第178話 リスク
スタジオ入りをしてもなお、女の子達の喧騒は収まることを知らなかった。
それもそうだろう。
きちんとしたタレントではなく、ちょっと前まで素人だったような子や、読者モデル上がりが混じっているのだから。
その手の人間に、芸能人としての心構えなどあるはずもなく。
ちょっとした修学旅行気分で参加してる子もいるんじゃないだろうか?
終始お行儀がいいのは、子役出身のタレントくらいのものだ。その手の子達は俺に枕営業もしてこなかったし、実力で芸能界を生き残るという自負があるのだろう。
「リハいきまーす。リハ! リハやるからね! はい黙ってね! ギャラ出なくてもいいのかな!?」
ディレクターががなり声を上げ、少女達を大人しくさせる。
もはや生活指導の先生といった感じだ。
それから俺達は、二回軽めのリハーサルを行った。
本番スタートと同時に、俺が挨拶をしてから番組の趣旨を説明し、自分の経歴について語る。
表向きは教育番組ということになっているので、俺が引きこもりから社会復帰した人間なのは強調する必要があるのだ。
その後は友達の不登校で悩んでいるアイドルが挙手をし、俺に相談する段取りになっていた。
無論、この打ち合わせは全て無視するつもりだ。
「本番五秒前ー!」
五、四、三。
ディレクターが大声でカウントし、スタジオ全体に緊張した空気が流れる。
二、一。
俺はひな壇に腰かけるリオに向かって、アイコントをする。
さあ、行こう。
全てを壊し、世の中をかき回してやろう。
エリンをおびき寄せるために。
寄せ餌となるために。
「スタート!」
合図と共に、カメラが俺の顔に集まる。
この映像は日本中に生中継されている。
俺はマイクを握ると、リオに向かって「おいで」と声をかけた。
スタジオがざわつく。リハーサルと違う、と言いたげに。
リオは唇を引き締めたまま立ち上がり、俺の隣へとやって来る。
「突然ですが、皆さんに報告があります」
中元さん!? 中元さん!?
黒澤Pが騒ぐ声が聞こえたが、構ってられない。
俺とリオは二人で一つのマイクを握り、高らかに宣言する。
「俺達、結婚します」
「私達、結婚します」
――瞬間、世界が凍る。
ひな壇から、観客席から、カメラマン達から、ありとあらゆる方向から、「は?」の連呼が始まる。
は? 何言ってんの中元さん?
おそらくカメラの向こうの視聴者もそう思っていることを確信しながら、俺は静かに目を閉じる。
セイクリッドサークルを解除し、ゆっくりと目を開ける。
「斎藤理緒さんと婚約しました」
ピキッ、と亀裂が走るような音が聞こえる。てっきり社会的名誉の壊れる音かと思ったが、そうではないらしい。
スタジオが斜めに切断されたのだ。
屋根から柱まで、ごっそりと斜線が走っている。
「なんだおい!?」
照明スタッフ達が頭上で騒ぎ始める。中にはバランスを崩して転倒する者までいた。
女の子達が甲高い悲鳴を上げ、あたりは騒然となる。
俺はポケットからスマホを取り出し、撮影モードにして目に当てた。
「やっとおでましか」
隠蔽魔法を使っていようとも、カメラのレンズには映り込んでしまう。
ぽっかりと穴の開いた天井から、エリンが浮遊しているのが見えた。
どうやら上空から攻撃を行っているようだ。周囲には無数の黒アゲハが飛び回り、エリンを守るように取り囲んでいる。
いくらなんでも出現が早すぎるので、セイクリッドサークルの範囲ギリギリのところで待機していたのだろう。
「お父さん!」
廊下の向こうから、アンジェリカがこちらに走り寄ってくる。
「アンジェは負傷者の治療に当たってくれ」
俺は手短に指示を出すと、カメラの裏に回り込んだ。そこには打ち上げ用のビール缶が置いてある。
俺は両手いっぱいに缶を抱え込むと、司会席へと駆け戻った。
女の子達はパニック状態で逃げ回っており、優雅に飛び回るアゲハ蝶とは何もかも対照的だった。
「……匂うな」
蝶が羽を動かすたび、独特な香りをまとった鱗粉が振り撒かれる。
軽い立ちくらみような感覚もあるので、催眠・困惑系の魔法をかけているのかもしれない。
いつしか無数のアゲハ蝶が俺を包囲していた。
俺ほどの魔法防御を持っていると、数で攻めなければ魔法がかからないとの判断だろう。
が、愚かだ。
【勇者ケイスケはMPを295消費。神聖剣スキルを発動。攻撃力が350%アップ】
【霊体、悪魔、アンデッドに対して特攻状態となります】
俺は缶ビールを切り裂き、中身を思い切りアゲハ蝶に向かってぶち撒ける。
上空にいるエリンが、バランスを崩すのが見えた。
昆虫は体にアルコールにかかると、窒息する。
その感覚は本体であるエリンにも伝わっているのだから、さぞや苦しんでいることだろう。
虫も酔うのかは知らないが、酩酊状態まで共有しているのだとしたら儲けもんだ。
お上品な羽ばたきを繰り返した蝶達が、もがくような動きで地面に墜ち始める。
「……っ」
エリンは無言で、カラスの群れをこちらに向けてきた。
虫が駄目なら、今度は鳥か。芸のない奴だ。
俺は空に向かって、
そして、鳥類の視力は人間のそれを遥かに上回っている。
まだ恐竜がいた時代。彼らに昼の世界の支配を明け渡し、夜の世界を生きることになった哺乳類は、傾向として目が悪い。色覚を取り戻した霊長類でさえ、大した性能ではない。
対する鳥達は、地上の覇者である恐竜の直系子孫。明るい世界を視覚に頼って生きてきた彼らは、紫外線まで認識できるという。
それほどまでの視力の持ち主に、極大の光を放つ。
エリンが両眼を抑えて、足をばたつかせるのが見えた。
カラスを経由して見えた閃光に、目をやられたのだろう。人間族や魔法使い族の目では見えないはずの、旧教の眩しさを体験したのだ。
ひょっとしたら、失明しているかもしれない。
人間以外の生物に自我を乗せ、感覚を共有するリスクを存分に味わっているのだ。
そして……俺は眩しさのあまり、転倒した少女達を視界に収める。
並の人間であれば閃光魔法程度で視力を失うことはないが、それでも痛みは感じるだろう。
中には膝を擦りむいて、出血している者までいる。
エリンの攻撃が原因なのか。
俺が放った光に驚いて怪我をしたのか。
それはもうわからない。
【勇者ケイスケは、パーティー内年少者の負傷を視認】
【ユニークスキル「父性」が発動しました】
【180秒間、ステータスとスキル倍率を上方修正し、状態異常を無効化します】
【HP+2000%】
【MP+2000%】
【攻撃+2000%】
【防御+2000%】
【敏捷+2000%】
【魔攻+2000%】
【魔防+2000%】
【スキル倍率✕20】
一つだけ確かなのは、こうなった俺は絶対に負けないということだ。
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