第161話 ファザコン(オムツ)

 俺はフィリアの股を洗い終えると、バスタオルで念入りに水気を拭き取り、仰向けの態勢で床に寝かせた。

 縞パンを穿かせる作業に入るのだ。

 フィリアの足元にしゃがみ込み、ぐい、と両脚を持ち上げる。


「管理職の割にムチムチしてるよな、お前の脚。出世してからも定期的に運動してたのか?」

「しゅきいいいいいいいいいいいぃ! ケイスケお父様、しゅきいいいいいいいいいいいいいぃ!」


 ……会話にならない。

 俺は意思の疎通を諦め、無言でパンツに足首を通した。

 ストライプの布はするすると白い脛を滑り、むっちりと肉の詰まった太ももを通り、最後にボリュームのある臀部へと到着する。


 日本の少女を想定して作られたであろう子供パンツは、フィリアの大人ヒップではち切れんばかりに引き伸ばされていた。


 なぜだろう。

 ちゃんと下着を穿かせたのに、何も穿いてなかった時より犯罪臭が増した気がする。


 とはいえそんなのは見る者の主観次第で、単に俺の心が汚れているだけかもしれない。

 たとえ銀髪青目の美女がオムツ替えポーズで縞パンのクロッチ部分を見せつけているとしても、そこにいやらしさを見出すかどうかは心がけ次第なのである。


 ロールシャッハテストみたいなもんだ。

 ただのインクのシミでも、人よっては蝶々に見えたり怪物の顔に見えたりする。

 フィリアの縞パン股開きだって、心理状態さえクリーンならば牧歌的な光景に見えるかもしれないし……。


「いや、人類なら誰でもエロく見えるなこれは」


 もうなんの言い訳もできないことを受け入れると、俺はフィリアに質問した。


「な。さっきシステムメッセージが表示されたんだが、お前、新しいスキルを習得したんじゃないか?」

「……」


 フィリアはふるふると首を左右に振っている。あまりあのスキルについては語りたくないんだろうか。

 だが現状を打開するには、互いの戦力確認が必要不可欠だ。


「どういう性能なんだ? 教えてくれ、ここから脱出するのに役立つかもしれない」

「……変なスキルですから……」

「話したくないなら別にいいけどな。普通にステータス欄見りゃいいだけだし」

「あっ、駄目っ!」

「何恥ずかしがってんだよ今更。幼児返りしながらとんでもない場所を洗わせて、もう羞恥心なんて吹っ飛んでるだろ」

「それとこれとは別なんです! 駄目! なんでもしますから! 駄目……見ないで! 見ないでーっ!」


 一々大げさなんだよお前は、と呆れながらステータスウィンドウを開く。

 スキルの項目を長押しし、効果詳細を表示させる。



【ファザコン(オムツ)】

『パーティー内に年下かつ父性スキルを持つ男性がいると、全ステータスアップ。

 また父親的な人物の前で放尿する、オムツ替えをしてもらう等で一時的に全ステータスが上昇する。

 ファザーコンプレックス、幼児退行願望、おもらし趣味などが混在した結果誕生した、退廃的なスキルである』



「……神官が覚えていいスキルではないな」


 フィリアは両手で目元を隠し、「ごめんなさい……」と謝っている。耳や首は、燃え上がりそうなほど赤い。


「別に責めてるわけじゃない。有用ならなんだっていいんだ。……む、かなり魔法攻撃力に補正ががかってるみたいだぞ、今のフィリア。これなら壁を壊せるんじゃないか?」

「……もうどんな顔をして生きていけばいいのか」

「俺とお前しか知らないんだから、大した問題にならないだろ」

「勇者殿に知られたのが大問題なんです……!」


 私は貴方のことが好きなんですよ!? とフィリアは半ギレで抗議している。


「……いっそ殺して下さい!」

「殺しても生き返るだろお前」


 ぐず、と鼻をすするフィリア。今にも泣き出しそうな気配がある。

 ここを出られるかどうかはこいつのコンディション次第なのに、そのへんわかってるんだろうか?


「落ち着けよ。俺は勇者なんだぜ? 仲間がオムツ替えフェチに目覚めたからって、嫌いになったりしないさ」

「それはもう、違う意味での勇者だと思います……」


 こうしている間にも、エリンが帰ってくるかもしれない。もはや一刻の猶予もない。

 俺は手櫛でフィリアの髪を梳かしながら、まるで事後のピロートークのような口調で話しかける。


「……俺は好きな男の前でおもらししちゃうフィリアも好きだぞ。……な? 俺のために壁を壊してくれるよな?」

「し、信じられるものですか」

「多分、大体の男は女の排泄物には甘いと思うぜ? いやでっかい方は無理だけど、小さい方なら許せちゃうってやつは多いんじゃないかな?」

「……じゃあ、勇者殿に後ろから持ち上げられてしーしーするのが好きって言っても、嫌いにならない?」

「わり、それはきめぇわ」

「ほらやっぱり!」


 ふい、とそっぽを向かれる。

 ……。

 なんで俺はこんな、気難しい彼女のご機嫌取りみたいなことをやらされてるんだ?

 段々めんどくさくなってきたぞ? 

 若い子が猫のような気難しさを見せるなら可愛いもんだが、お前の実年齢でツンツンした態度を取ったら、まず疑われるのは更年期だぞ?


「もういいわウゼエ。こっち向けや」

「?」


 俺はフィリアの顎を掴み、力づくで正面を向かせる。


「……!!」


 そして躊躇することなく、唇に吸い付く。舌を絡ませ、歯茎の裏の裏までねぶり尽くす。


「……ふぅ。フィリア、ちょっとあそこの壁に向かって魔法撃ってみろ」

「なんでもしゅるうううううぅ」


 あ、こいつこうやって扱えばいいのか、と理解した瞬間、フィリアの手のひらから放たれた熱線が、玄関横の壁を直撃した。

 瓦礫が崩れ落ち、噴煙が立ち込め、人が二人通り抜けるのに申し分ないサイズの大穴ができあがる。


「でかした! 凄いじゃないか、魔法の瞬間火力なら俺より上になんじゃないか?」

「チュウ。もっかいチュウ」

「……」


 俺はキスをせがむフィリアを無視して、再び服を着込んだ。

 それから部屋の中を物色し、一通り使えそうなものをポケットに詰め込むと、フィリアをおぶって穴の外へと向かった。

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