第174話 合法な公共イメージ、違法なプライベート

 あれから杉谷さんは、まさに獅子奮迅の働きを見せた。

 おっさんとJKの婚約を世間に受け入れさせる――ただそれだけを考えて動く、一匹の鬼と化していた。


 まず始めに、リオが電車の中で痴漢される騒ぎが起こった。リオが言うには杉谷さんに指示された車両に乗るや否や尻を触られたそうなので、確実に仕込みだろう。たまたまそこに乗り合わせていた俺が一部始終を目撃するところまで、計算済みだったに違いない。

 

 俺は犯人をその場で拘束して、警察に突き出した。


 メディアは数日ほど、俺を英雄として報道した。わざとらしいくらいの過熱報道だった。劇団や売れない役者を動員してサクラを用意し、街頭インタビューでたっぷりと俺を持ち上げていた。女性の味方、という方向に持っていきたがっているらしかった。


 さらに数日後、週刊誌に俺とリオが二人で歩いているところがすっぱ抜かれるという事態が発生した。


 世論は割れた。


「大人の男が女子高生とデートだなんて!」とヒステリックに批判する者と、「でもこの女の子って、中元さんが痴漢から助けてあげた子なんでしょ? そういうきっかけで交際を始めたのなら……まあ……」と認める者とに分かれていた。


 中元圭介はロリコン野郎なのか、それとも純愛を貫く好青年なのか。

 全体的な傾向としては、年配の女性ほど抵抗感を示し、若い女性ほど肯定的に見ているようだった。


 即ち元々の俺のファン層である、主婦層は一気に剥がれたのである。

 人妻に嫌われてしまったのである。

 おかげでしばらく落ち込んでいたのだが、そこから再び世論に変化が生じた。


 SNS上で、女性有名人が次々に俺とリオの交際を応援し始めたのである。

「映画みたいなラブストーリー」「泣ける」「イン〇タ映えする二人」といった感じに。

 どういうからくりなのか杉谷さんに聞いてみたところ、美容整形や堕胎手術を受けた事実をひた隠しにしているタレントをかたっぱしから脅し、俺を擁護するように仕向けたそうだ。

 杉谷さんもエグいが、人に言えない過去を持っている女性の多さも中々エグい。

 中には「えっ、あの清純派女優が?」な人までいたのだから。


 こうして俺とリオの関係を認める世論は日々勢いを増していき、どんどん「あの二人ならいいよね」な空気になっていった。


 とどめはお昼の情報番組で司会を持っている、人気毒舌タレントが俺の擁護に回ったことだった。主婦に絶大な人気を誇る彼が「中元さんならいいんじゃない!?」と吠えた効果は大きい。

 杉谷さんはただ、「あの司会者はデビュー前に逮捕歴がある。親の金で示談に持ち込んだようだが」と呟いただけだった。そのネタでゆすったのは明白だった。


 もはや俺とリオのカップルに嫌悪感を示す者はほとんどいなくなった。僅かなアンチは、ネット上で「なんかおかしくない?」と書き込むだけだったし、そのたびに軽い炎上騒ぎとなって叩かれていた。「痴漢から女の子を助けたヒーローを叩くなんて」という棍棒は実に強力だった。


 いつしかメディアは斎藤家に取材を始めるようになり、髪を黒く染めたキングレオが「ヤクザにやられそうになっていたところを中元さんに助けてもらった。あの時はマジぱなかった」と答えていた。

 

 俺の知らないところで、俺の経歴が形成されていった。

 俺は中三の三学期にイジメを理由に不登校に陥り、強くなるために部屋の中でひたすら体を鍛え続けていたことになった。努力の末に社会復帰を果たし、母子家庭の貧しさゆえにやさぐれていた斎藤兄妹と出会い、穏やかな方法で更生させ、ヤクザの魔の手から救い、偶然再会したリオを痴漢から守ったりしたのがきっかけで交際をスタート。リオが未成年であることから、プラトニックな関係を続けている。

