第203話 命の洗濯、魂の汚染
クロエをマンションに連れて帰ると、当たり前だが大騒ぎになった。
先に帰宅していたリオはつーんとそっぽを向いているし、アンジェリカと綾子ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしている。
フィリアは一瞬だけ「ぎょっ」としたあと、「あうあうあー」とわざとらしく声を上げた。あれは確実に正気だ。
もしかしてこいつ、クロエと面識があるんじゃないか?
そしてエリンはというと、ベッドの上でペロペロと前足を舐めている。
まさに無害なにゃんこといった感じの動作だが、よく見ると爪の出し入れをしているので、引っかく前に武器の手入れをしているんじゃなかろうか?
……俺とクロエの、どっちに怒ってるんだろう……。
「まさか父上が、こんなに女性を飼ってるだなんて。やっぱり召喚勇者の精力って凄いんだなぁ。……あれ? あそこにいるのって神官長?」
戸惑うクロエに、優しく説明してやる。
「ああ。察しの通り、あそこで幼児退行しているのは神官長フィリア殿だ」
あと精力関係ないから。俺まだ誰とも肉体関係は持ってないし。
「……神官長が敗れたって報告が上がってはいたけど、まさか父上に篭絡されてたとはね。立場も信仰もある女性があそこまで堕ちるんだから、父上の聖剣って凄いんだろうなあ。……手合わせ願いたいなぁ」
と言って、クロエは俺の股間を凝視し始めた。
今の会話で、こいつが俺を男として意識しているが露見してしまった。
言うまでもなく、アンジェリカは気の毒なくらい動揺している。
「は……え……? 誰ですかお父さん、その割と可愛い感じの黒髪ポニーテール女子は? ていうかまた黒髪なんですか? お父さんはそんなに黒髪が好きなんですか?」
と、黒髪コンプレックスを見せるアンジェリカ。いつもの反応である。
「……その子、ハーフですよね……? 中元さんってやっぱり、日本人より欧米の女の子が好きなんでしょうか……。私ちょっと、包丁に用事があるんで取りに行ってきます……」
と、ハイライトの消えた瞳でクロエをロックオンする綾子ちゃん。このままだと凄惨なイベントが起きるのは確定しているで、大慌てで羽交い絞めにする。
「落ち着けってお前ら! ていうかリオは途中まで事情を知ってるだろ! お前の方からもなんとか言ってくれよ!?」
「なんであたしが他の女の子とのイチャイチャのフォローに回んなきゃいけないわけ。意味わかんないし。ってか、その子が異世界人なのはなんとなくわかるんだけど、仲良さそうにしてる理由は全然わかんないし。……あの短時間でどうやって口説いたわけ? ここまでくると才能だよねもう」
「ぐ……っ」
まさに四面楚歌。
味方などいないこの状況で、俺にやれることは一つ。
クロエの正体を明かし、血縁者だから過ちなど起きないもん、とアピールすることにある。
「いいかお前ら! クロエはなあ、俺の娘なんだよ!」
どういう意味? とリオが聞き返してくる。
「本当に俺の娘なんだ。文字通り、実の娘なんだよこいつは」
わあああああああ! と綾子ちゃんが泣き出す。足をジタバタと動かし、錯乱状態としかいいようのないコンディションに悪化した。
普段もの静かな子なだけに、めちゃくちゃ怖い。
「……隠し子だなんて……そんなの……そんなのってないですよ……あんまりですよ……中元さんの第一子に他の女の卵子が使われたなんて、こんなのひど過ぎます……!」
「ち、違う……綾子ちゃんが想像してるような経緯で生まれた子じゃないんだって! ホムンクルスなんだよこいつは!」
「ホム……?」
俺は綾子ちゃんの体を押さえつけたまま、クロエの素性を語る。
「――つまりこいつは、勝手に俺の精液を使って製造されたんだ。俺が女性と関係を持って作った子供ではないんだよ」
「……中元さんの……精液を……?」
「あ、ああ。ホムンクルスってのはフラスコで精液を煮詰めて作るわけだからな。要するにクロエは、俺の精子が人型になって歩き回ってるようなもんだ。ほぼ俺の分身だぜ? そう思うと色々許せちゃうだろ?」
「……中元さんの、精子……歩く精子……確かにそう考えると、美味しそうに見えてきますね……」
美味しそうってなんだ?
なんでそんな感想が出てくるんだ?
