第154話 ミーティング男とマウンティング女
アンジェリカ達が風呂から上がり、着替えを済ませたところで作戦会議に入った。
万が一俺がエリンになんらかの術をかけられてしまった場合、頼りになるのはこの二人しかいないのだ。
基礎ステータスの高い神聖巫女と、邪悪なデバフの使い手。
上手く立ち回れば、結構な戦力になるのは間違いないのだし。
……いっそ最初から戦闘に参加してもらうか?
そうなるとアンジェリカ達も知力低下のデバフに巻き込まれないよう、あちらの綾子ちゃんに頼んで七種類のデバフをかけてもらう必要が出てくる。
でも、ただでさえ危うい行動の目立つこいつらの理性や道徳心を低下させたら、もはや何をしてくるかわからくて怖いんだよな。
さっきも隙あらば処女喪失しようと、好き放題してくれやがったし。「なんか股の奥に膜状のゴミが挟まってるんで、指で取ってくれません?」と何でもないことのように言って処女膜を破らせようとするのは、人類女子の発言として失格もいいところだと思う。
耳掃除みたいなノリでなんてことねだってんだ、と言いたい。
もう俺が何かしなくても、アンジェリカ達に任せたら謎の勢いでエリンをとっちめちゃうんじゃね? とすら思えてくる。
さすがにそれはひどすぎるからやらないけど。
「……そうだな。アンジェはいざという時の保険として動いてほしい。もし俺がエリンに何か術をかけられたら、解除できるのはお前だけだからな。
「具体的にどうすればいいんです?」
アンジェリカは床で女の子を座りをして、俺を見上げている。上は白Tシャツのみという危うい恰好で、どうやらノーブラらしい。
襟の隙間から色々見えているが、それを細かく描写するのは人として許されない。
「俺はこれから毎晩、フィリアを連れてエリンをおびき寄せる作業に移る。もし朝になっても帰ってこない日があったら、その時はなんかあったってことだ」
「お父さんが神官長と二人きりで夜中に出歩くの、嫌なんですけど……」
「こんな時に気にすることじゃないだろ。……俺達が朝になっても帰ってこなかったら、アンジェは綾子ちゃんと一緒に大槻古書店に向かって、三種のデバフをかけてもらうんだ。それが完了したら俺と同じようにこっちの綾子ちゃんにもデバフをかけてもらって、知力低下を防ぎながら俺を捜索してくれ。……できればこうならないでほしいけどな。理性低下したお前らって、想像するだけでも恐ろしいし」
「お父さんが失敗した時の救援役ですね。わかりました。緊急事態ですし、最後の問題発言はスルーしてあげます」
一つ質問いいですか、と綾子ちゃんが挙手をした。こちらはちゃんと上下ともにパジャマを着ているが、問題はそれが男物なところにある。
勝手に、俺の寝間着を着ているのである。
ブカブカすぎて色々ずり落ちてて、肩や谷間がもろに見えている。
エロいとか色っぽいとか以前に、平然と他人のパジャマに袖を通せる神経が俺は怖い。
「……エリンさんをおびき寄せるのに、どうしてフィリアさんを同行させる必要があるんでしょうか。中元さんが上空に魔法を撃つだけで、引き寄せる効果は十分あるんじゃないですか? もしかして戦闘を口実に、フィリアさんと逢引したいだけなんですか? そうだとしたら、私……。私……」
「気軽に目の光を消さないでくれないか。何もやましいことなんてないから。あれだよ、フィリアの役割は囮だ」
「……囮ですか」
「俺は自分にだけ隠蔽魔法をかけて、フィリアと一緒にどっか人気のない場所に向かう。で、上級光魔法を空に向かって撃つ。これでエリンがやってきたら、あいつの目には呆然と突っ立ってるフィリアだけが視界に入るわけだろ? エリンはきっと、フィリアが魔法で合図を送ったのだと解釈するだろう。ところが肝心のフィリアは正気を失っている。わけがわからない。それでも一応仲間ではあるのだし、保護を試みるはずだ。まあ、隙だらけになるよな」
「……そこを突く、と」
「そういうこと。それにエリンが上空の魔法に気付かないケースもある。その場合、フィリアを目視したエリンが寄ってくる方に賭けるしかない。ようするに、フィリアは生きた寄せ餌だ」
「中元さんにしては珍しく、女性の扱いがハードですね……」
「殺しても死なないからな、あいつは。綾子ちゃん達より扱いが雑になるのは仕方ない」
さすがにあまりにも非道なので口にしないが、フィリアは緊急時のリセットボタンにもなる――というのも連れ歩く理由の一つだ。
何もかもしくじった場合、フィリアの首を斬り落とせばいい。
そうすれば数分前の世界にタイムスリップして、やり直せるのだから。
エリン側から見てもリセットボタンが放置されてる状態になるが、仲間意識の強いエリンがフィリアを殺せるとは思えない……。
なんだか俺が悪役みたいだなこれ、と妙な気分になってくるがやむを得まい。
俺は自分の生まれ故郷と、今の家族を守るためならなんだってする。
ただそれだけのことだ。
「他に聞きたいことはあるか?」
綾子ちゃんは首を横に振る。アンジェリカも同じく。
フィリアはソファーの上で体育座りをし、じっと俺の顔を見つめている。あの体勢だとスカートの中からパンツならぬ紙オムツが丸見えなわけだが、フィリアにそれを気にするような知性は残っていないだろう。
……残っていないはずだ。
俺はフィリアに近付き、「散歩行こうか」と声をかけた。
フィリアは勢いよく立ち上がると、「行く!」とはしゃいだ声を上げて抱き着いてきた。
まるで童女だ。
俺の首に腕を絡ませて、その大きな胸を押し付けるようにして「お父様とお散歩!」と笑っている。
体が二十九歳で、中身が六歳児で、実年齢は四十五歳。フィリアは何もかもがちぐはぐで、不自然だ。
「お父さんにくっつきすぎ!」
わーわーと喚き始めたアンジェリカをなだめながら、思う。
フィリアを壊したのは俺の責任だ。もしもこいつが密かに正気に戻っているとして、俺と敵対するようなことがあったら――
その時は、迷わず処分する。
不死身の女を殺すのは、そいつの想い人である男の役割だ。
ましてや俺とフィリアは、かつて互いに片思いしていた関係なのだ。
他に適任はいないし、いたとしても任せようとは思わない。
「……おいでフィリア」
俺はフィリアの手を取り、玄関に向かった。
外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
空は快晴、満天の星空。
魔法を空に向かって撃ち込んだら、どんなに離れた場所からでも見えることだろう。
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