第169話 ダークサイドの誘惑

「……んっ……ふうっ……」

「んまんまんまんまんまんま」


 呆然とする俺の舌を、二人の美少女がねぶるように吸う。

 退廃的としか言いようがない光景だった。

 ちなみに「んまんま」言いながら俺の唾液を飲み干しているのは綾子ちゃんなのだが、キャラ崩壊にもほどがある。

 

「やめろお前ら! つーか徹夜なんだろ!? 疲れてんじゃないのか!?」

「徹夜明けの方が、妙にムラムラしません?」

「……それはある!」

「でしょ?」


 アンジェリカは「お父さんもわかってるじゃないですか」と頷き、再び俺の舌を吸う作業に戻った。

 いや、駄目だろ。

 ここは父親らしく、毅然とした態度で突き放さなきゃ家庭崩壊だろうが。


「親に向かってその舌使いはなんだ!」


 俺はアンジェリカ達の体を押しのけ、力づくでベッドの上に組み伏せた。

 二人の両手首をそれぞれクロスさせて頭の前に持っていき、片手で固定する。右手でアンジェリカを、左で綾子ちゃんを押さえつける形だ。

 圧倒的な腕力差があるからこそできる、外道な構図。


 これが男親のパワー! 

 父権の復活! 

 古き良き家庭の秩序!


 どうだ、思い知ったか! とほくそ笑んだところで、アンジェリカは照れくさそうに囁いた。


「……ん。……いいですよ」


 いい?

 いいって、何が?

 これは女心的にどういう意味なの? と綾子ちゃんに助けを求めると、真っ赤な顔で「私も、大丈夫です」と首を縦に振られた。なんだか覚悟を決めたような顔に見える。


 はて。

 どうしてこんな状況になったのか?

 自分が今、どう見られているのか考えてみる。

 

 ベッドの上で、俺に恋愛感情を抱く少女達にキスをされ、盛り上がってきたところで二人を跳ねのけ、逆に押し倒してみた。


 あれ?

 これ、すっかりやる気になったと思われてるんじゃね?


「お父さんなら、痛くしても大丈夫ですから……」


 アンジェリカは静かに目を閉じ、シーツを握りしめた。メチャクチャにしてほしい、という意思表示。

 隣に目を向けると、綾子ちゃんも枕を掴み、期待するような目で俺を見上げている。


「しょ、正気かお前ら? 初めてが3Pでもいいっていうのか?」

「だってお父さんには、二人同時に誘惑した方が効き目あるみたいですし」

「……どっちかが先に処女喪失したら家の中が冷戦状態になるので、同時に抱いてもらった方が平和なんです」


 なるほど。

 ロストヴァージンできるなら手段は選ばないアンジェリカと、軍事的観点から妥協点を探していた綾子ちゃんの利害が一致したわけだ。

 問題は俺の利害が、全然考慮されてないことだけど。


 大体、十六歳の少女と十七歳の少女を同時に抱くなんて、俺にとっちゃ利……利しかないのか? は? 害なくね? 男からすれば都合の良すぎる展開では?


「……くっ」


 歯ぎしりをしながら、アンジェリカを見つめる。不眠不休で俺を探し回っていたはずなのに、若い肌には全く疲れが見えない。水を弾きそうなほどツヤツヤだ。異世界の巫女さんは、たかが一晩の徹夜ではその健康美を失わないようだ。


 対する綾子ちゃんはというと、体力的に劣るせいか、どこかやつれた雰囲気が漂っていた。目の下にクマが浮かび、ただでさえ白い肌が一層青白くなっている。その儚さが妙に劣情をそそり、危険な色香をまとっていた。

 

 タイプの違う、二人の食べごろ美少女。金髪碧眼の小悪魔Dカップ、黒髪黒目の和風Eカップ……!


「ぬうう……ぐぬう……」


 まるでダイエット中に極上の洋菓子と和菓子を見せつけられたような――そんな気分だった。

 でもよく考えてみたら俺はほんの数十分前までフィリアとイチャイチャしていたので、ダイエット中どころから朝からスイーツ食べっぱなしみたいなもんで、よくこれで性欲が尽きないなと我ながら呆れてしまう。

 

「ぐ……ぐぐ……」

「お父さん、苦しそう……」


 アンジェリカは目を細め、憐れむような目で俺を見ている。「早く私の体で、楽になっていいんですよ」と、甘い声で揺さぶりをかけてくる。


 潤んだ緑の目、水気をたっぷりと含んだ唇。

 駄目だ。

 こいつの顔を見ていると、このまま流れに身を委ねてしまいそうだ。

 危険だ。

 慌てて視線を下げると、パーカーを内側から力強く突き上げる、豊かな膨らみに目が行った。おっぱいだった。逆効果だった。どんどん頭が熱っぽくなっていくのが自分でもわかる。

 

 アンジェリカの体は、もはや全身が凶器だ。


 ――なら、見なければいい。

 

 俺は固く目をつむり、視覚情報を全てシャットアウトした。


 勝った!


 いくら目の前に無防備な美少女が転がっていようと、見えないならこちらのものだ。

 

「……?」


 が。

 勝利を確信した俺に、鼻孔から違和感が入り込んでくる。

 この少し汗っぽい、甘い香りは……。


 二人の、体臭?


