第145話 サークルクラッシャー

 ちなみにアンジェリカの言う嫌な予感は、今までほぼ全て当たっている。

 このあたりはさすが女の勘といったところか。

 女性ホルモンがあり余ってそうな外見をしているし、女子特有の能力がギンギンに働くのかもしれない。


『俺とエリンにすれ違いが起きたってことか?』

『そうなりますね』

『よくわからないな。ていうかほんの数行の昔話でわかるものなのか』

『お父さんが無自覚にパーティーメンバー全員を惚れさせたあげく、奴隷出身の女性とくっついて修羅場になったって伝説は巫女の神殿にも伝わってきてましたからね』

『俺は一体どんな噂を立てられてたんだ……?』


 まるでサークラ女のような扱いだが、大体合ってるから困る。

 俺って、勇者サーの姫だったんだろうか。


『多分これじゃないかなーって思うんですけど。お父さん、エルザさんと正式にお付き合いする寸前に、エリンさんの前で惚気話とかしませんでした? 俺すげえかわいい子と会ったんだよ、みたいな感じで』

『十六年も前の話だぞ。そんなの一々覚えてないって』

『……わかりました。じゃああくまで推測の話をしますね』


 どうでもいいが、アンジェリカも一々文字打つのは疲れるだろうし、通話に切り替えた方がいいんだろうか?

 けれどこうやって長文を打ち続けることがスマホを使いこなすためのトレーニングにもなりそうだし、悩ましいものである。


 どんな時も娘の成長を願う、温かな心で次の送信を待つ。

 そして送られてきた文章のインパクトで、温かな心など全て吹き飛ばされる。


『「俺、好きな女の子ができたんだ。自分の種族すら勘違いしてるような変わった子でさ。おまけに無口で無表情ときてる。でもその分、たまに笑うとギャップがたまらないんだ」――どうです? こんなことをエリンさんの前で口走ったりしませんでした?』

『アンジェは凄いな。思い出したわ、ほぼそれに近い台詞を言った気がする俺。確かつきっきりで攻撃魔法を教えてる最中だったな』

『エルザさんと付き合う直前に、エリンさんに対して言ったんですね?』

『……多分。エルザと両思いになってからはしばらく恋愛脳になってたし、パーティーメンバーにも惚気てたような覚えがある。消したい過去ってやつだな』


 十七歳の小僧が初めての彼女、しかも極上の美少女を手に入れたのだから、浮かれるのも無理はあるまい。

 今となっては何やってんだ俺って感じだが、それもまた青春の一幕である。


『……お父さんの天然小悪魔……』

『それおっさんには全然似合わない表現だな』

『少年時代のお父さんに向けて使ったんだから問題ないです。ねえお父さん。おそらくエリンさんは、お父さんが好きな女の子とは自分のことに違いない、と思ってたんじゃないでしょうか』

『え?』


 何言ってんだこいつ? と硬直する。

 俺がエリンのことを好きだと思っていた……?


『だってほら。エルザさんもエリンさんも、自分の種族を勘違いした状態でお父さんと出会ったわけじゃないですか。で、どちらも口数の少ないタイプですし。どことなく似てるんですよ、この二人。なのでエルザさんの名前を伏せたまま「好きな女の子ができたんだ、こんな感じの子でさ~」みたいな惚気を垂れ流してたとしたら、それがエリンさんにもちょくちょく誤爆していた恐れがあります』

『……じゃあなんだ。エリンは自分が口説かれてると思い込んでたのか?』

『その可能性は十分あるんじゃないかと』

『エリンみたいな寡黙な女が、そんな自意識過剰に陥るかな』

『自意識過剰じゃない女の子なんていません』


 断言だった。

 各方面から怒られそうなジェンダー観である。


『ひょっとしてあの人、私を見てるんじゃないの? と思いながら生きてるのが女子です。私なんてお父さんがこっち見てきたら、「またおっぱいチラ見してる。子作りしたいのかな?」って思いますもん』

