第164話 フィリア、満たされる
早く早く、と急かされながら医薬品コーナーに向かい、絆創膏を掴み取る。サイズは無難にLをチョイス。
……ノーブラの女を連れ回しながらこんな物を購入したら、店員さんにどう思われるのだろうか?
こいつら絶対これ使って乳首で遊ぶんだろうな、とか思われるんだろうか?
あまりそのあたりは考えないようにして、レジに進む。
「いらっしゃいませー。ポイントカードはお持ちでしょうか?」
若い女性店員は、好奇心まんまんといった様子で俺とフィリアの顔を見比べている。
まさか俺がテレビでインチキ手品を披露している、中元圭介その人だと気付いたんだろうか?
「いや、持ってないですね」
「失礼いたしましたぁー」
お決まりのやり取りが交わされ、ピ、ピ、と商品のバーコードが読み取られていく。
大丈夫、問題ない。
未成年のアンジェリカ達とイチャイチャしてるところを目撃されたら不祥事だが、成人女性のフィリアならイメージは傷つかない。むしろ白人美女を連れ歩くなんてやるじゃないか、と拍がつくってもんだ。
そうに違いない、そうであってくれ……と祈りながら財布を取り出す。
「千二百四十六円になりまぁす」
この額ならお釣りが出ないようにできるな、と小銭入れを開けた、その時だった。
「中元さんですよね?」
急に名前で呼ばれたため、反射的に顔を上げる。
「やっぱり。テレビ出てますよね? わ、凄い! 生で芸能人見るの初めて! これって撮影なんですか?」
「あー……今はプライベートで」
「へえー。じゃあそっちの人って、彼女さんなんです?」
「あの、このことは他言無用で……」
「わかってますわかってます。最近はなんでもすぐ炎上しちゃう世の中ですもんね。誰にも言いませんから」
理解があって助かるよ、と言いながら支払いを済ませる。
女性店員は「ちょうどですねー」と軽快な声を発して、カウンターの下からビニール袋を取り出した。
「ちょっと前にすっごい可愛い女の子が来たんですけど、服装が変だったから、もしかして芸能人じゃない? って店長と話してて。そしたら中元さんまで来たじゃないですか。あ、これは絶対近くでロケやってるなって思ったんですけど。違ったんですね」
「もしかしてその子、魔法使いみたいなローブを着てたかな?」
「やっぱり共演者さんなんですか? ですよー。外国人で、中学生くらいの子で。……接客したのは店長なんですけど、なんか真っ赤になりながら買い物してて」
――エリンだ。
あと少し入店が早かったら、あいつと顔を合わせていたかもしれない。
まさに命拾いってやつだな、と苦笑いしながら商品を受け取る。
「ありがとうございましたー!」
それにしても、人懐こい店員である。――いや。この子ではなく、俺の方に原因があるのかもしれない。大分有名になってきたし、これからも町中で女の子に声をかけられる機会はあるだろう。
女子ってのは基本的に、ミーハーな生き物なのだ。困るぜ全く、と全然困ってない声を出していると、フィリアがボソリと呟いた。
「……そんなに若い子が好きですか」
咄嗟に声のした方へ振り向くと、お手本のようなふくれっ面と目が合う。
「もしかして妬いてんのか?」
「私語の比率が多かったように感じます」
「客商売なら愛想よく振舞うのは普通だろ……それに俺はこっちでも知名度あるから、急に話しかけられるなんてよくあることなんだよ」
「しょっちゅう若い女性に声をかけられるんですか?」
「ああもう!」
めんどくせえな、と悪態をつきながらフィリアの手を引き、トイレに押し込む。
ついでに俺も入ってしまったが、男女共用マークがついてるのでお咎めなしなのである。
しかも密室なのである。
無法地帯なのである。
俺は後ろ手で鍵を閉めると、ビニール袋から絆創膏を取り出した。そのまま綺麗に開封……しようと思ったのに、俺の馬鹿力では雑にむしり取るような開封になってしまう。
ほんと厄介な体質だな、とうんざりしながら絆創膏に強化付与を施す。今この瞬間、この薄っぺらいガーゼと粘着テープは、鋼の耐久力を得たことになる。
たかが乳首を守るにしては、いささか過剰な防衛力だ。無人島に最新のイージス艦を配備するが如き行為である。
――でも、よく考えたらそれは、とても大切なことだ。
価値のない島なんて、存在しない。いつか人が住むかもしれないし、そこから資源が見つかるかもしれない。
フィリアの乳首だってそうだ。いつ口に含むのかもわからないんだから、守っておいて損はない。
だから、これは正しいんだ!
