第141話 ほら、美味しいJKだぞ。遠慮せずに食え。

 さて。

 生臭い食事のあとにすることと言えば、口臭ケアである。


 俺は空になった食器を台所に下げると、そのまま洗面所へと向かった。

 歯ブラシを手に取り、たっぷりと歯磨き粉をつける。


「うっし」


 一人で頷くと、猛烈な勢いでブラッシングを開始。

 まるで親の仇でも研磨しているかのような、殺人的な歯磨きである。

 常人であれば歯茎から大出血をしているところだが、俺の体は粘膜すらカチンコチンときている。

 防御力が高すぎて、変なとこまで硬いのだった。

 

 例外があるとすれば、髪と爪と髭か。こういった箇所は、市販の刃物でも問題なく切ることができる。

 伸びて生え変わるような部位は、体の一部ではなく老廃物として扱われてるんだろうか。

 それで高防御力が適用されていない、とかか?

 

 異世界のステータスや魔法は、なんでもかんでも機械的に処理をする。

 なのでところどころほころびが出るのだ。

 綾子ちゃんの件なんかが、まさにそれである。


 昨日の夜に現れたもう一人の綾子ちゃんは、隠蔽がかかっているはずの俺と、ここにいる綾子ちゃんをしっかりと視認していた。

 なのに分裂騒動の際に自宅にお邪魔した時は、俺達の姿が全く見えていなかった。


 これはどういうことなんだろうか?


「うーん……」


 シャコシャコと歯を磨きながら、考える。


 ひょっとしたら、あれか。

 距離が関係しているのか。


 隠蔽魔法は、パーティーメンバー同士ならば問題なく互いの姿を認識できる仕様になっている。

 そして一度パーティーに加入した人物であっても、極端に遠く離れてしまうと、パーティーを離脱したとみなされる。


 分裂騒動の時は、大槻家から遠く離れた場所で隠蔽魔法をかけ、それから進入した。

 これだと家にいる方の綾子ちゃんはパーティーから離脱した人物とカウントされていたため、俺達の姿が見えなくなったのかもしれない。


 ところが昨日の夜は、きっと綾子ちゃんがすでに公園に接近している時に隠蔽魔法を使ってしまったのだ。

 そのためパーティーメンバーとして扱われ、俺達を見つけ出すことができた。

 こんなとこだろうか。


「……困るな」


 そうなると、今後ももう一人の綾子ちゃんが接近している状態では、隠蔽が通用しないことになる。

 隠れてやり過ごせない以上、いつかきちんと話し合う必要があるだろう。


 もちろん、理想は和解である。

 あちらの綾子ちゃんの理解を得られるのならば、それが一番いい。

 保険証なんかを借りられるようになれば、こっちの綾子ちゃんが病気になった時に使えるし。

 なにより元は一人の人間だった者同士でいがみ合ってるのは、健全とは言えないだろう。


「よし」


 そうと決まれば迷いはない。今日あたり、仕事が終わったら大槻家に立ち寄ってみようか。

 ……よく考えたら家の中に三人も女を飼っておきながら、別の女の家に寄ろうとしてるんだよな。

 俺はどこまで堕ちれば気が済むんだろうか。

 おかしい。こんなはずじゃなかったのに。俺の心にはまだエルザがいるのに。


 これ以上の蛮行は許されない。

 さらに女の子が寄ってくるような真似だけは避けなくては……と決意を固め、身支度に移るのだった。

 


 * * *



「実はですね、中元さんに女子高生をテーマにした番組の司会やってほしいんですよ。スタジオに呼んだ女の子達とトークすることになるんですけど、大丈夫ですかね? 大丈夫ですよね、もう手配しましたし」


 いえ、全然大丈夫じゃないですと正直に告げる。

 もはや目眩すら覚える提案であった。

 スタジオに着くなり黒澤プロデューサーに呼び出され、何事かと思えばこれである。


 おじさんだらけの会議室で女子高生女子高生と連呼している様は、もはや犯罪めいて見える。


「ええと……どういうことか詳しく教えて頂けますか」

「それが私にもよくわからないんですな」

「え?」

「上の方からのお達しでして。どうも上層部は中元さんと若い女の子をセットにしたいようで。何か狙いでもあるのかな」


 杉谷さんの顔が頭をよぎった。あの人はしきりに俺に女をあてがおうとしていたし、局の方に圧力をかけたのではなかろうか。

 なんてことしてくれるんだ、と言わざるを得ない。


 もう手配が始まってるってんなら断れる状況じゃないし。

 ふざけるなよ、これから俺は毎日女子校の教員状態になるのか?