『それはお前が異常なんだろ』


 確かに頻繁にお前の乳を盗み見てるけど、子作りしたいとは思ってねえよ。

 単にその乳で育てられたいだけだし。これ俺も異常だし。


 ほんとお前らのせいだからな、俺がここまで変になったのは。


『大分話が逸れたから元に戻すか。確かにエリンの奴、エルザの話をしたら妙に機嫌よくなっていたような記憶がある。あれを自分宛ての口説きもんだと思い込んでたなら、色々しっくりくるかもしれない』

『でしょう? そのあとお父さんはエリンさんでない女性との交際を宣言したんですから、好意が裏返って恨み骨髄ですよきっと。完全に悪堕ちして、殺意の塊になってると見て間違いないです』

『さすがにそれは大げさじゃないか? なんだあの男は私が好きなわけじゃなかったのか、紛らわしい。で終わりだろ』

『……そんなスッキリいきますかね? エリンさんは天国から地獄に叩き落とされたんですから、並々ならぬ敵意を抱いてそうですけど』

『俺みたいなのにわけのわからん惚気を聞かされてた状態が、天国なわけないだろ。俺別にイケメンでもなんでもないんだし』

『わかってないですねーお父さんは』


 画面の向こうで、アンジェリカがため息をついている様子が思い浮かぶ。

 当然、外人肩すくめポーズもセットだ。

 

『エリンさんは後衛向きの種族として生まれたのに、それに気付かないで盗賊なんかやってたんでしょう? 盗賊って、敏捷と筋力が重要な前衛職じゃないですか。きっと凄く苦労したはずですよ』

『補助がメインでサブアタッカーもこなせる職って感じだな、盗賊は。魔法使い族には全く向いてないから、前に所属してたパーティーじゃ足手まといもいいところだったそうだ』

『人生の前半を落ちこぼれとして過ごしたわけですね。あげくパーティーを追放されて、ドン底の時に拾ってくれた異性がお父さんなんですよ? そのお父さんがなんか勘違いしちゃいそうな台詞を連呼した末に、別の相手と付き合い始めたんです。正直、発狂してもおかしくないシチュエーションだと思います』

『俺にはよくわからないな。寝取られどころか、そもそも失恋ですらない気がするぞこれ。ただの勘違いじゃないか』

『逆の立場で考えてみればいいんじゃないでしょうか。性別から何まで。そしたらエリンさんの気持ちがよくわかりますよ』

『お決まりの流れだな。逆ってことはあれか? 俺が冴えない魔法使い族の男で、女勇者に拾われたらどうなるかって想像するんだろ?』


 でもエリンは顔がよかったから、冴えない魔法使いではない気がする。

 

『それなりにイケメンな魔法使いがぱっとしない女勇者に失恋しても、しゃーねえ次の女いくか、ってなりそうだが』

『……世界観も、お父さんが感情移入しやすいものに入れ替えてはどうでしょうか』

『現代日本にするのか? また俺は女社長か?』

『お父さんはその時十七歳だったんですから、学校の方がしっくりきませんか』

『それもそうか』

 

 ……俺が学生で……それでエリンの立場になると……どうなるんだ?

 パーティーを追放された盗賊の少女ってのは、現代の男に言い換えるどんな境遇になるのだろう?


『いいですか? お父さんは虐めを苦にして学校を中退した、小柄なメガネ男子です。毎日やることもないので、近所をプラプラして過ごしています。周囲からは「ああいう輩が通り魔になるんだろうな」とヒソヒソ囁かれてる状態です。はい、この設定の人物になりきって、イメージして下さい』

『やめろ、いくらなんでもそれは切なすぎる』


 確かに俺がパーティーに迎え入れる前のエリンは失業中の盗賊だから、もろに犯罪者予備軍だったけどさ。

 だからってあんまりだろこれ。学校で例えろって言っておきながらいきなり学生辞めてるしよ。


『背も低い、腕っぷしも弱い。仕事も見つかんねえし学校も行く気がしねえ。俺ってなんの取り柄があんのかな。もうそのへんの通行人でも刺して、刑務所で保護してもらおうかな。ひひひ。ってとこまで追い込まれてるのがエリン君です』