俺は謎の理屈で自分を納得させると、ビニール袋を荷物かけに引っかけた。謎の理屈というか、世間でいうところの「性欲」な可能性が著しく高いのだが、もう何でもよかった。
なんでこんなに思考が支離滅裂になったかというと、フィリアがカーディガンを脱いで肩紐を下ろし、いわゆる手ブラ状態になったせいである。
……メンヘラ神官のくせに、やるじゃねえか……。
見た目だけは文句なしなんだよなこいつ、と胸の中で悪態をつきながら命じる。
「座れよ」
「……便座にですか?」
「他に何がある?」
「もっと綺麗な場所が良かったのですが」
風情がありませんね、とぼやきながらフィリアは便器に腰を下ろす。すでに頬は朱色に染まり、口角が上がっている。
どう見ても嬉しがっていた。
……歪な笑顔は見なかったふりをして、絆創膏から紙テープを剥がす。
「それを貼り付けるのですね?」
「ああ」
俺は目を固く閉じ、フィリアに手をどかすよう告げる。
「……で、お前の乳はどこにあるんだ? 指示を出してくれ」
「目を開ければいいじゃないですか。どうしてこのタイミングで直視を避けるのですか!?」
「俺だって見てえよ! でも駄目なんだよ……それだけは駄目だ。戻ってこれなくなる」
「意味がわかりません。私が精神後退してる間は、勇者殿が体を洗ってくれたのでしょう? 私の裸など、何度も見ているのでは」
「アーアー言ってるだけのお前を引ん剥いて洗うだけならただの介護だけどさぁ……意識がはっきりしてるお前だと、ほら、気まずいっていうか……異性として意識しちまうっていうか」
「意識してほしいのですが」
「……俺にはエルザが……」
「いつまで死んだ女に操を立てるつもりなのですか!?」
「永遠にだ!」
俺は手探りで指をフィリアのバストトップを探り当て、絆創膏を貼り付けた。
「……なんと情感のない……」
作業が終わったのを確認し、そっと目を開ける。
胸の先端に絆創膏を付け、傲然と俺を見下ろすフィリアと目が合う。
バストトップはきちんと隠れているし、フィリアは快感を得たわけでもないし、まったくもって健全な行為であったと言えよう。
「……そんなにエルザ殿の存在は大きいのですか」
「当たり前だ」
フィリアを両手を股の間に挟み込むと、仏頂面で言った。
「……生きてる女に鞍替えした方が、幸せになれるでしょうに。ところで勇者殿。尿意を催してきたのですが」
「ああ、わかった。なら出てくよ」
「お待ちなさい」
回れ右をしたところで、ぐい、と袖を引かれる。
「……何? 今から放尿する女に用なんてないんだけど」
「私のスキル性能をお忘れで?」
「……お前のスキル……」
【ファザコン(オムツ)】
『パーティー内に年下かつ父性スキルを持つ男性がいると、全ステータスアップ。
また父親的な人物の前で放尿する、オムツ替えをしてもらう等で一時的に全ステータスが上昇する。
ファザーコンプレックス、幼児退行願望、おもらし趣味などが混在した結果誕生した、退廃的なスキルである』
「お前まさか、俺にションベンしてるところを見せるつもりなのか……!?」
「……エリンとの戦闘に備えて、ステータスを上昇させておいて損はないと思いますが……?」
「ふざけるな! ただの性癖だろう!? お前は幼児退行しながら俺に下の世話をされて喜ぶ、変態なんだ!」
「……そ、そうです! 私は年下男にしーしーしてるところを見られると心が満たされる、危ない女です! 認めます! 勇者殿にお世話されてると、実父に構われなかった寂しさが満たされるのです! これの何が悪いというのです!?」
「開き直りやがったな!?」
「私だって……私だって自分より若い男にパパみを感じるような四十五歳に育ちたくなかったんです! でもしょうがないでしょう!?」
「自分より若い男にパパみだと!? とんだ変質――わかる。……まあ、それは仕方ないよな、うん。俺だってアンジェリカの前だと乳幼児になっちまうからな」
「嫌なのに……! 私だって嫌なのに……! ……あれっ? 急に同意するんですか? えっ?」
「こういうのはしょうがないよな、うん。で、俺はどうすればいいんだ?」
「えっと……後ろから持ち上げて、足をガバッと開かせてほしいのですが」
「こうか?」
「う、うん」
「なるほど。親がちっちゃい子を抱きかかえて、おしっこさせる時のポーズか。終わったあとに下半身を拭き拭きするのもやってあげた方いいのか?」
「ふあぁぁ! ケイスケお父しゃまあああああああああああああああぁ!」
「トリップするのはえーよ!」
【パーティーメンバー、神官長フィリアの好感度が1000上昇しました】
【神官長フィリアは、パパ的存在の前で排泄を開始】
【ユニークスキル「ファザコン(オムツ)」が発動しました】
【4400秒間、ステータスを上方修正します】
【HP+440%】
【MP+440%】
【攻撃+440%】
【防御+440%】
【敏捷+440%】
【魔攻+440%】
【魔防+440%】
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