第168話 お前それサバンナでも同じ事言えんの?
システムメッセージを目で追いながら、ぶるりと身震いする。
……カレンダーに書かれていた生理周期だと、アンジェリカの危険日はもっとあとのはずなのに。
俺の子を孕みたいという強い意志が、卵巣にまで影響を及ばしたのだろうか。
こいつは本当に人間なんだろうか?
実は子宮の妖精か何かなんじゃないか?
平静を装うべく、無言でエレベーターの中に足を踏み入れる。
同時にアンジェリカと綾子ちゃんも乗り込み、左右から俺の腕をホールドした。
右腕にアンジェリカの横乳が当たり、左腕が綾子ちゃんの横乳に食い込む。
どう見ても両手に花なのに、拳銃を突き付けられたような気分なのはなぜだろう。
……女子にとっておっぱいは、武器だからかもしれない。これは男を落とすためのメインウェポンであり、爪と牙の役割を果たすもの。
つまりこの状態は、二頭の雌ライオンに噛みつかれているのに等しい。
俺は哀れな獲物で、群れからはぐれた哀れなシマウマなのだ。
「あれ? 神官長の胸、絆創膏が貼ってありますね」
バクン、と心臓が高鳴る。急激に供給量を増した血液が、立ち眩みにも似た感覚を引き起こす。
「なんでだろうなぁ。不思議だなぁ。俺が寝てる間にエリンが貼ったのかもな、ははは」
「わざわざ敵の乳首を絆創膏で保護する意味って、なんですかね?」
言って、アンジェリカは両脚で俺の右足を挟み込んだ。むっちりと引き締まった太ももの感触が、今はひたすらに怖い。
「……もしかして、お父さんが貼ってあげたんですか?」
「えっ?」
中元圭介、渾身の「えっ?」である。
俺は美味しいシマウマじゃないよ、皮膚病で縞模様ができた糞不味いロバだよ、と全力の擬態を試みているのである。
「ノーブラのままで動き回る神官長が可哀そうだったから、絆創膏を貼りつけてあげた……みたいな。擦れると痛むから、って」
「あっ、あっちで俺より美味そうなトムソンガゼルが草食ってる」
「……でも粘着テープをぴったりくっつけためるには、乳輪周辺を指でさすさすしてあげる必要が出てきますよね……?」
「カバもキリンもいるぞ……俺より美味そうな動物がいっぱい……」
「んもう! お父さんの意識はどこに飛んでるんですか!」
ガクガクと肩を揺さぶられ、強制的に意識をサバンナから引き戻される。
「……フィリアさん、オムツしてないですね……」
今度は左側――綾子ちゃんが白い腕を伸ばし、無遠慮にフィリアのワンピースをまくり上げている。女同士だけあって、堂々たる覗き込みである。
「なんでしょう、この……ぴっちりした縞模様のパンツは……」
「……」
「中元さんが穿かせてあげたんですか? わざわざ子供っぽい柄のパンツを選んで」
「こ、これはだな」
「こういう下着が好みなら……私も同じのを穿けばいいですか?」
エレベーターの扉が閉まり、上昇が始まる。
コオオォン……と独特な作動音を発しながら、箱は俺達を運んでいく。
「……中元さんがお姉さん系を好きなのはなんとなくわかってたんですけど……子供パンツを穿かせて遊んだのなら、もう性癖グチャグチャですね……」
「聞いてくれ! 理由があるんだって!」
「……でも、よかったです。純粋なお姉さん好きなら、年下の私にはチャンスないですし。……中元さんの好きな縞々パンツだって、絶対、若い私の方が上手く着こなせると思いますし……」
すでに俺の息は荒くなり始めていた。興奮しているのではなく、恐怖心からである。
一体、部屋に戻ったら何をされちまうんだ俺は……?
「……中元さんの好きなことしていいんですからね」
「す、好きなことって?」
綾子ちゃんは一層強く胸を押し付け、耳元で囁く。
「中元さんの好きな格好で、生殖行為を」
食われる!
俺の防衛本能が最高潮に達した瞬間、エレベーターが停止した。
ポォン、と甲高いチャイムが鳴り、扉が開く。
「あっ! お父さん!?」
俺は全身のバネを用いて二人を振り払い、外に飛び出した。
廊下を突っ走り、真っ直ぐに部屋へと向かう。
情けないことこの上ないが、「俺もう疲れたから寝るわ」作戦である。
早いとこベッドに飛び込んで、寝たふりをしてしまおう。ほとぼりが冷めた頃に二人のご機嫌取りをしよう、という逃げ腰なプランだった。
フィリアを抱いたままだろうと、俺の脚力ならば一瞬で部屋の前に到着できる。
あの二人では追いつけないはずだ。
いける!
