第165話 健全なる朝食

 フィリアの放尿は――出し始めこそストレートに近い軌道だったが、終わりの方は大きなカーブを描いていた。まるでフォークボールが如き高低差である。

 ノビも威力も申し分なく、かなりの速度が出ていたと思われる。

 が、キレに関しては、明らかに年齢から来る衰えが見られた。いつまでもだらしなく水滴を垂らしており、元栓の緩みを感じさせた。

 コントロールにも課題が残り、ストライクゾーンをはみ出して便座を濡らした形跡があった。

 

 高齢選手だし、俺がスカウトならドラ1評価はないな……と自分でも理解不能なことを考えながらトイレットペーパーを手に取り、フィリアの下半身を拭く。


 あくまで、無心の作業だ。


 平常心を保ちながら、機械的に水気を紙に沁み込ませる。


 それが済むと、今度は便座周りの掃除に取りかかった。油断すると便器ごと破壊しかねないので、赤子を扱うような手つきで水滴を拭き取っていく。

 フィリアの股間を拭いた時よりも、さらに優しげな手つきでだ。

 色々間違ってる気がしないでもないが、フィリアの防御力は高めなので、そのへんの陶器や金属よりずっと頑丈なのである。より脆い方を丁寧に扱うのは、おかしなことではない。

 

「ふう」


 一通り水はねを拭き終えたところで、俺は荷物かけからビニール袋を外し、ドアを開けた。


「ちゃんと手洗うんだぞ」

「……」


 無言で頷かれる。とろんとした目で見てくるのは、俺に心酔している証だ。……悪いことじゃない。そう思いたい。

 俺とフィリアは並んで手を洗い、ペーパータオルで互いの手を拭きあった。

 例の女性店員が「とんでもないものを見てしまった」という顔で口元を抑えているが、何も見なかったことにする。


 俺は腕に絡みついてくるフィリアを引きずるようにして、店を後にした。


「いけね、セイクリッドサークル使わねーと」


 同時に隠蔽も使用し、安全地帯を作り上げる。

 これでよし。あとは飯だ。

 俺はフィリアの前でビニール袋を掲げ、「どこで食う?」とたずねる。


「勇者殿の膝の上」

「俺がほしいのはそういう答えじゃないんだな」


 今のフィリアは使い物にならないようなので、考えるのは俺が担当することにした。

 首を伸ばして、あたりを見回す。

 二百メートルほど前方に、ベンチが見えた。ちょうどいい、あそこで食べよう。


「少し歩くけどいいよな?」


 コクコクと二回頷かれる。子供じみた動作で、妖艶な容姿とのギャップが酷い。

 こういう仕草はアンジェリカの方が似合うだろうな、と失礼なことを考えながら足を進める。

 

「なあフィリア」

「お父しゃまぁぁ……お父しゃまぁぁ……」

「真面目な話がしたいんだが、いいか?」

「なんですか?」

「俺はエリンに勝てると思うか?」

「勝てますね」

「断言したな?」

「当たり前です。私の知る限り、最強の人間は勇者殿です。これまでもこれからも」


 そこまで信頼されると照れくさいんだけどな、とは言わないでおく。

 言ったら調子に乗るだろうし。


「おし、座るか」


 大人の足なら、二百メートルなどあっという間である。

 早々に目的のベンチに到着した俺達は、二人同時に腰を下ろした。狭いベンチに、無理やり収めたフィリアの尻。当然ながら密着状態となり、胸やら髪の毛やらが当たっているわけだが、これに関してはもう慣れっこなので、一々騒いだりはしない。


「ゆ、ゆゆゆ勇者殿とくっつきながら外で食事するとなると、恥ずかしいのですが」


 ……俺の方は冷静でも、あちらの方はそうじゃないらしい。

 童貞かよ! と言いたくなる反応だが、実際に処女なのでしょうがないのかもしれない。


 ていうかこいつ、俺と冒険してた頃もこんなだったっけ? 

