第204話 ソビエトロシアでは娘が父親を管理する!

 体を洗い終わった俺達は、二人並んで湯船に身を沈めた。

 なんせ相手が年頃の娘なもので、体を見ないようにしようと背中を向ける。

 するとクロエは、後ろから抱き着いてきたのであった。


 ……色々当たってるけど、全然興奮しない。


 向こうはどうだか知らないが、俺の感覚からすると単なる女の形をした肉だ。文字通り肉親だ。


「父上……」


 視界には、【クロエの好感度が1000上昇しました】というメッセージが表示されている。

 性的興奮ではなく、好感度が上昇。

 となるとクロエの方も、単に娘として甘えているだけらしい。


 つまり健全だ。


 クロエの裸体を描写していないし、快感を感じている場面もない。どこに見せても恥ずかしくない、立派な全年齢表現である。


 俺は柔らかな感触を背中に感じながら、気になっていたことを聞いてみる。


「初対面の時、内藤クロエって名乗ったよな。あれなんでだ? ステータス鑑定によると、お前は名字がないようだが」

「私、あっちの世界だと騎士の称号を授かってるから。ナイトをもじった名字を適当にでっちあげただけだよ」

「なるほど……」

「これからは中元クロエと名乗るべきなのかな」

「とりあえず家の外では内藤クロエで通してくれ、色々と悪い疑惑が立ちそうだし」


 疑惑も何も、未成年を複数部屋に連れ込んでる時点で、本当に悪い奴なんだけどな俺。

 なんかもう、俺って性の魔王だよな。完全に闇堕ちした勇者だ。


「それと俺の精子を用いたホムンクルス娘って、全員同じ顔だったりするのか? 三万人もお前が並んでたら見分ける自信ないぞ」

「そこは大丈夫。一般的な姉妹のレベルでしか似てないよ。クローンではないんだし」

「そうか、ちょっと安心した」


 とはいえ一般的な姉妹であっても、三万人もいたらやっぱり見分けなんて付かない気がする……。

 若い女の子ってのは、ただでさえ皆同じように見えるんだし。

 たまに人数の多いアイドルグループと共演すると、誰が誰なのか本気でわからないことがある。

 48人いるやつとか46人いるやつとか。


 なのに、俺の娘なんて三万人だぜ? 頭おかしくなるわこんなの。


「……ステータス鑑定によれば、お前の能力は俺の十分の一程度だった」

「そうなんだ。やっぱり父上は強いね」

「だが、それが三万人いるとなると話は別だ」


 俺は父性スキルでさらに戦力を盛れるが、それでもなお足りない。


「全員一気に攻め込んできたら、不味いことになる。一人一人説得してたら時間が足りない。そんなことをしてるうちに地球は終わりだ」

「んー……転送魔法の性質を考えると、三万もの人数が一度に来れるとは思えないけどね」

「百人でもやばい。いや五十人でもきつい。あるいは何回に分けてこっちの世界にやってきて、どこかの潜伏しているかもしれない。それがある日突然、牙を剥いたら――」


 まさにハルマゲドンだ。


「父上は私達をなんだと思ってるの? 騎士の誇りにかけて、クロエシリーズは一般人を無差別攻撃なんかしないよ。全員が父上と一騎打ちした末に、体を求めてきて終わりだと思う」

「それはそれでめちゃくちゃ困る……」


 まあとにかく、今の俺は戦力が足りないということだ。

 俺が弱いというわけではなく、単純に数が足りない。

 異世界側が今もホムンクルスを製造し続けているというのに、俺の方がなんの対策も打たないのでは不利なになる一方だ。


「フィリアやお前が投降してくれたおかげで、戦力が増えたのは確かだけどさ。それでもやっぱ足んねーよ」

「つまり父上は、仲間を増やしたいんだね?」

「それか、今いる仲間を強くしたい。なあクロエ。この家には何人か女の子がいるわけだが、お前の目から見て剣の才能がありそうなのは誰だ?」

「どういうこと?」

「お前、明日から暇だろ。アンジェリカ達に剣を教えてやれよ」

「ええー……?」


 困惑するクロエに、俺は再度頼み込む。


「親孝行だと思って聞いてくれよ。な?」

「……うーん。そうだな……剣を振るなら、やっぱり背が高い方がいいよ。リーチは長ければ長いほどいい。それと私の剣技って母上に教わったものだから、タンク向けなんだよね」