 それが表向きの俺の経歴になった。


 学校側も、世論に圧されて譲歩の姿勢を見せた。

 当初は不純異性交遊でリオの処分さえ検討していたそうだが、当人が「まだ性行為はしていない」と言い切っている上に、リオの母親も俺達の関係を認めているのである。

 こうなると、親公認の許嫁に近い。

 明治大正まで遡れば、親が決めた婚約者がいる状態で学校に通っていた女学生もいただろうし、校則的に問題ないのではないかと校長が折れた。


 こうしてリオは、世にも珍しい合法的におっさんと付き合うJKとなったのである。

 

 俺のスマホには、権藤から『負けたよ。旦那がナンバーワンだ』とメッセージが届いていた。『JKを食うためだけに世論を動かすなんて、普通じゃねえよ。あんたはJK食い界のスーパースターだ』とも。

 JK食い界ってなんだ。そんな世界は滅びるべきだろう。

 だが今や、この現代日本こそが合法JK食いワールドになってしまったのだ。


 ……リオは合法。

 家の中なら、何をしても文句は言われない……。

 

 俺とリオは、同棲を開始した。

 というのも、リオがエリンから襲撃されるのを防ぐためには、常に俺の近くに置いておく必要があるからだ。セイクリッドサークルの有効範囲は半径三百メートル前後。いつもこの距離に侍らせておくには、一緒に住むしかない。

 幸いリオは春休みに入っていたので、当分は学校に通う必要もない。


 俺は二十四時間リオを連れ歩いた。仕事先にも隠蔽をかけて持ち歩いた。「まるで図体のデカいストラップ」だなとぼやいたところ、「そういう風に物扱いされると興奮する」とリオは喜んだ。


 リオはよく笑うようになった。家では、下手くそながら料理も作るようになった。綾子ちゃんに姑のようなノリで味付けを貶されても一向に気にせず、頬を紅潮させて身震いしていた。「あんたのなじり、いいね」と親指を立てて、あの綾子ちゃんを唖然とさせていた。


 他にもやきもちを焼いたアンジェリカが想像妊娠で俺の気を引こうとしたり、エスカレートして想像破水とかいう恐ろしい芸にランクアップしたり(それただの放尿じゃね? と思わなくもないが)、フィリアが「このまま若い女に奪われるくらいなら」と俺に逆レ〇プを試みたり(途中で正気を失ったので未遂に終わった)、大奥もびっくりの修羅場が繰り広げられた。


 地獄だった。


 もうどうしようもないので、俺は四人の女子達と同時にキスしてなだめ、「いつかイスラム教に改宗して全員嫁にしてやるから心配するな」と言い繕って無理やり切り抜け、時が来るのを待った。


 エリンがどこまで日本のメディアを活用できるようになったかわからないが、連日俺とリオについて報道されているのだ。

 しかも俺はリオについて聞かれるたび、「二人きりの時はエルザと呼んでます。わかる人にはわかるあだ名なんで」と語っている。もちろんそんな残酷なことは実際にはしていない。あくまでエリンへの挑発だ。

 

 きっと一度は視界に入っているはずだし、相当フラストレーションが溜まっているに違いない。

 勇者圭介はなんらかの方法でエルザを生き返らせ、連日楽しそうにしている。なのに結界が邪魔で近付けない。エリンがそう解釈してくれたのなら御の字だ。


 そして俺は明日の午後、女子高生をテーマとした情報番組、「JK進化論」に出演する。

 この番組は生放送で、司会は俺。リオはレギュラーメンバーの一人。

 そこでセイクリッドサークルを解除し、正式のリオと婚約関係になったと公表する。


 そこにエリンが襲撃しにくれば、万全の防衛体制で迎撃できるというわけだ。


 来い、エリン……。

 来い!

 絶対来いよ!?


 俺が我慢できなくなってリオにお手つきしてしまう前に、さっさと決着をつけに来るんだ!


 もう時間がねえんだよ!

 毎日エプロン着込んで髪結って透けブラしながら飯を作ってるリオの背中を見てると、限界が近いのがわかるんだって!

 アンジェリカ達もリオに対抗してどんどん誘惑が過激化してるし!


 来て下さいお願いします! テレビ局で待ってます!

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