「……!」


 迂闊だった。

 目を閉じたことで、逆に嗅覚や聴覚が鋭敏になってしまったのだ。

 しかもなんだか今日のアンジェリカ達は、いつもより体臭が濃い気がする。


「……アンジェ、失礼なことを聞くが」

「なんです?」

「昨日の夜、風呂入った?」

「……入ってないですね。一晩中お父さんを探して走り回ってましたし。……もしかして臭っちゃってます?」

「少しな」

「やだあー。嗅がないで下さいよぉ」


 恥ずかしそうに声を上げるアンジェリカだったが、俺に言わせればちっとも悪臭ではない。

 むしろ無限に嗅いでいたいくらいだ。


 甘さに特化した、爽やかな少女臭。それがアンジェリカの肌の匂いなのだが、そこに柑橘系の香り――揮発した汗の匂い――が加わり、下半身を直撃する危険なティーンエイジャー臭と化していた。

 美少女だらけのミッション系女学校で体育があったら、次の授業では教室がこんな香りに包まれるのだろうか……そんな変質者じみた想像をしてしまう、なんとも芳しい芳香だ。


 すん、と鼻から息を吸い込む。

 どこか籠ったような……甘苦く、饐えた匂い。……腋の匂い?

 

「!」


 間違いない。

 腋だ!

 勝機、と目を見開く。

 モンスターとの戦いで培った戦闘勘を無駄遣いして、ここが攻め時と確信する。


「親に向かってなんだその腋汗は!」


 叫んで、アンジェリカの腋に目を向ける。そこにはグレーのパーカーを黒く染め上げる、巨大な汗ジミができていた。 

 綾子ちゃんの方も、白いハイネックブラウスの腋に大きな汗ジミを作り、肌が透けている。うっすらとブラジャーのサイド部分まで見えていた。


「あっ、駄目、見ないで下さい!」

「……いっぱい走ったから……不可抗力なんです……」


 妖艶に誘惑していた余裕は、どこへ行ったやら。二人の少女は、おねしょでも見つかったかのようにわたわたと慌てふためいている。


 極まったファザコン娘でも、乙女心は残っているらしい。

 恥ずかしさのあまり我を忘れているアンジェリカ達を見ていると、俺の方は逆に落ち着いてくる。

 まだまだ子供なんだな、という微笑ましさが、俺の欲望をどこかに吹き飛ばしてくれた。


 穢れのない美少女だと思っていたアンジェリカ達も、腋に汗ジミを作る。汚いところだってある。その現実感が、俺の頭に理性を光を灯す。


「文字通り、わきが甘いってやつだ。男をたぶらかす前に腋汗のケアを忘れるなんて、生娘らしいな」

「お父さんの意地悪……っ」


 涙目で頬を膨らませるアンジェリカの腋に顔を寄せ、鼻を沈める。

 ああ、この匂い。

 この生酸っぱい臭気が、俺の獣欲をかき消してくれる。子供をからかってるような気分になり、相手が年頃の娘であることを忘れさせてくれる。

 俺はスーハーと深呼吸を繰り返し、見せつけるかのように腋周りの空気を吸い込んでみた。


「やっ、やだぁ! お父さんの変態! やだ、やだやだやだやだぁっ! それだめ、だめーっ!」


 こんなに嫌がるアンジェリカも珍しいな。これをやれば確実に主導権を握れるのか、などとあくどいことを考える俺だったが。


 俺だったが。


「スゥゥゥー。ハアアアアァー……」

「……お父さん?」

「スゥウゥゥゥー……」

「お父さん?」

「コーホー……」

「お父さん!? いつまで吸ってるんですか!? お父さん!?」

「シュコー……」


 お父さんお父さんと連呼されながら呼吸音を響かせていると、なんだか暗黒卿にでもなった気分である。

 

「……スハー……」


 いかん。

 どうやら俺は、腋汗の暗黒面に墜ちてしまったらしい。


 アンジェリカの汗ジミ……めちゃくちゃ癖になる!


 美少女の肌と湿った汗腺のコラボレーションが、濃縮された雌の匂いを放っているのだ。

 ……ありえないだろ?

 汗でビチョビチョになった腋だぞ? 

 なんでこんなに美味そうな匂いに感じるんだ? シトラス系のお菓子に鼻を突っ込んでるような感覚だぞ?


 腋汗なんて誰でも生臭いだろと思ってたのに、嗅げば嗅ぐほどハマってしまう!


「……お父さん……? 私の腋、好きなんですか……?」

「スゥゥゥゥー……」

「す、好きなんですね……?」

「ハアアアァー……」

「……わかりました……私も女です。覚悟を決めます」


 アンジェリカは震えた声で言う。


「……お父さんがしたいなら……腋を直に、ペロペロしてもいいですよ……?」

「スウゥゥー!」

「腋汗、ツボなんですよね?」


 性癖を盛大に誤解されてしまったし、エリン対策も練らなきゃいけないのに、俺の心は汗ジミに囚われつつあった。


 どうやら俺は、美少女の汗腺を侮っていたようだ。腋汗を見ている時、腋汗もまたこちらを見ているのである。やつらはいとも容易く男心を絡め取り、雌汗の海に溺れさせる……。

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