「タンク?……ああ、確かにリリ先生は前衛の盾役だったもんな」

「そうそう。だからなんていうか、痛みに耐えるというか、苦痛に堪えて反撃を狙うみたいな、そういうのが私の流派の本質なんだ。要するに我慢強い子じゃないと習得できないんだよ、私の剣技は。こっちの世界は文明が発達しているようだし、そこまでガッツのある子がいるとは思えないな」

「いやいる。リビングにいる」

「え?」

 

 俺はリオの顔を思い浮かべていた。

 女子にしては高めの一六五センチの身長を持ち、痛みを快感に変えてしまう特殊性癖持ちの、ヤンキー女子高生の顔を。


「決まりだな。お前明日から、リオに剣を教えるんだ。そのうちリオといる時にEXPを積ませてやれば、ステータスも引き上げることができるだろうしな。あとは……」


 あとはアンジェリカだが、あいつの適正はヒーラーだろう。法術使いなわけだし。

 となると……フィリアか。かつて勇者パーティーでヒーラーを務めていたフィリアであれば、上手いことアンジェリカを指導できるはずだ。


 フィリアもそろそろ、年貢の納め時というわけだ。

 何時までも発狂したふりを続けてないで、そろそろアンジェリカ達に事情を打ち明けるべきだろう。そしてレイスを憑依させてごめんなさいと謝らせた末に、アンジェリカの師匠となってもらうのだ。


 綾子ちゃんはデバフ系の魔法が使えるから、エリンが喋れたら魔法の手ほどきをさせて、補助系の魔法使いとして育成できたのだが……いかんせん今のエリンは猫なので、にゃーにゃー言うことしかでいない。惜しい。


「まあいいさ。道筋が見えただけでも十分だ」


 俺はザバリと浴槽から出ると、素っ裸のまま浴室を出た。

 すると外で待機していたアンジェリカが、バスタオルを持って走り寄ってくる。

 少し遅れて、綾子ちゃんとリオも駆け寄ってきた。二人の手には、やはりバスタオルが握られている。


「お、来たな。そんじゃいつもの頼む」


 そして俺は、三人の少女に体を拭かせる。

 優しく水滴を拭い取られ、くしゃくしゃと髪を乾かしてもらう。

 少女のしなやかで指で体を拭かれると、とてつもなく罪深い気分に陥った。


 ……絵に描いたようなハーレム状態だが、これには事情がある。

 

 このファザコン娘どもは、「風呂上がりの俺を誰が拭き拭きするか」でしょっちゅう喧嘩をしていたのだ。

 父親の体を拭くのは娘の基本的権利、いや生存権だなんだとのたまい、仁義なき争いを繰り広げていたのである。

 毎晩風呂上りにキャットファイトをやられると神経がもたないので、やむを得ず俺は、自分の肉体を公共財として扱うことにした。


 即ち、「俺の体は皆で拭くこと」とルールを定めたのだ。


 ちなみに、俺が自分で自分の体を拭くのは、禁止された。どんなに疲れていようとも、こいつらに拭かせなければならないのである。


 俺の体はもはや、私有財産ではないのだ。

 三人のファザコン娘が、平等にパパの体を管理する思想……俺はこれを『父さん主義』と呼んでいる。

 もはやこの家には、父親の愛情を独占するようなブルジョア階級は存在しないのだ。

 平等で平和な世界が訪れたのである。


「お父さん……クロエさんとお風呂でどんなことしてたんですか?」

「え? 何もやましいことはしてないけど?」

「そうは言いますけど、あの人はお父さんと血の繋がりのある、言わばファザコン界の資本家ですからね。私達のような労働者階級のファザコンからすると、要警戒対象なんです」


 スラブ系っぽい顔立ちのアンジェリカにこういうことを言われると、本当にソビエトに迷い込んだみたいな気分になるな、とお決まりの現実逃避を決め込む俺だった。


「父上は凄いなあ。毎日未成年の女の子に体を拭かせてるの? 英雄色を好むって本当だったんだ……」


 風呂上がりのクロエに教育上最悪な光景を見られてるけど、それでも逃げなきゃいけない現実がある。

「中元さん、下も拭いていいですか?」とおずおずとたずねてきた綾子ちゃんなんて気付かないふりだし、リオは俺の体を拭きながらわざとらしく胸を当ててくるけど、全然気付いてねえし。


 俺泣いてねえし。

 強がりじゃねえし。

 ほんとだし。


「父上、それ私も混ざっていい?」


 ……明日からは四人体制で拭かれるのかと思うと、眩暈のような感覚を覚えるが、それでも知らないふりだし。

 もう好きにしろや、としか言いようがないのだった。

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