第175話 男の甲斐性

 そして、その日は来た。 

 今日は「JK進化論」の収録日かつ放送日。

 決戦の日だ。


 俺達はそれぞれの動きを最終確認し、玄関を出る。

 一人で挑んで失敗した以上、今回は総力戦で行くのだ。


 アンジェリカは索敵と、万が一の際の回復役。

 綾子ちゃんは俺の傍に待機し、エリンが来た場合はデバフを放つことになる。

 フィリアは正気の状態ではないが、リセットボタンとして同行させる。

 当然、三人とも隠蔽をかけてある。


「で、あたしは囮ね」


 リオの言葉に「ああ」と短く答え、廊下を進む。


「お前は座ってるだけでいい」

「……姫ポジションってわけ? 物足りないなー」

「余計なことを考えるな。この中じゃお前が一番弱いんだ」

「酷くない?」


 酷いのが好きなくせに、と軽口を叩いているうちにエレベーターの前に到着した。

 俺はボタンを押し、箱が上がってくるのを待つ。


「それに」

「ん?」

「お前、エルザに似てるからな。お前が死んだら、俺は今度こそ気が狂うかもしれない」

「……なにそれ」

「絶対に危ない真似はするな」


 わかった、とリオは首を縦に振る。

 アンジェリカ達の視線が痛い。まるで見えない釘を乱射されているかのようである。


「なんかお父さん、リオさんに甘くないですか? ……やっぱ黒髪の子が好きなんだ」

 

 違うよアンジェ、と微笑む。

 俺はリオに甘いんじゃなくて、リオに重ねてるエルザの影に甘いだけなのだ。

 つまり俺は、最低の男なのだった。


 死んだ女に未練がたらたらのまま若い女を侍らせ、全員の好意に曖昧に答えている。

 ……こんなのは駄目だ。

 男のすることじゃない。

 

 そうさ、わかってるとも。

 俺は勇者なのだから――


 ――全員を平等に愛し、同時に孕ませるべきだ。


 俺は間違っていた。

 異世界時代、俺に恋愛感情を向ける女達に中途半端な優しさを見せて、なのにエルザだけを選んで、今の事態を招いた。かつてのパーティーメンバーを、脅威に仕立て上げてしまった。


 全員を切り捨てることができないなら、全員を拾い上げるのが正解だったのだ。


 だから、新しい人間関係は正しい道を選ぶ。

 アンジェリカとフィリアは他に行き場のない異世界人で、綾子ちゃんは自分本来の身分を使えず、リオと破局するのは世間が許さない。

 こいつらを守れるのは俺しかいない。俺が一生かけて守るためにも、重婚するしかない。


 この戦いが終わったら、アフリカ行こう。

 西アフリカの一夫多妻が認められている国で国籍を取得して、アンジェリカ達と入籍しよう。


 これでいいんだよなエルザ? と頭の中で問いかける。「違うと思うわ」と聞こえた気がするけど、意図的に無視をした。

 チン、と音が鳴る。

 エレベーターの扉が開き、俺達はぞろぞろと中に入り込む。

 

「……あの、お父さん」


 と。

 扉が閉まると同時に、アンジェリカが心配そうな顔で覗き込んできた。


「どうした?」

「これは勘なんですけど……お父さんが思い詰めた末に、間違った回答を出した気配があるんです」

「アンジェは心配性だな。大丈夫。エリンに負けたりしないよ。俺はもう手を抜いたりしない」

「いえそっちじゃなくて。人間関係方面で、何か致命的な認知の歪みがありそうというか……」

「どういうこった?」

「……お父さん昨日、夜遅くまでグルグル目でアフリカの地図を見てたじゃないですか。あれを目撃して以来、胸騒ぎがザワザワとですね」


 それ戦勝祝いの旅行でもするつもりなんじゃないの? とリオが口を挟む。


「あ、なるほど、旅行ですか! お父さん大奮発ですね!」

「ははは。ゾウとかキリンとか、色んな動物が見れるぞ」

「わあ」

「ま、全ては勝ってからのお楽しみだ。気を引き締めていけよ」

「ですね!」


 ははは、と和やかに笑い声を立てているうちに、エレベーターが止まった。一階に着いたのだ。

 俺は開のボタンを押し、扉を開ける。

 

「……私、テレビ局って行くの初めてです」


 外に出たところで、綾子ちゃんがぼそりと呟いた。


「そうなんだ? ……確かに用がなけりゃ行くもんじゃないしな」

「……大丈夫でしょうか……隠蔽がかかってても、カメラには映るんですよね」

「だな」

「……万が一私の映像が出回ったら、そこにいないはずの人間が映ってることになっちゃいますよ、ね?」

「あー」


 エリンが襲撃しにくれば何もかもグチャグチャになって撮影どころではないと思うが、どうだろう?


