第163話 ここで装備していきますか?
・エリンは分霊先の肉体が持っている性質に、人格面で影響を受けている
・エリンは防御系の魔法を使えない
・エリンは筋肉質な男に弱い
・エリンは黒髪に弱い
・エリンは下の毛も生え揃っていない
以上が、フィリアの語ったエリンの弱点である。
若干どうでもいい情報も混じっているが、ここから勝利に繋がる策を練るのが俺の役割だろう。
「人格面に影響、ってのが一番気になるな。猫に入り込んでるエリンは、性格も猫っぽくなってるのか?」
「でしょうね」
「……それは弱点になるのか?」
「人間よりも知力や気力で劣る生物に精神が寄せられるのは、悪影響でしかありませんよ」
「まあ、色々つけ込む余地がありそうな感じはするな」
黒猫。黒アゲハ。カラス。それらの生態を逆手に取るような戦法を選べばいいのかもしれない。
「もう一つ気になるのは、防御系の魔法を使えないってやつだな。これ、初耳だぞ。俺らと冒険してる時は、普通に魔法障壁張ったりしてなかったっけ?」
「忘れたみたいですよ」
「……あいつ、記憶力は良かったはずだが」
「これこそ分霊による悪影響なのです。黒猫に分霊したら、ネズミの捕まえ方に関する知識が入り込んできた代わりに、いくつかの魔法を忘れてしまったそうですから。元々苦手だった防御系魔法は、真っ先に使えなくなったようです」
「……動物の知識が流れ込んできて、元々あった知識が消えていくのか? そのうち発狂するんじゃないか、エリンのやつ」
「時間が経てば経つほど壊れていくでしょうね」
「ならひたすら待てばいいのか。そうすりゃ勝手にエリンは無力化する」
「何年かかると思ってるのですか。一年かかってようやくごく一部の魔法を忘れた程度なんですから、完全に戦力を喪失するには莫大な年月が必要でしょう」
「……さすがに年単位の持久戦は無理だな」
短期決戦の方が性に合っているし、それならそれで構わない。
さて、どう調理してくれようか。
フィリアの周りをぐるぐると歩き回りながら、考える。
無意識に取った行動だったが、どうやらこれが腹を刺激したらしい。ぎゅるる、と胃の収縮する音が鳴り響く。
「……腹減った」
そういえば昨日の夜から、何も食べていない。
空腹のまま動き回っても頭が働かなくなるだけだし、一旦考え事は切り上げて、朝食にした方がいいだろう。
「聞いての通り、腹の方が限界みたいだ。今から朝飯買いに行くけど、フィリアも食うだろ?」
「賢明な判断ですね」
「はは。お前も腹減ってたか」
「人間なら当然の生理現象でしょう。なぜ笑うのですか」
「お前に人間らしさが残ってて安心したんだよ。『内臓も改造してあるので実は食事の必要がないのです……』とか言いかねないと思ってたし」
「私は加齢を止めただけで、人間を辞めたわけではありません!」
ぷりぷりと怒るフィリアの手を引っ張り、足を進める。向かう先は、数百メートルほど先に見えるコンビニだ。
「そんなカッカすんなよ。十五年以上も外見が変わってなかったら、内臓も弄ってあるって考えるのが普通だろ。美人すぎて人間味が薄いのもあるしな」
「どこまでデリカシーに欠けるんでしょうね貴方は? 人をまるで人工物呼ばわりして……えっ、美人ですか? ……えっ、うれしい……。朝食は私が奢りましょうか?」
「お前金持ってないだろ」
とりあえず見た目さえ褒めておけば機嫌を直してくれるので、扱いやすい女ではある。
……はたから見ればこれは、頭の悪いイチャつき方をするカップルなのでは? という気がしないでもないが、隠蔽をかけている俺達を視認できる者などいないので、安心して馬鹿になれるのだ。
「俺はパンにするけど、フィリアは何が食いたい?」
「日本食以外ならなんでもいいです。この国の食事は口に合いません」
「……日本人の前で堂々と言うことかよ」
「仕方ないでしょう、米も魚もあちらではほとんど食卓に上らないのですから。私の感覚すれば、この国の料理は全て珍味です」
「お前もしかして、俺が普段作ってる飯も不味いと感じてんの? 割と美味そうに食ってなかったか?」
「ああいうのは別です。勇者殿が素手で調理した食べ物なら、毛虫だろうと美味しく感じるはずですし。普段の食事は日本食に舌鼓を打っているわけではなく、勇者殿の指と間接キスしているシチュエーションを楽しんでいるのです。おわかりですか?」
