第202話 終わりなきパパみ

 クロエは、蠱惑的な笑みを浮かべながら俺を見上げてくる。

 客観的に見てこいつは美少女だし、並みの男ならばドギマギするところなのだろう。


 けれど俺の心は、ちっとも動かされなかった。まるで凪の海のように穏やかで、そこに欲望の波は一切見当たらない。


 クロエを性の対象として意識するのは、無理だ。

 自分と血が繋がっていると思うと、母親や従姉妹と同じ「親族の女」カテゴリで見てしまう。

 

「俺をからかってるのか?」


 クロエは何も言わない。


「そういうのに興味を持つ年頃なのはわかるが、だったら同年代の男を探せ。なんなら手伝ってやるよ。お前にぴったりな男を、日本中駆け回って探し出してやる」

「やだ。父上がいい」

「あのな」


 俺にはわかる。この少女は俺を試しているのだ。

 ここで万が一がっつきでもしたら、「父上はケダモノだったんだね」などと言って幻滅し、俺を切り捨てるに違いない。

 若い女は、すぐに男の本心を探ろうとする。家の中に複数の十代女子を飼っているだけあって、俺は詳しいのだ。それはそれで人としてどうかと思うが、今はありがたい経験だったと言える。


「肉親を抱くなんてありえないし、第一、子供を抱く趣味なんて俺にはねえよ」

「前半はともかく、後半は嘘だね」

「なんだと?」

「だって父上、十六歳の女の子と婚約してるもの」

「――」


 こいつ、俺とリオに関する報道を把握しているのか。くそっ、予想以上に現代社会に適応してやがる。


「あと、共演者の未成年をベタベタ触りまくってたし」

「あ、あれは誰が異世界人なのか探ろうとしてだな」

「本当に? そこに下心が全くなかったと断言できる?」


 ……なくはない。

 ぶっちゃけJCJKJDを揉んでさすっている時は、それなりに愉快だったのは事実だ。

 だが、そんな本音を娘の前で打ち明けるほど愚かではない。

 

「ああ! 全く下心はなかったね! 勇者として故郷を守るため、必死の調査だったつもりだ」


 胸を張ってほらを吹くと、クロエは疑い深そうに目を細めた。


「……ふうん」


 果たして誠意は伝わっただろうか。たぶん伝わってないが、腹を割って話し合うしかない。


「ま、信じることにするよ」

「わ、わかってくれたか」

「信じたとしても、やることは変わらないけどね。父上がその気じゃないんなら、寝てる間に襲えばいいだけだし」

「おい」


 この手段を選ばずに目的を達成しようとする感じ、やはり俺の血を引いているのだとわかる。

 どうしてこう強情なんだ……と呆れていると、クロエはどこか遠い目をしていった。


「言っとくけど、動機は性欲や好奇心だけじゃないよ? 父上のために地球側に寝返るんだとしたら、私なりに誠意を見せておきたいっていうか。少しでも戦力を増やしておきたいところだし」

「何言ってんだ?」

「私と父上の間に子供ができたら、相当の使い手に育つと思うんだよね。そういう子達がたくさんいたら、これからの戦いにおいて凄く役に立つだろうし。今のうちにたくさん産んでおきたい」

「……もうお前、むちゃくちゃなこと言ってんぞ」


 実の親子で子作りをする時点でありえないし。

 こいつ大丈夫なのか? と不審感を膨らませていると、クロエはくすりと笑った。


「あのね父上」


 クロエは腰の後ろに手を回すと、前かがみの姿勢になった。そのまま俺の周りを、ゆっくりと弧を描くように歩く。

 

「私、量産されてるんだ」


 量産。

 その言葉を耳にした瞬間、俺の中でなんとも言えない嫌悪感が走った。

 工業製品にでも使うような単語を、人型のホムンクルスに用いるのは酷く悪趣味だ。


「ってことは……お前みたいな子が、あっちの世界にはうようよいるのか」

「少なく見積もって、三万人はいるかな。今も増え続けてることだけは確か」


 ぐらりと、現実感が遠のいていく感覚があった。

 俺の知らないところで、勝手に俺の下半身を用いて作られた娘が、三万人。

 俺にどうしろっていうんだ?


