第152話 スポンジアンジェ

「……やあ、ただいま」


 見れば綾子ちゃんは、縦セーターの上からエプロンをかけている。

 きっと夕飯の支度をしていたのだろう。

 つまり俺の帰りを待ち、俺のために飯を作ってくれていた女の子の前で、他の女の子の乳を揉みしだいているわけだ。


 まさに外道である。


 しかもついさっきまでもう一人の綾子ちゃんの尻を撫で回していたとなると、これはもう実刑判決は確実だ。

 

「……怒る前に理由を聞いてくれると嬉しいんだが」

「……」


 綾子ちゃんは何も言わず、じっと俺を見下ろしている。組んだ腕で持ち上げられた胸は、エプロンの上からでも形がわかるほど大きい。そしてそれを凝視している俺の心証は最悪に違いないのだが、目を離すことができないでいた。

 絶対視線を逸らした方がいいのに、劣化した理性では少女の乳房を本能的に見つめてしまう……。


「……年甲斐もなくお盛んなことで」


 綾子ちゃんは俺の視線に気付いたらしく、さっと両手で胸元を隠した。いつもなら甘い声で「もっと見て下さい」と言ってくるところに、この反応は堪える。


「アンジェからも言ってやってくれ、これはデバフのせいなんだって」

「お父さんは私を見てたらムラムラして我慢できなくなったそうですよ?」

「お前何言ってんだ!?」


 挑発的な流し目を綾子ちゃんに送るアンジェリカ。どうやらこの発情娘、今が攻め時と判断したらしい。

 

「アヤコは私の数少ない友人ですから、勝利宣言はとっても心苦しいんですけどね……。残念ながらお父さんは私に夢中なんです。見ての通りさっきからおっぱいを離そうとしなくて。まるでおっきい赤ちゃんですよね?」


 よしよし、と抱き寄せられる。母性の籠った声だが、同時に女の情念も感じさせる声色だった。あどけない顔して恐ろしい娘である。

 対する綾子ちゃんの方もアンジェリカとは別のベクトルの恐ろしさを醸し出しており、みるみる瞳のハイライトが小さくなっていく。


「いいから事情を聞いてくれ……」



 * * *



「……なるふぉろ。あっちの私は、精神的な弱体化魔法に特化してるんでふね」

「まあ、そうなるな」


 俺はリビングのソファーに腰かけ、左右をアンジェリカと綾子ちゃんに挟まれながら弁解をしていた。

 ちなみに綾子ちゃんの滑舌が怪しいのはちゅっちゅと俺に口付けをしながら喋っているせいであり、反対側からは負けじとアンジェリカも俺の口に舌を差し入れている。


 どうやら二人の少女は話し合いの末、とりあえず俺の体を二人がかりで貪る方針で一致したらしい。俺の理性が低下している間はボーナスタイムと割り切り、争うことなく俺を弄り回すことに専念するそうだ。

 とても平和的でよいのだが、何もかも終わった時、正気に返った俺が罪悪感で死にたくなるとは考えないのだろうか?


「で、なんでお父さんにデバフがかかると、エリンさん対策になるんですか?」

 

 俺の頬に軽めのキスをしながらアンジェリカが言う。

 誰か俺を逮捕してほしい、切実に。


「……お前ら後で覚えてろよ……。なんでわざわざデバフを貰ってきたかというとな、状態異常の仕様が関係してる」

「仕様?」

「デバフってのは、一度に七つしかかけることができないんだ。個数制限があるんだよ。八種類目のデバフをかけようとすると、自動的に無効化されちまう」

「……ゲームみたいですね」


 などと冷静な意見を述べる綾子ちゃんであるが、俺の右手を握りしめ、自身の襟元に突っ込んでいるという破廉恥ぶりである。本当に遠慮のないファザコンどもで、いっそ清々しいほどだ。


「ああ、そうだ。ゲームだ。特に対戦形式のゲームだと、麻痺や眠りなんかの深刻な状態異常を防ぐため、自分から毒状態や火傷状態にかかる戦法があったりするもんだ。俺がエリンにやろうとしてるのは、これに近い」

「……中元さんは事前に七種類のデバフをかけてもらうことで、エリンさんの知能低下を受け付けない状態になっておく、ということですね」

「そういうこと」


 あちらの綾子ちゃんにかけてもらった三種のデバフに加え、こちらの綾子ちゃんが覚えている「筋力低下」「耐久低下」「敏捷低下」「魔力低下」を低出力でかけてもらえば、俺はほぼ普段と変わらないステータスのままエリンと渡り合うことができる。

 魔法システムの穴を突いた、あくどい戦い方だと言える。


「でも一つ問題がありません?」


 アンジェリカは上目使いで言った。口元から唾液の糸が伸びているが、それが誰のどこと繋がっているかは考えないようにしたい。


「問題って何がだ」

「エリンさんがどこにいるか、わからないじゃないですか。お父さんにかかったデバフの効果時間が切れる前に、あの人と遭遇できる保証がないですよね?」

「まあ、その件についても案がないわけではない」

「ちゃんと考えてるんですね! さすがお父さんです」

「エリンはフィリアの回収が目的の一つかもしれない。だったらフィリアと一緒にうろついてれば、そのうち向こうから出てくるさ」

「……そんな簡単にいきますかね?」

「あいつはフィリアにライバル意識を感じていたから、町中で俺がフィリアと性行為に及んだりすれば、怒り狂ったエリンがどこかから飛び出てくる可能性が高い」

「やっぱ今のお父さんポンコツですね。理性が足りないですよ」


 めっですよ、と額をつつかれる。

 自分でもさっきの発言はどうかと思うので、反論はしない。


「公衆の面前でえっちしたら、お父さん逮捕されちゃうと思うんですけど……」

「それもそうか。……わかった。ならフィリアと一緒にいる状態で上空に魔法をぶっ放そう。それも光属性の強烈なやつだ。この世界でそんな代物を使えるのは俺かフィリアしかいないんだから、エリンは寄ってくるんじゃないか」

「狼煙みたいですね。いいんじゃないでしょうか」


 アンジェリカは頬を緩め、俺にすり寄ってくる。


「ところでお父さん」

「……なんだよ」

「お風呂一緒に入りますよね?」

「は? 何言ってんだお前。当たり前だろ」

「あはっ。理性トロトロのお父さん大好き! ……もちろん、スポンジの代わりに私を使って体を洗いますよね?」

「やれやれ。父親の垢擦りになるのは娘の義務じゃないか。学校で習わなかったのか?」

「凄い……今のお父さん、正しいことしか言わない……尊い……」


 私もご一緒いいですか、と耳元で綾子ちゃんが囁く。アンジェリカは俺の代わりに「しょうがないですねー」と答えた。

 そうして、俺達三人は仲良く浴室へと向かったのだった。

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