『無敵の人じゃねえかそいつ。そんなに性転換したエリンはやべー奴なのかよ』

『そこまで追い込まれてた彼でしたが、ある日、名門高校の制服に身を包んだ女子高生に声をかけられるんですよ。「私ね、人を見る目には自信があるの』とか言いながらぐいぐい来ます』

『え、もしかしてそのお嬢様が俺か?』

『お国から予算が下りてる勇者パーティーなんて、学校に例えたら超名門校ってとこじゃないですか? そこでリーダーやってる召喚勇者は、さしずめ生徒会長ってとこですね』

『なるほど』

『顔は地味目の清楚系だけど、体つきは卑猥。セーラー服を内側から突き上げる双丘が、はちきれんばかり。そんな子が目をきらきらさせながら、「貴方には才能がある。私にはわかるの」と迫ってくるんです。刃物をリュックに詰め込んで徘徊してたエリン君は、もうコロリとやられちゃいます』

『知らぬ間に猟奇犯罪を食い止めてたのか……。でも会長はエリンに、何をやらせようってんだ?』

『会長はですね、そう……軽音部ですね。欠けていたキーボードをエリン君に任せようしてるんです』

『音楽方面か。けどよお、会長と一緒に部活したかったら同じ学校行かなきゃいけないだろ? そのへんどうすんだ?』

『もちろん、生徒会長の権力と財力で編入させてあげるんですよ。エリン君は無敵の人から一転、名門校に通うエリート高校生に大逆転ですね』

『守るべきものができたら、もう犯罪なんてできないな』

『エリン君はそれから毎日、部活漬けになります。楽器なんか触ったこともなかったのに、メキメキ頭角を現していきます。なんと絶対音感があったんです』

『すげえなエリンは』

『会長のマンツーマン指導もありましたからね。エリン君を自分の膝に座らせて、二人でキーボードを演奏したりと、手取り足取り』

『……いかんだろそれ……弾いてる時にその、会長の胸がつんつん当たるんじゃないか、エリンの背中に』

『当たりますね』


 どんだけ罪深いんだよ会長は? グラマーな体型なんだろ? 全神経が背中に集中して、音楽どころじゃないと思うんだが?


『しかもその当ててんのよ状態で、会長は語り始めるんです。「私、好きな人がいるんだ。彼はずっと自分の才能に気付いてなくて、そのせいでとても苦労してきた人で……私、彼を支えてあげたい」』

『……やめろ……やめてくれ……。エリンが勘違いしてしまう……放課後の音楽室でおっぱい押し付けられながらそんなこと囁かれたら、絶対自分のことだって思うだろ……好きになっちゃうだろ……』

『「彼、無口な人でね。全然人前で笑ったりもしないの。でも、私の前でだけは時々笑ってくれるかな。そういうところが好き。……なんか恥ずかしいね。ごめん、聞かなかったことにして」そこで演奏を止めた会長は、「そうそう、明日重大発表があるから」と言って立ち去るわけです』

『……よせ! エリンは確実に、明日会長が告白してくると思ってる!』

『ええ、そうです。エリン君は一晩中悶々して眠れませんでした。……そして翌朝登校して、目撃することになるのです。会長が知らないイケメン君と、恥ずかしそうに手を繋いでいる姿を。会長はエリン君を見つけるなり、手を振りながら話しかけてきます。「あっ、エリンくーん。これね、私の彼氏! えへへ、いい人そうでしょ? そういえば、エリン君とちょっと似てるかな?」』

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 エリン君になりきっていた俺は、獣じみた咆哮を上げる。嘆きの余り、スマホを持つ手がブルブルと震えていた。


『もう無理だ。無敵の人に逆戻りだ。校内で暴れ回るかもしれん』

『今のエリンさんの精神状態は、おそらくそれです』


 アンジェリカの一言で、一気に現実に引き戻される。


『無差別攻撃とかやるんじゃないか、エリンの奴。早めに解決しないと大事になるぞこれ』

『でしょうね』

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