「……具体的な番組内容を教えてもらえますか」

「ああよかった、乗り気なんですね。まあ、男なら普通そうですよね。なんたってスタジオを埋め尽くす、素人JKやアイドルの群れなんですから」

「……」


 いかにも甘ったるい匂いのしそうな光景を思い浮かべ、悪寒を覚える俺であった。


「まあ、情報番組になります。ジャンルとしては教育バラエティですかね? 若い女の子達とだべりながら、VTRを眺めるだけの簡単なお仕事ですよ。今までみたく体張る必要もありません。主に学生生活や恋愛、性の悩みなんかを取り上げる感じになるんじゃないかなーとは思ってますね」


 女子高生の性の悩み。嫌な予感しかしない。


「……俺じゃなくてもやれるんじゃないですか、それ」

「いやー中元さんだからこそじゃないですか? ほら、言いにくいですけど……結構独特な経歴じゃないですか、中元さん」

「独特? あー……、元引きこもりってやつですか」

「そうそう、それですそれ。中元さんって世間的には、長年のニート状態から立ち直って社会復帰した、苦労人なわけですから。不登校や引きこもりのお子さんを持つ親御さんからすると、ぜひともそのへんの話を聞きたいって需要があるわけですよ。そういった理由もあって、白羽の矢が立ったんじゃないですかね? ぶっちゃけそこまで喋りが上手くない貴方を教育番組に出させるニーズは、それしかないでしょうから。あ、怒らないで下さいよ」


 なるほど……などと真面目に頷いてみせるが、内心は「やべえ」の一点張りである。

 だって俺、引きこもりでも不登校でもなかったし。異世界でバリバリ外出歩いて戦ってたし。

 大真面目に脱引きこもりの秘訣なんか聞かれても、なんにも答えられないぞ多分。


「……とりあえず俺はVTR眺めて、台本通りに喋ってればいいんですよね?」

「そうなりますね。……そういえばなぜか女の子達と楽屋が一緒になるみたいですけど、変なこと考えないで下さいね。ま、中元さんなら大丈夫でしょうけど。なんたって大の人妻好きらしいですもんね? ははは!」

「すいません今なんて?」

「え? 好きなんでしょう、人妻。前に番組で言ってたじゃないですか」

「そっちじゃなくて、楽屋が女の子達と一緒って部分です」

「それが何か? 未成年に興味ないなら問題ないでしょう」

「それはそうなんですが……」


 自分の芸能界におけるポジションを、改めて確認してみる。

 俺は別に、イケメンではない。下らない手品とムキムキの体を活かした、芸人もどきのタレントだ。

 ファン層は主に主婦と子供。元引きこもりという過去のせいもあってか、男性からの同情票も増えつつある。


 つまりそこそこ好感度の高い、体育会系の兄ちゃんと見られているのだ。


 そんな人間がお前、番組共演者のJKに手を付けたりしたら……。


 ギャップの酷さもあいまって、一瞬で俺のイメージは吹き飛ぶだろう。

 おわりだ。

 なんとしてもそれだけは避けなければならない。

 俺なら大丈夫だとは思うが……。

 最近アンジェリカ達に調教されておかしくなってるけど、元はアラサー好きだし。番組に俺好みの女子高生が出演するなんて事故でも起きない限り、過ちなんて起こらないだろうし。


 そうして、たかをくくりながら会議を終えたところで、ポケットのスマホがブルブルと震え出した。

 こんな時間に誰だろう? と思いながら画面をタップする。


「お」

 

 メッセージの送り主は、リオだった。

 珍しいことに、絵文字が一切ない長文を送ってきている。

 まさかまたヤクザにでも絡まれたのか? と少々不安になりながら目を通す。


『どうしよ、あたし登校中にスカウトされちゃった。なんか女子高生バラエティに出てみないかって言われてさ。小遣い稼ぎになりそうだし、やってみようと思うんだけど……。ところでこれ、司会が中元さんってほんとなの?』


 スマホをブン投げようかと思った。

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