何か不気味なものを感じずにはいられないが、とりあえず落ち着いてくれたようなので俺は綾子ちゃんから手を離した。
「まあ、実の親子ならしょうがないね。……実父と離れ離れになる辛さはあたしもよくわかるし」
そういう事情なら仕方ない、とリオも納得してくれたようだ。母子家庭のお子さんは話が早くて助かる。
ほっとしたのも束の間、今度はアンジェリカの目から光が消えているのを見つけてしまった。
「そんな……実の親子なら、近親相姦えっちができちゃうじゃないですか……それ一番気持ちいいやつじゃないですか……駄目ですよ、こんなの……クロエさんは一番お父さんに近付いちゃいけない女の子じゃないですか……っ!」
「頼む、一秒でいいから正気になってくれ。俺は近親相姦なんか興味ねーから」
「私は興味あるけどね」
「お前なんで余計なこと言った!?」
クロエの口を塞ぎ、ぎゃーぎゃーやっているうちに時刻は深夜十一時に達していた。
正常になったデジタル表示、ありがたいものである。時間を言い訳に逃げ切るのにも使えるし。
俺はもう遅いし風呂に入る、と強引に話を切り上げて脱衣所へと向かったのだった。
なにせクロエの光剣で貫かれたので、血まみれなのである。ボロボロになった服をゴミ箱に捨て、さっさと体を清めることにした。
「ふう」
先にアンジェリカ達が入浴を済ませていたらしく、湯船には既にお湯が張ってある。
何本か毛が浮いているのだが、これはあの少女達のどこの毛なんだろう?
俺は無言で金色のチリ毛をすくい取ると、排水溝に捨てた。
黒い方のチリ毛はやたらと指に絡んできたのだが、綾子ちゃんの執念が抜け毛にまで宿っているような気がして怖い。
ちなみにこの家に黒髪少女は二名いるのに、なんで綾子ちゃんのアンダーへアーだと特定できたんだよ? と言われそうだが、とても単純な理由がある。
リオの陰毛は、俺が全部剃ってしまったのである。
あいつもタレント活動のようなことを始めたので、いつか水着撮影とかあるかもしれないし処理しておきたい、と頼み込まれたのだ。
まあ今の俺とあいつは婚約者なので、デリケートゾーンに剃刀を当てても合法なのだ。
だからそこは軽くスルーしていい案件として……む、この銀色の長い毛は、フィリアの髪の毛か。
「くそっ、何本浮いてんだよこれ。女が何人も入ったあとのお湯ってのは猟奇的だな」
変な出汁が出てそうだし。
こういうのにフェチを感じる男なら嬉しいのかもしれないが、あいにく俺の守備範囲に女の抜け毛は全く含まれていないので、ただただ「きたねえな」と感じるだけなのだった。
「……きりがないな、これ」
もういい。寒くなってきたし、さっさと体を洗ってしまおう。
浴槽の中のお湯をザブザブと使って体を流したら、あいつらの抜け毛もごっそりすくい取れるだろうし。
俺は「寒い寒い」と繰り返しながら、左手にボディソープを出した。
すると背後から、「それ私にもくれるかな?」と声をかけられた。
肩越しに、少女の白い手が伸びてくる。俺はその細い指先に、ボディソープの泡を分けてやった。
「ありがと」
「どういたしまして」
……。
するすると後ろに戻った手は、血痕が付着していた。
つまりさっきまで俺と一緒に戦闘をしていた少女の手だ。
クロエだ。
「お、お前……何考えてるんだ?」
「ん? この国では、親子が一緒に入浴するのは普通のことなんでしょ?」
「十五歳まで育った娘とは入んねえよ!? おま……アンジェリカ達が怒り狂ってるんじゃないか今頃!?」
「いや、なぜかそこは納得してたよ。実父が娘の体を洗うのは義務みたいなもんだししょうがないですよね、って」
「なん……だと……?」
「扶養義務の一環ですしねー、ってアヤコとかいう人も頷いてた」
「リオは……リオはなんて言ってた?」
「定期的に実父に体洗ってもらわないと、女の子はグレちゃうからね。しょうがないよね、ってしみじみと語ってた」
「フィリアの反応は?」
「あうー、お父様ー、ってわけわかんないこと言ってたよ」
「エリンは……」
「あの猫にエリンって名前つけてるの?」
少女の柔らかな手が、俺の背中に触れる。
「父上……数々の非礼、お許し下さい。このクロエ、せめてもの償いとして、我が身を用いて父上を清めようと思います」
「やめろ、逆に汚れる! 体は綺麗になるかもしれないが、心とキャリアが汚れる!」
「父上は、私の体が不浄だと?」
「そうじゃねえよ、急に泣きそうになるなって、おま……待て、やめろ! これ以上は本当に――」
そうして。
俺はついさっきまで斬り合っていた女の子との洗いっこという、世にも奇妙なイベントをこなしたのであった。
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