛れた私生活に反省の念を抱くのだった。

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