 

「お前、昔はもっと普通に接してなかったっけ?」

「私が貴方のパーティーを外れて、何年になると思ってるんです? 耐性なんてとっくに切れてますが?」

「……なるほど」

「……それに勇者殿……昔より男っぽくなって、格好よくなってますし……」

「お前、男臭いのが苦手とか言ってなかったか? 少年専門みたいなこと言ってたくせによ」

「……勇者殿は例外だったみたいです……歳を取っても、少年時代の清潔感が残ってます……」

「ふうん」


 言ってるフィリアが一番恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にしている。

 俺の方はまあ、別にといった感じだ。

 

 黙々とビニール袋からパンを取り出し、開封する。フィリアに買ったクリームパンだ。

 ……。

 

 俺も腹が減ってるんだけど、どういうわけか先にフィリアに食わせてあげようかなーという気分になっていた。

 あと自らの手でパンをちぎって、フィリアの口に優しく放り込んでやろうかな、なんて気分にもなっていた。

 摩訶不思議とはこのことである。


「とりあえず口開けな。食べさせてやるから」

「どういう風の吹き回しで?」

「嫌なら自分で食えよ」

「あーん」


 あんぐりと開いたフィリアの口内に、パンを一欠片、放り込む。


「っと」


 せっかくのクリームパンなのに、生地部分だけを入れてしまった。

 これじゃ味がしないだろう。

 俺はパンの奥に指を突っ込み、生クリームを絡め取ると、フィリアの舌にのせた。


「……んっ……はむっ……」


 ……なんだろう。

「指先に付着したドロっとした白い塊を舐め取る美女」という、とてつもなく危ない光景ができあがってしまったけれど、不可抗力としか言いようがない。

 

「おいふぃい、れす……」


 俺が謎の罪悪感に駆られていると、フィリアはゴックンと喉を鳴らした。


「全部飲んだのか?」

「……はい」


 もっと下さい、とフィリアは再び口を開けた。

 ピンク色の舌に、ねっとりしたクリームの残骸がまとわりついている。それは唾液と混じり、白い糸を引いていた。


「……次、もっと大きいのいくぞ」


 俺はさきほどより大きめにパンをちぎると、フィリアの口に押し込んだ。

 フィリアは少し目を見開き、驚いたような顔を見せたが、すぐに恍惚とした表情に変わった。

 

「……クリーム下さい……」

「わかってる」


 お前は甘党だもんな、と言いながらパンを握り潰す。

 ビュプッ! 勢いよく内部のクリームが射出させ、フィリアの口中に飛び込んでいく。


「んっ、あふっ」


 放たれた粘液はフィリアの口から溢れ、顎周りをドロドロに汚していた。

 女神官の顔面に、白いネバネバをぶっかける。人格を疑われそうな一文だが、単にクリームパンを食べさせているだけなので、道徳的には何の問題もない。


「……勇者殿、喉がつかえました。飲み物を下さい」

「ん、そうか」


 パンって喉に詰まりやすいもんな、そりゃ水が欲しくなよな、と袋からお茶のボトルを取り出し、キャップを開ける。


「それはなんという飲料なのですか?」

「お茶だけど」

「初めて聞く名なのですが」

「あれ? 向こうってお茶なかったっけ……なかったなそういや」


 異世界の飲み物は、エールかビールかワイン。中世ヨーロッパ風の文明ってのは、予想以上に食のバリエーションに欠けるのだ。


「ちなみにどんな味なのでしょう?」

「苦いかな」

「なら要りません」

「おいおい、ここに来て好き嫌いかよ」

「……勇者殿が口移ししてくれるなら、飲むのもやぶさかではありません」

「さすがにそこまでのサービスはなぁ」


 でもこいつ、俺のことを心の底からイケメンと思い込んでるんだよな。

 うーん。


「これでいいのか?」

「んんんんー!!!!」


 結局、フィリアは俺が口移ししたウーロン茶を盛大にこぼし、胸元が透けるほどビチャビチャに濡らしていた。

 顔はクリームまみれ、体はお茶まみれ。


 なんというか、凌辱されたような絵面になってしまっていた。

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