「勇者の血を引く戦闘用ホムンクルスが、数万人もいるんだよ。普通に考えて、最強の軍隊だよね? 国王陛下は私達姉妹を率いて、地球に攻め込むつもりでいるんだ。……こっちの兵士や武器の質は、大体わかった。まず間違いなくこの星は滅びるね。あたり一面廃墟にされて、王国の植民地にされるんじゃないかな」

「そ、それ、生まれたての子達はまだ赤ん坊だったりするんじゃないか。戦力にならないだろ」

「私達クロエシリーズは、すぐ前線に出れるように成長速度を強化してあるから。生後数ヵ月で十代半ば程度の外見に成長するよ。……生殖能力も強めてあるから、その気になれば他の兵士と混じって鼠算式に増えることもできる。最悪の生体兵器と言っていいよね」


 だから父上とえっちしなきゃいけないんだよ、とクロエは言う。


「私が死ぬまでの三年間、甘やかしてくれるんでしょ? それが父上の親心なんだって、ちゃあんと伝わったから。その代わり、私にも親孝行させてよ。この子宮をフルに使って、父上の子供をいっぱい産んであげる。一年に三~四人は産めるように調整されてあるから、今から急いで子作りし続ければ、少しは地球側の戦力の足しになるんじゃないかな?」

「お、お前の言ってることが全部嘘な可能性もある……本当に量産されてるのか? 証拠はあるのか?」

「ステータス鑑定してみればいいじゃない」

「……」


 この自信、嘘を言っているようには思えない。

 だが念のため。


「……ステータス・オープン」



【名 前】クロエ 

【レベル】97

【クラス】女子中学生、戦闘用ホムンクルス

【H P】5506

【M P】4211

【攻 撃】5239

【防 御】4568

【敏 捷】4500

【魔 攻】5194

【魔 防】5177

【スキル】神聖剣 高速成長 強化胎盤 ファザコン(憧)

【備 考】中元圭介の下半身を利用して作られた、ホムンクルスの少女。30204体製造されたクロエシリーズの長女。騎士道精神に厚い勇敢な剣士だが、出生直後から勇者中元圭介に憧れめいた感情を抱き続け、今では異性として意識している。父親に似て性欲が強く、父親に似て鈍いところがあり、父親に似て情に流されやすい。



「……本当、なのか」


 俺は愕然とした思いでクロエを見つめる。

 備考欄の文章にところどころ突っ込みたいところがあるけど、今はそれどころじゃない。

 ……本当に……俺の娘が、三万人以上いる……。


「ね? わかったでしょ? だから私を抱いてよ、父上。でないとこの惑星、滅んじゃうよ?」


 強い赤ちゃん産んであげるよ? とクロエはなんでもないことのように言う。

 俺は……俺の選択は……。


「……なあ……量産されたお前の妹達は……皆お前みたいな性格なのか?」

「というと?」

「つまり、騎士道精神にうるさくて、俺に憧れてたりするのか?」

「まあ私含めて、全員が父上のお嫁さんになりたいと思ってるだろうね」

「そういうことは言わなくていい」

 

 だが、よくわかった。

 だったらことならやることは一つだ。


「でも、おかげで何をなすべきか理解できた。ありがとうクロエ、俺は悟ったよ」

「何を?」

「俺とお前で子作りする必要なんてない。――お前の妹達が攻め込んできたら、全員甘やかす。そして全員寝返らせる」

「……正気?」

「ああ。俺のパパみを見せてやる。三万のファザコン娘を俺の虜にして……無力化させてやる。そんでもって俺が養ってやるんだ! これなら馬鹿国王の軍隊は台無しだろう!」

「本気で言ってるの!? 三万だよ、三万!……どこにそんな甲斐性あるの!?」

「今ないけど、いずれなんとかする! 最悪、武力で地球を支配して、中元帝国を作ってでもお前達を養ってやる! だからお前は安心して俺ん家に来ていいんだよ! 戦力目的の性行為なんて必要ない……普通の父と娘として、安心して暮らしてけばいいんだ!」

「……」


 その言葉、信じていいのかな、とクロエは言った。

 俺は「もちろんだ」と頷く。


「普通の親子になろう、クロエ」

「……」


 クロエの返事は、涙声の「はい」だった。 

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