第172話 たとえメンバーと呼ばれようとも

 腹が減っては戦はできぬ。そんな侍めいた思考に基づき、俺達は綾子ちゃんの焼いたホットケーキを食べることにした。

 テーブルの左に俺、右にアンジェリカ、俺と対面する位置に綾子ちゃん、その隣にぐずるフィリアという配置で席に着き、


「頂きます」


 と感謝の言葉を述べる。別に俺は敬虔な仏教徒ではないので(そもそも若い頃にフィリアによって一神教に改宗させられてる)、食材への感謝よりも作ってくれた人へのお礼の意味が大きい。

 綾子ちゃんにもきちんとそれが伝わっているようで、ニコニコと微笑んでいる。

 

 牧歌的な雰囲気だが、残念ながらのんびりと家族団らんを楽しんでいる時間はない。


「エリンの件だが」

「殺すんですよね? 中元さんを監禁して痛めつけたような相手ですもんね、そんな人、生きてちゃ駄目ですもんね。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに」


 いきなり臨戦態勢に切り替わった綾子ちゃんは怖すぎるので無視して、隣のアンジェリカに話しかける。


「どうもあいつは色んな小動物に分霊してるらしい。そのせいでしくじったんだ」

「魔法使いの分霊となると、猫とか蝙蝠とかですか?」

「猫はいたし、アゲハ蝶も使ってたな。なんでも六百もの小動物に分霊したらしい」

「……多いですね」

「そう、多い。それが問題だ」

 

 俺はホットケーキを頬張りながら、ゆっくりと頷く。


「どこに潜んでるかもわからない、命のストックが六百。そのうちの三つは仕留めたんだが……たったの三つだぜ? はっきり言って、このペースで戦ってちゃキリがない」

「まとめておびき寄せて、一気に殲滅できるといいんですけどね……」

「そうなんだよな」


 だが、どうあぶり出せばいいのやら。エリンが居ても立っても居られなくなるような、強力な撒き餌でもあればいいのだが。

 しかしそんなものはすぐには見つからない。

 なのに今こうしている間にもエリンは現代日本の知識を身に着けていき、どんどん巧妙に潜伏していくようになるのだ。

 あまり時間的な猶予はない、一体どうすれば……。


「……」


 ……現代日本の知識を身に着けていくエリン。

 いずれ俺が出演する番組も視聴するようになるのではないか?

 仕事中、いきなりテレビ局を襲撃されることもありうるのでは?


 困るな、と眉をしかめたところで、閃く。


 そうだ。

 それこそが撒き餌となる。

 しかも俺はもうすぐ女子高生をテーマにした情報番組の司会者となるのだ。

 そこでエルザと瓜二つの少女、リオも出演者として出る予定になっている。

 ――エリンは、エルザを毛嫌いしていた。


「……やるか」


 己にたずねる。全てを捧げる覚悟はあるか? 


 ある。


 俺は元々金も名誉も求めちゃいない。目的のためなら手段も選ばない。

 故郷と人々を、そしてアンジェリカ達を守るためなら、なんだってやる。


 たとえ悪魔と罵られようとも、人でなしと言われようとも、メンバー呼びをされようとも。


 俺は、エリンを倒す。


「……出てくれるといいんだが」


 俺はポケットからスマホを引っ張り出し、SNSアプリを立ち上げた。

 噂をすればなんとやらか、リオからいくつも新着メッセージが届いている。

 画面をタップすると、塗り絵帳を持って媚びた笑顔を作るリオの自撮りがいくつも表示された。


『パパの言う通りにいっぱい書いたよ』


 と、どこにもノーマルな要素がないメッセージ着きだ。

 俺は『ああ、よく塗れてる。よく頑張ったな』と返事をし、それから本題に入る。


『リオ、今いるか? どうせ授業受けてるんだろうけど、そんなもんさっさと抜け出して便所にでも行け』


 しばらくするとメッセージの上部に既読の文字が付き、『ありがとうございます、今のオラオラは凄くあたしのツボです』と返信が届いた。


『それは良かった。ところでお前に頼みがあるんだが、いいか?』

『なに? パンツ見せてほしいの?』

『違う。もうすぐ俺らが共演する情報番組についてだ』

『ああ、あれね……なんかネタの打ち合わせでもするの?』

『まあそんな感じだ』


 これを告げれば、俺の世界は終わる。

 禁断の扉を開けることとなる。

 それでも俺は、やらなければならない。


 静かに息を飲み、文字を打ち込む。

 

『リオ、結婚しよう』

『え?』

『結婚しよう』

『え? え?』


 画面の向こうで、リオが硬直しているのが容易に想像できる。


『どうせお前のおふくろさんなら許可してくれるだろ。お前は十六歳。保護者の同意さえ得れば、何の問題もないはずだ』

『待って。ちょっと待って。意味わかんない。急に何言ってんの?』

『番組で大々的に発表するつもりだ。お前は俺のフィアンセだって』

『意味わかんないって!』


 ……やはり、唐突すぎたか?

 いくら好意があろうとこれは無理があったか、と諦めかけた瞬間、『嘘じゃないよね?』とメッセージが届いた。


『当たり前だろ。お前が必要なんだ』

『……わかった。んっと』


 ――ふつつかものですが、よろしくお願いします。 

 

 リオの返事は、珍しくかしこまった文章だった。

 文末には、赤面しながらペコリと頭を下げる絵文字がつけられている。


 こうして俺は、三十二歳の身でありながら、現役女子高生の婚約者を手に入れたのだった。

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