俺はさっさとベッドに潜り込める!
あとは鍵を開けるだけ……という工程に入ったところで、ポケットの中身が空であることに気付く。
「――」
そして背後から聞こえる、酷薄な笑い声。
「おとーさん。鍵とお財布、落としてましたよ」
「……落としたんじゃなくて、私が引き抜いたんですけどね……」
「それ言っていいんです?」
カツン、と足音が響く。
それは二人の少女が、俺に追いついた音だ。
「……とりあえず中でお話しましょ? ね?」
「あああ……」
俺はがっくりとうなだれ、全てを受け入れることにした。
アンジェリカが鍵を開けるのを、呆然と眺める。
……もう、無理だ。
きっとアンジェリカと綾子ちゃんは、休むことなく俺を犯し続けるに違いない。
俺はパパになっちゃうんだ。普通男女逆だろこれ? 意味わかんねえ。
両腕を掴まれ、まるで連行される容疑者のような構図で俺達は玄関に上がり込む。
「やっと帰ってきましたねー」
なだらかな声で伸びをするアンジェリカ。……その上機嫌さが、かえって恐ろしい。
俺はまずフィリアの靴を脱がせ、それから自分も靴を脱いだ。
横目で見てくる綾子ちゃんの視線が大変気になるけれど、これは必要な作業である。
廊下を進み、リビングに向かい、慎重にフィリアを下ろす。ソファーに寝かせて、ようやく俺の両腕はフリートなった。
「さて、俺はもう疲れたから寝るよ」
「待って下さい」
つい、と袖を引っ張られる。アンジェリカの白い指が、つまむような手つきで俺を捕まえていた。
「……えーと」
「別に怒ったりしませんけど」
「……本当に?」
「お父さんは私をなんだと思ってるんですか?」
何って、意志の力で卵巣すら制御しちゃうヤバいファザコンじゃないの? とは口が裂けても言えない。
「お父さん、抱っこ」
「え?」
「抱っこ」
「こ、こうか?」
「えへへ」
両腕を広げると、アンジェリカは俺の胸に思い切り飛び込んできた。背中に腕が回され、ぎゅうううう~と抱きしめられる。
「……本物のお父さんだぁ。……ちゃんと帰ってきたぁ」
「そりゃ帰ってくるよ。俺はお前の親父なんだぞ」
「……お父さん……お父さん……」
てっきりフィリアの件を根ほり葉ほり聞かれるかと思ったが、予想以上に俺が一晩帰ってこなかったことでダメージを受けていたらしい。
アンジェリカはどうやら、ほんの半日俺と会えないだけで弱ってしまうようだ。
「泣くなよ……綾子ちゃんに見られるぞ」
「見られてもいいもん……」
アンジェリカは鼻声になっていた。
大人顔負けの体つきをしているが、やっぱり中身はまだ子供だ。
俺はアンジェリカの髪に指を差し込み、愛でるように撫でてやる。
「お父さん、ベッド行こ」
「おい」
「変な意味じゃないですよぉ。お父さん、疲れてるから寝るって言ってませんでした?」
添い寝したげますよ、とカラッとした声で言われる。
ちらりと横に目を向けると、ニコニコと微笑を浮かべる綾子ちゃんと目が合う。
「あれ? 俺を刺さないの?」
「……中元さんは私を猟奇犯罪者とでも思ってるんでしょうか……?」
見れば綾子ちゃんも、感極まったような顔をしている。
「実は私達、昨日の夜は寝てないんです。ずっと中元さんを探して走り回ってましたし。……怒る気力もないですよ」
「……そうなのか。ごめん」
「……いいんです。中元さんも疲れてるでしょうから。……あの……三人で一緒に寝ませんか……?」
「……うーん」
俺の胸で甘えるアンジェリカと、どこか疲労した笑みを浮かべる綾子ちゃん。
どちらも俺がヘマをしたせいで徹夜し、消耗している。
なら、少しは埋め合わせした方がいいか。
「わかった。俺も休みたいし、さっさと寝ちまおう」
「わあい!」
どんどん日は高くなり始めているが、俺達の眠りはこれから始まろうとしていた。
本当はエリン対策で話し合いがしたかったけれど、後回しとしよう。
俺達三人は、寄り添うようにして寝室に向かい、穏やかな心持ちでベッドに潜り込んだ。
が。
布団を被るなり、アンジェリカと綾子ちゃんが同時に俺の口内に舌を差し入れてきた。
「さーて。ベッドに入っちゃったらこっちのものですね」
「……今日こそは孕ませて頂きます……お種、いっぱい下さいね……」
はめられたんだと思った。
あの泣き顔も穏やかな笑みも、全部雌ライオンの狩猟スキルなんだと悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます