第184話 はんなりメリケンガール
局に着くや否や、俺は番組スタッフに取り囲まれた。
挨拶もそこそこに会議室に連れていかれ、取り調べの如き勢いで質問攻めが始まる。
俺が痴漢を確保した経緯が、気になってしょうがないらしい。
「で。で。どんな子を助けたんですか? その子可愛いですか? うちの番組に出てくれそうですか? 数字取れそうですか?」
「……外国人のサクラを用意するんでしたよね? その中の一人が体を触られてたんです。柴田光子って子なんですけど。芸名はエミリー」
途端、周囲が凍り付く。
黒澤Pは俺から目をそらし、「サクラというか、あくまで協力的な近隣住民でして」と言葉を濁している。
それから数十分。
話し合いを続けた結果、今回の事件は番組内で取り上げないことになった。
一般人の女の子を助けたのならいいが、サクラで使うつもりだった子が相手となると不味い。これからも番組内で共演するかもしれないし、仕込みを疑われるのではないか。黒澤Pの主張を要約すると、大体そんなところだった。
異論も出ないので、この件は内々で処理することになるのだろう。
「ひょっとしたら他局がニュースで取り上げるかもしれませんねぇ。悔しいですけど」
眉間にしわを寄せる黒澤Pに、質問をぶつける。
「エミリーは大丈夫なんですか?」
「え?」
「年頃の女の子が、朝からおっさんに体をまさぐられたんだ。番組に出られる状態なんですか?」
「あー、元気ないですねぇ。……中元さん、十代少女の生態に詳しいですね。まあJKと婚約するくらいですしね。毎日がティーエイジャー鑑賞会ですもんね」
ここに来た時から全然元気ないんですよ、と小太りのプロデューサーは言う。
「いやね。盛大に遅刻したわけですから、叱ろうとしたんですよ実は。でも顔色真っ青だし、電車のトラブルに巻き込まれたって言うし。てっきり人身事故でも見たのかと思ってたけど、あの子が痴漢被害の当事者だったとはなあ」
なんで早くそれを言わなかったんだろ? と黒澤Pは顎を撫でている。
この人は軽く倫理観が壊れているので思い至らないんだろうが、年頃の女の子が「痴漢されました」と周りに伝えるのは、中々勇気が要ることだと思うぞ……。
「どうしようかな。あの子は降ろした方がいいんですかねぇ。あれで明るいガイジン演じるのは無理でしょうし。とりあえず他の子を手配しときますかね」
なんでそういう方向にいくんです、と黒澤Pを制止する。
加害者ではなく被害者を隔離する。痴漢も学校のいじめも、どうしてこういう形で解決されてしまうのだろう?
「俺がフォロー入れてきます。また使えるようにしてくればいいんですよね?」
女優志望の少女が、やっと掴んだテレビ仕事のチャンスなのだ。こんな理由で仕事を失うのは気の毒だろう。
それに……エミリーこと柴田光子は、異世界関係者の可能性がある。
できれば俺の傍に置いておきたい。あの子がこのまま共演者の座に収まってくれるのならば、俺としてもありがたいのだ。
「中元さんは熱血だなぁ」
呆れたような声で笑われるが、無視して光子を探しに行く。
熱血か。確かにそれもあるが、同時に冷たい計算も働いている。その両方が俺の性質なのだ。
俺はまとわりついてくるスタッフを振り切って、駆け足で楽屋を目指す。
あの女子校の教室じみた空間に顔を出すのは気が引けるが、今はうだうだ言っている場合ではない。
「エミリー! いるか!」
扉を開けると、中にいた無数の顔がこちらを向いた。数十人もの、着飾った少女達。髪と服の色はバリエーション豊かだが、瞳は黒がほとんどだ。
その中に、青や灰色の目をしたグループを見つけた。
クロエ達だ。
ハーフ及び外国人の少女からなるサクラグループは、楽屋の隅で寄り添うようにして固まっていた。
立場的にも人種的にも他の少女達とは浮いてしまうので、同じ境遇の者同士で集まっているのだろう。
「遅かったじゃん」
横からカツカツとリオが近寄ってきたが、「お前はあとな」と手で制する。
その拍子に【パーティーメンバー、斎藤理緒の好感度が009940上昇しました】とテキストが表示された。
どうやらステータス鑑定だけでなく、システムメッセージの方も表示がおかしくなっているらしい。
「うん……っ! いい子で待つから……! 何十時間でも待つからぁ……っ!」
お預けを食らって興奮しているリオを放置し、外国人少女達に近付く。
どうやらクロエとエミリーの他にもう一人、赤毛の少女がいるようだ。
「……光……エミリーは大丈夫なのか?」
見ればエミリーは、座布団の上で膝を抱えている。隣で膝立ちになった赤毛の少女が、心配そうに背中をさすり続けていた。
「ほんまにかわいそうやわぁ。すっかり男性恐怖症になったみたいどす」
「……どす?」
「来た時はまだ大丈夫やったんどすけどな。ちょいボディタッチの多いカメラマンがいて。電車でされたことを思い出したらしうて」
赤毛の少女が、こちらに顔を向ける。目の色は緑だ。カラコンなんだろうか?
改めて、少女を観察する。
すらりと背が高く、頭には後ろ前逆にして被った野球帽。まだ肌寒いにも関わらず上は黒いキャミソールで、下はホットパンツというコーディネートだ。全体的な印象は、「活動的なアメリカ娘」がしっくりくる。そんな見るからに欧米人な少女が、流暢な京都弁を?