「……」
愛が重い。
もはやキモイを通り越して、気持ち悪いの領域だ。
「……お前の朝食は米やパンじゃなくて、俺の指をしゃぶらせるとかにした方がいいのか?」
【パーティーメンバー、神官長フィリアの好感度が100上昇しました】
「……勇者殿がそれでいいなら……」
「一つだけ言っておく。今のは頬を染める場面じゃねえ」
馬鹿話をしているうちに、コンビニの目と鼻の先にまで来ていた。さすがに買い物の最中まで透明人間だと不味いので、隠蔽を解除する。
「フィリアは外で留守番な」
「私も入りたいのですが」
「……なんで?」
「買って頂きたいものがあるのです」
「言ってくれたら買うぞ?」
「自分で選びたいのです。察して下さい」
……まさか生理用品じゃないだろうな。
嫌な予感を覚えつつもフィリアの隠蔽を解き、二人で店内に入った。
ピンポーン。と軽快なチャイムが鳴り、若い女性の声で「いらっしゃいませー」と告げられる。
「私はあちらを見てきます」
と言って、フィリアはスタスタと雑誌コーナーの方へと進んでいく。
俺は買い物籠を掴み取ると、早足でパンコーナーに向かった。
自分用のサンドイッチ、フィリアの分のクリームパンとクロワッサン、それに二人分のお茶を籠に放り込む。
あとはフィリアの言う、「買って頂きたいもの」だけだが……。
あいつ一体、何がほしいんだろう?
絶対にトラブルしか待っていないと確信しながら、俺はフィリアの元へ向かう。
飲料コーナーの角を曲がり、スナック菓子の棚を通り過ぎ、日本のコンビニには場違いな、白人女性が腰を曲げて商品を睨みつけているその場所へと。
「で、お前が買ってほしいものって何?」
「これです」
フィリアは黒い箱のようなものを棚から引き抜いた。
下着だった。
「……どういうことだ? そんなに縞パンが気に入らなかったのか? やっぱりシックな大人パンツに穿き替えたいってわけ?」
「あの子供パンツは嫌なのですが、これを勇者殿に穿かされて幼女扱いされているという状況自体は気に入っています。問題ありません。そっちではなく、私に必要なのは上です」
「いやそれ大問題だろ……上? あっ、ブラか」
言われて気付く。
確かに今のフィリア、ブラジャーを着けていない。
薄手の白ワンピースの下に、豊満な胸をむりやり収めている状態だ。
「やっと気付きましたか。……そうです。胸当てを着けずに動き回ったので、乳房の先端が痛むのです。布と擦れるのです。歩くたびに揺れて、痛いのです!」
「わかったから大声で話すな!」
俺はあのレジのお姉ちゃんに、彼女をノーブラで歩き回らせる鬼畜野郎と思われたんじゃなかろうか。
考えたくもない風評被害である。
「事情は理解したから、さっさと籠に入れといてくれ」
「それがですね。ショーツはあるのに胸当てが見当たらないのです」
「え、マジで?」
そっと棚を覗き込む。
……本当だ。
最近のコンビニは何でも置いてるイメージがあったが、ブラジャーは取り揃えてないらしい。
「私はどうすればいいのでしょうか? あそこで聞き耳を立てている女性店員を引ん剥いて、胸当てを強奪すればいいのでしょうか?」
「お前少しはこの国の人間を尊重しろよな。大体あの子のブラジャーじゃ絶対小さすぎるし」
見たところあちらのお嬢さんは平均的な日本人体型、Bカップあるかないかといったところだ。
対するフィリアはもはや爆乳と呼べる具合で、目測だが91~93cmはあるだろう。
俺は昨日アンジェリカ達と風呂に入り、胸で顔を洗われたため、一時的に胸囲センサーの精度が上がっているのである。
「そうなると、胸当ての代用品が要りますね」
「……代用品……」
俺はチラリと、医薬品コーナーに目を向ける。
あそこには絆創膏なんかも置いてあるわけだが……。
「あー、肌に貼り付ける綿みたいなのがあるんだが、それでいいかな」
「構いませんよ。どうして早く言ってくれないのですか」
すぐ買いましょう、とフィリアに急かされる。
だが、一つ問題があった。
「お前、絆創膏の使い方知ってる?」
「知るわけないでしょう。勇者殿が着けてくれるのですよね?」
「……やっぱりそうなるのか」
「ええ、早くその絆創膏とやらを買って、着けるのを手伝って下さい」
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