「……私が怪談を作ってしまったら、申し訳ないのですが……」

「気にしなくていいんじゃないか? 綾子ちゃんが入った映像が世に出たら、お化けがどうのこうのじゃなくてなんだあの綺麗な子は、って方向で騒がれるだろうし」

「……な、何言ってるんですか」


 かあっと頬を紅潮させ、綾子ちゃんは俯いた。珍しく、年相応の可愛らしい反応だ。

 

「……今日の中元さん、変です。妙な余裕があります」

「そうか? ……そうかもな」


 ここにいる四人が全員妻になるんだと思うと、今回の遠征はちょっとした新婚旅行みたいなもんだし。

 そりゃリラックスもするさ。

 俺は綾子ちゃんに向かってニカッと笑いかけ、「あとで話すよ」と告げた。


 悩んだ末に処理能力がパンクし、開き直ってるのは明白なのだが、それでも俺の心は晴れやかだった。



 テレビ局の受付を通ると、まず楽屋ではなく会議室に案内された。出演者の一人であるリオも出席だ。

 アンジェリカ達はというと、廊下の外で待機させている。


「おはようございます」


 もう時刻は昼前だが、おはようございます。それがこの業界の習わしとなっている。由来はわからないが、皆やっているので俺もそうしているだけだ。 

 リオに目を向けると、やはり俺の真似をして「……おはようございます」と頭を下げていた。


「ああ中元さん。ちょうど良かった」


 机の隙間を縫うようにして、黒澤Pが駆け寄ってくる。


「どうしました?」

「それがですね。おかしな手紙が届いたんですよ。殺害予告です」

「……物騒ですね」

「でしょ? これなんですけども」


 言いながら黒澤Pは、封筒を俺に手渡してきた。

 中には四つ折りされた手紙が入っており、


『本日、中元圭介を殺す。巻き添えを食らいたくなければ退避せよ』


 と書かれていた。

 微かに丸みを帯びた、小さな字だ。この筆跡から受ける印象は、「神経質で気の小さい少女」といったところ。

 エリンが言語理解スキルを用いて日本語を書いたとしたら、しっくりくる字体だった。


「まさかここに来て放送中止なんてわけにもいかないですしねえ。でも、万が一ということもありますし……何かあったら対策を練ってなかっただのなんだの言われて、局が叩かれるわけですよ。困るんですよそういうのは」


 黒澤Pは額に汗を浮かべ、目を泳がせていた。

 よほど困っているらしい。


「なんかあったら、俺のせいにすればいいじゃないですか」

「え?」

「スタッフは反対したが、番組にやる気を見せていた司会者が収録を強行した。そういう方向に持っていけば黒澤さん達は叩かれませんよ」

「……いいんですか?」

「構わないですよ。いつもお世話になってますしね」


 いやあ助かるなあ、と露骨に安心される。保身しか考えてないんだろうか。

 ……仕方ないのかもしれない。


 平和な国のテレビ関係者に、大将の器を持った人間などいるわけがない。いたとしたら、もっとこの業界は活気付いている。

 俺は最近気付いたのだが、斜陽産業で働いている人間は、どことなく敗軍の兵士に似ている。バイト時代もそうだったが、業績が悪化中の企業は上の人間がみみっちい。

 おとこがいないのだ。

 四人の女を同時に嫁にして養ってやるような、漢の中の漢が。


 俺は笑って黒澤Pを追い払うと、楽屋へと向かった。

 するとなぜか、リオも俺の後をついてくる。


「なんでお前も来んだよ。楽屋って男女で分かれてるもんだぞ」

「そうなの? あたしの楽屋もこっちだってメール着てるんだけど」

「何?」


 首をかしげながら、リオはスマホの画面を見せつけてくる。


「……ほんとだ。手違いか?」


 念のためスタッフを呼び止めて確認してみると、「すいません上からの指示なんです」と申し訳なさそうに謝られた。


「よくわからないんですけど、中元さんと女の子達の楽屋、一緒なんですよ」

「は?」


 ということは……。


 俺はこの先、この番組に出演するたび、十代の少女達と同室で待機するのか?

 それはちょっと――


「安心して下さい、どの子も基本、中元さんのファンですから。なんか好みのタイプは中元さんって子もいるみたいですよ」


 ――不味いんじゃないだろうか。

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