俺は脳の処理が追い付かず、すっかり硬直していた。
「そういえば、中元はんがエミリーを助けてくれたんどしたっけ? おおきにどした。友人として、お礼を言うておきます」
「あれか。君も片方の親が日本人で、カラコンを入れてるってオチか。お母さんがはんなりした京美人なのか」
「ちゃうちゃう。うちは父親も母親もアメリカ人で、純粋な白人なんどす。名前も洋風で、レベッカ言います。皆うちが口を開いたら、中元はんみたいに固まるんどすよなぁ」
「……そりゃあ……びっくりするよ」
赤毛の白人で、名前がレベッカで、喋ると京都弁。
誰だって混乱するんじゃないだろうか?
「心は日本人なんどすけどねえ。うちが生まれる前の日本って、アニメや漫画よりも忍者・侍・芸者の国ってイメージやったやろう? やさかいうちの親も、そういうのに惹かれて帰化したんどす。伝統的な日本文化がええってことで、京都に住んで、家の中でも京都弁で通してます。おかげさんでうちがこうなったわけで」
「見た目とのギャップ凄いな、それ」
「局の皆はんには、ガイジンらしゅう振舞えって言われてるけど、どうしたらええんやろうねえ? うち普段着は着物どすし。……って、うちよりもエミリーの方をなんとかせなあかんちゃいます?」
そうだった。
すっかりはんなりアメリカ人に気を取られていたが、俺の目的はエミリーをフォローしつつ探りを入れることだ。
「大丈夫か?」
俺を身をかがませ、視線をエミリーと同じ高さにしてたずねる。
エメラルドグリーンの瞳が、弱々しい視線を俺に向ける。涙で潤んだ、カラーコンタクト入りの瞳。
「……駄目でした。また男の人に触られたら、思い出しちゃって」
エミリーは弱々しい声で語る。
けれどこの少女は、俺にお礼のキスをしてきたはずだ。
本当に男が怖くなったのか? それは演技じゃないのか?
あるいは男が怖くなったのは事実だが、なにがなんでも俺に接触する必要があったのか?
俺は目の前の少女を気遣いながら、同時に疑いの念を抱いていた。
自分のやさぐれ具合が嫌になるが、勇者生活で身に着いた癖なのである。
初対面の人間を過剰に警戒する習慣は、俺にも止められない。戦場にブチ込まれ、切ったり切られたりを長年続けた代償だ。
「男が怖くなったのか。……だったら俺も怖いか? 話しかけない方がいいならそうする」
「……中元さんは平気」
エミリーは涙声で告げた。
俺は平気。なぜだ。何を隠してる。
「俺が君の恩人だからか?」
「……んっと……」
中元はん中元はん、と袖を引っ張られる。京都弁のアメリカ人、レベッカが俺に顔を近付けてきた。
「この子、中元はんがデビューした頃からのファンなんどすえ」
「……なんだと?」
「筋肉フェチな上に、中元はんが父親と似てるらしゅうて。この仕事も中元はんと共演できるさかい、引き受けたくらいどすし。それで平気なんちゃうかなあ」
恥ずかしいこと言わないで、とエミリーがレベッカの肩をポカポカと叩く。
……俺がデビューした頃からのファン?
は?
じゃあこの子、絶対悪い子じゃないじゃん。こんないい子が異世界関係者なわけないじゃん。
よく見ればいいケツしてんじゃん。よく見なくても胸はいい感じにデカいじゃん。
うわ……。
シャインやってる? って聞かねえと。毎晩甘酸っぱいメッセージを送りあって、憧れのお兄さんポジを維持したまま交流を続けて、「俺なんかよりもっと若い男に目を向けろよ」と優しく諭して、この子が俺以外の誰かと結婚するところまで見守ってあげなきゃじゃん。式には仲人として呼ばれて、「本当のお父さんよりお世話になった、私のもう一人のお父さんです」って紹介されたいじゃん。
そして数年後に『生まれた子供にはケイスケと名付けました』と書かれた年賀状をもらって、ほろりと涙を流したいだけの人生だった。
「おっと」
ブンブンと頭を振って、意識を現実に戻す。
ハーフで美巨乳な女子中学生にファン宣言をされれば、誰だってこうもなろう。これは人間として自然な反応である。俺のせいではない。
「俺はエミリーの親父さんと似てるのか? でも君のお父さんって、アメリカ人なんじゃ」
人種が違うのに似ているとは、どういうことだろう。
怪しいところは、一つでも潰す必要がある。我ながら性格の悪いことをしていると思うが、念には念を入れておかねばならない。
「……お父さんも、ガッチリした体型だから」
「ふむ」
「あと」
「あと?」
お父さん軍人なんですよね、とエミリーは呟く。
「基地に勤めてて。結構、偉い立場にあるんです」
「米兵か」
「はい。……私が小さい頃に、中東にも行ったことがあるらしくて。いっぱい、怖い目に遭ったみたいで。そのせいかな。時々凄く寂しそうな目をします。その時の目が、なんだか中元さんに似てる」
「俺と中東帰りの米兵が、似てる?」
「おかしいですよね。中元さんは平和な国の、芸能人なのに。でもなんだか、雰囲気が似てます」
……確かに俺も、帰還兵のようなものだ。
地獄のような戦場を経験し、色々なものを失った人間だ。
エミリーが俺から父親と同じ匂いを感じ取ったとしても、不自然ではない。
この子は嘘をついてないのだろうか?
本当に俺のファンなんだろうか?
「……中元さんがハグしてくれたら、勇気が出るかも……」
エミリーは縋るような目で言った。
楽屋の空気、ピリリとしたものに切り替わったのを感じる。主に俺に枕営業未遂をしでかした子達が、わかりやすく怒っている。
「……お父さんみたいに、ぎゅってしてくれたら、私、普通にお仕事できるかも、です」
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