第142話 食玩少女
『すまん、それ詳しく教えてくれ。スカウトだって?』
話が長くなりそうなので、俺は会議室を出ることにした。
向かう先は、廊下をちょっと進んだところにある休憩所だ。
いわゆる歩きスマホだが、緊急事態につき大目に見てもらいたい。
『なんかさ、信号待ちしてたら声かけられたんだよね』
足を動かしながら、画面を見つめる。
なんでもリオの説明によると、テレビ局のスタッフを名乗る人物が名刺を渡してきたらしい。
「スミレテレビの番組に出てみない? アイドルの男の子達にも会えるよ」が口説き文句だったそうだ。
いかにも怪しいしアイドルなんてどうでもよかったが、司会が俺と聞いて俄然やる気になったとのこと。
『中元さん、マジで番組持つの? 凄いじゃん』
『確かにそういう話は出てる。俺トーク下手くそなのに、どうすりゃいいんだろうな』
『順調に出世してるんだから喜べばいいのに』
『……これがどういう番組なのかわかってるのか? 女子高生をテーマにした情報バラエティなんだぞ?』
『らしいね』
『十代の女の子に取り囲まれた状態で、何を語ればいいんだよ。楽屋までその子らと一緒らしいし、正直気後れしてる』
『ちょっと待って。中元さんと女の子達の楽屋、分かれてないの?』
『俺はそう聞いてる』
『……やばくない? もし父性に飢えたおっさん好きの女子高生が紛れこんでて、中元さんの体を狙ってたりしたらどうすんの? 無理やりやらしいことされちゃうかもしんないじゃん。あたし今から局に抗議してくる。面識のあるあたしが責任もって中元さんをガードできるように、あたし達だけ同じ楽屋にする方向にできないかな』
『お前が一番危ないんだよ』
何ちゃっかり密室で俺と二人きりになろうとしてんだよ。油断も隙もないなこいつは。
『ちゃんと芸能事務所に所属してるような子達は、プロ意識があるから変なことしないだろ。問題は昨日まで素人だったような連中だ。こういうのは何するかわからん。特にお前とかお前とかお前とか』
『はー、なにそれ? あたしのこと疑ってんの? あたしが中元さんにおかしな真似したこと、あった?』
俺の顔面に脱ぎたてブラジャーを擦りつけ、酒入りチョコをキスで口に流し込んできた末、ノーパンになった女子高生の発言とは思えない発言である。
いっそ清々しいくらい当事者意識が欠如していた。
『お前の脳みそに性癖の霧がかかってるのはわかった。特に海馬周辺な。記憶を司るところだぞ』
『よくわかんないけど、その侮辱的なフレーズは好きかもしんない』
『とにかく楽屋ではあまり話しかけてくるなよ。うっかり仲良さそうなそぶりを見せたら、妙な記事を書かれそうだし』
『なんでそんなにあたしのこと避けようとすんの? 意味わかんない』
めんどくさい奴だな。
まあ、ある程度の覚悟はしていたが。
ヤンキー崩れの少女に、大人の職業倫理を理解しろ、という方が無理な話だったのだ。
なあに、俺もそろそろこいつの扱いに慣れてきた。
ファザコンをこじらせた女子高生を黙らせるには、然るべきやり方があるのだ。
『俺とお前の関係は、二人だけの秘密にしておきい』
『なんで?』
『条例とか色々ヤバイだろ。捕まるのは俺の方なんだぞ。パパの言うことが聞けないのか?』
『うーん……』
『いい子にできないならもう塗り絵見てやらないし、幼稚園の送迎もやめるからな』
『それは困る……別に幼稚園通ってないけど、なんか困る……』
なんだか、リオのノリがよくない。喉元に理性が引っかかっているような言い回しだ。
本来であれば一撃で理性を溶かし、こちらの要求を飲ませるに足るメッセージを送ったはずなのだが。
まだ午前中で、下手したら授業を受けている最中だからかもしれない。
もっと強力なパパみが要るのか……?
だが、まともに子育てをしたことのない俺には荷が重すぎる。
一体この体のどこから、四歳児の娘を持つパパっぽさを絞り出せばいいのか。
必死になってリオの父親になりきり、思考をトレースする。
俺は幼稚園児のパパ、威厳のある昭和の親父、家父長制度の申し子。
そしてリオが好きなのは、自分にお手つきしてくる外道親父。
そこから導き出される結論は――
『リオは黙ってパパのオモチャやってればいいんだ。口答えするんじゃない。俺達は誰も見ていないところでだけ仲良くするんだ。いいね?』
これはどうだ。
いかにも娘にイタズラしてそうな、静かな狂気を感じさせる鬼畜パパのフレーズだろう。
リオのストライクゾーンド真ん中に放り投げた自信がある。
こいつが通用しなかったら、次の球はない。もはや手の打ちようがない。
祈るような思いで、返信を持つ。
『……いい。今のは凄くいい。社会的地位の高い……医者とか弁護士かな。そんな感じの職業に就いてるけど、家の中で娘と淫ら行為に耽ってる、外道親父の香りがする。きっと眼鏡男子。とってもあたしのツボ』
『わかってくれたか。なら楽屋では俺に話しかけてこないようにできるよな?』
『でも残念だったね。ちょっと惜しいかも』
『何?』
『あたしインテリより、体育会系の方が好きなんだよね。眼鏡かけた父親にちまちまイタズラされるより、作業着姿で酔っ払った親父に強引に押し倒されたい』
『なんだと……?』
そもそも下戸の俺に、酒に任せて娘に悪さする親父の心情なんて再現できないぞ。
まさかこれは、詰んでるのか?
俺はリオを説得できず、楽屋でもベタベタされたあげく謝罪会見を開くはめになるのか?
額を抑えて唸っていると、再度『新着メッセージがあります』の表示が出てきた。
今度は何を言うつもりだ、と恐る恐る画面をタップする。
『ってかさ、女だらけの楽屋で中元さんを放置できるわけないじゃん? しっかり他の子に見せつけるようにして、中元さんが誰のパパなのかわからせてあげなきゃだし?』
わかんねえ奴だな、と半ギレで返信を行う。
『パパを困らせて何がしたいんだ? よほど折檻がほしいようだな? え?』
『あ……それいい……』
『お前ひょっとして、俺にもっとなじってもらいたくて駄々こねてるんじゃないだろうな?』
『そんなわけないs』
『その誤字が怪しいんだよ、なに動揺してんだよ! ふざけるのもいい加減にしろよ!』
『……それ好きぃ……』
『よーしわかった。そんなに俺に虐められたいなら、今すぐ便所行って自撮り画像寄こせ。ちゃんと塗り絵ノートも持ってくんだぞ』
『は? 塗り絵ノート? あんなもの持ち込んで、トイレ行けってこと?』
『当たり前だろ。やれよ』
リオの困惑している様子が浮かぶ。
もう俺には、これしかないのだ。鬼畜な指示のラッシュで主導権を掴み、流れで従わせるしかない。
一度雌豚モードに追い込めれば、途端に従順になるのがリオという少女。
そうすれば楽屋での振る舞いだって、躾けられるはずだ。
『今授業中なんだけど』
『授業中なのに俺とSNSで連絡取ってる時点で不良だろ。今更ガタガタ言わずに、さっさと抜け出せよ』
『ノート持ったままトイレ向かうのって、いかにも怪しいじゃん。先生が許可出すとは思えないんだけど。あたしただでさえ生活態度が悪いとかで、マークされてんのに』
『その先生ってのは男か?』
『うん』
『なら簡単じゃないか。女子生徒だったら簡単に手荷物抱えて便所に行かせてもらえる』
『はあ? どうやって?』
自分でもドン引きな、悪魔めいたアイディアをリオに告げる。
『どうせ鞄の中に、ポーチか何か入ってんだろ? 女子なら皆持ってる、例のやつだ。それを机の上に乗っけて、塗り絵ノートは脇にでも挟んで、あとは恥ずかしそうに手を上げりゃいい。「先生、トイレ行かせて下さい」ってな。相手が男の教師なら、顔色変えて許可出すと思うぜ。荷物が多けりゃ多いほど深刻に見えて、慌てるだろうからな。男からすりゃあ、なんに使うがわからんが量が多いと色々使わなきゃいけないのか!? とビビるはずだ』
『……嘘でしょ? それじゃあたし、授業中にその……アレが来たって思われるんだけど。クラスの全員に、卒業までずっと……』
『好きだろ? そういうの』
『変態! 変態! 変態! あ、トイレ行っていいってさ』
『言った側から実行に移したのかよ。行動が早いな』
『やばい……今日の中元さんは調教が神がかってる……こんな的確に女の子の尊厳を踏みにじるなんて、期待以上かも……やばい……まっすぐ歩けないくらいきてる……』
もじもじ歩きで女子トイレに向かうリオを思い浮かべる。
言い逃れできない犯罪臭だが、これはよりエグい児童福祉法違反を防ぐための、予備的な児童福祉法違反なのだ。
盛りのついたリオが俺に襲いかかる前に、遠距離から欲求不満を解消させる。
言わば予防接種のようなものである。
単に罪を重ねているだけなのでは? という理性の声はスルーして、さらなる指示を送る。
トイレ行ったら便器に座って……塗り絵ノートで股間を隠して……その状態で……パン……を下げて……ノートに……を……塗って……自撮りして、送ってよこせ……。
「ふう」
全てが終わった時、リオは完全な雌奴隷と化していた。
絶対楽屋では変な絡み方しません、と固く誓ってくれた。
『リオはパパのために出荷された食玩です。体はお菓子で、心はおまけでついてくるオモチャです。どっちも好きにしていいです』
とまで言ってくれた。
けれど代償として、とても大切なものを失ってしまった気がしてならない。
罪の意識が、じくじくと俺を苛む……。
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