第140話 スタッフロール

 咄嗟にフィリアの手元を覗き込むと、コインから映像が投射されているのだとわかった。

 どうやらあれを使って、壁に文字を浮かび上がらせているらしい。

 

 ようは超小型のプロジェクターである。

 中世風の異世界で見つかったにしては、不自然なまでに近代的な代物だろう。


 ……いや。

 近代的どころか、近未来的とさえ言っていいかもしれない。

 硬貨ほどの大きさしかない映像投射機となると、地球の科学力を超えているように思える。


 カナの居た世界は、オーパーツがゴロゴロ眠ってるような場所だったんだろうか? 

 ひょっとして俺のいた異世界もそうだったりするのか? 

 頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、視線を壁に戻す。

 再び視野を埋め尽くす、奇怪な形状の文字列。


 初めて見るタイプの字だ。

 異世界のアルファベットとは全然違うし、地球の文字にも似ていない。 

 言語理解スキルのおかげで難なく読めるが、これがなかったらただの引っかき傷にしか見えなかっただろう。

 

 嫌な字体だ。

 昔ニュース番組で公開された、凶悪犯の手記と雰囲気が似ている。人間性を感じさせない、定規で書かれたような乱筆。

 日本語と未知の言語という違いはあれど、書き手の人間性はなんとなく伝わってくるものだ。

 まず間違いなく、この文章を書いた輩とはそりが合わないだろう。


 会う予定なんてないけどな、と苦笑いしながら読み進める。

 見たところこの引っかき文字は、役職と人名を書き綴っているようだ。

 

 

『企画:ガルギメンド

 原案:バ・アゲール

 モンスターデザイン:ボロゾウル

 バランスデザイン:ア・ギヴォン』

 


「……スタッフロール?」


 そう、スタッフロールだ。

 ゲームやアニメのエンドクレジットで表示される、あの退屈な文字列に酷似している。

 ふざけたことに、『エキストラ:地球の愉快な仲間達』と書かれている箇所まであった。

 

 確かに俺やカナが召喚された異世界には、やれスキルだレベルだステータスだと、ゲームめいた概念が存在してはいた。 

 だからといって、ここまでゲームに寄せる必要もないだろう。

 人を馬鹿にした、下らない悪ふざけだ。

 命のやり取りまであった場所で、最後に待っていたのがこれだというのか?


 俺は愕然とした思いで、フィリアの顔を見つめた。呆けた横顔に、知性の気配は見られない。

 聞くだけ無駄だとはわかっているが、一応聞いてみる。


「フィリアならこれがどういうことか説明できるか?」


 かつての神官長は何も答えてくれない。よほどコインが気に入ったらしく、犬のような舌使いで舐め回している。

 俺はため息をつきながら、フィリアからコインを取り上げた。

 このままでは誤飲しかねないので、危ないと思ったのだ。

 

「あー! あー!」


 案の定、玩具を没収されたフィリアはぐずり始める。だが俺もそろそろこいつの扱いに慣れてきたところだ。

 適当に乳尻揉んで唇でも吸ってやれば大人しくなるだろ……とあやしていると、足元からすすり泣くような音が聞こえてきた。


 アンジェリカだった。


 体操座りで目元を赤く腫らし、うらめしそうな目で俺を見上げている。

 いつの間にここに?

 と思ったが、壁の文字にかぶりついている間の俺は隙だらけだったので、いくらでも接近するチャンスはあったわけだ。

 

「朝から浮気ですか……」


 アンジェリカは涙声で呟くと、えぐっ、と一際大きくえずいた。

 当然、俺の罪悪感は胸を突き破らんばかりである。


「聞いてくれアンジェ。フィリアはこの方法じゃないと静かにならない」

「だからって私、の目がある場所でやらなくてもいいでしょうに!?」


 ぎゃーぎゃーと喚かれる。もちろん十対ゼロで俺が悪いので、反論などできるはずがない。

 男は黙ってサンドバッグなのである。

 

「そうだな、便所にでも押し込んであやせばよかった。今のは俺が悪い」

「……お父さんが密室で神官長とイチャイチャするのは、それはそれでやだ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ?」

「……私にも同じことして下さい」

「え?」

「私にも同じことして下さい」

「それは不味いだろ。お前まだ十六だし……」

「なんで神官長にできることが私にはできないんですか!?」


 このままではマジ泣きしかねないので、素直に白状する。


「相手がフィリアならただの介護感覚で済むんだが、アンジェとちゅっちゅイチャイチャしたら、ムラムラして仕事が手につかなるかもしれん。お前相手だと自分を抑える自信がない」

「なんですかその言い訳は……って、え? ええ? そ、そうなんですか? そうなんだ……。お父さんってばそんな風に思ってるんだ……」


 それならしょうがないですねー、とアンジェリカは笑みを浮かべ、するすると俺に近付いてきた。

 何をするかと思えば、慣れた動作で俺に抱きつき、頬に軽めの接吻をしてきた。

 フィリアが大型犬ならば、アンジェリカはまさに子猫だ。


「ちゃんと見てますか、神官長。お父さんは私のなんですからね。お父さんは私のことが好きなんですからね……」


 泥棒猫ならぬ、泥棒犬に見せつけてやる、ということなんだろうか。

 どうもアンジェリカの怒りは、俺ではなくフィリアの方に向かっているらしい。

 やれやれ、命拾いしたぜ、と安堵の息を漏らすと、その息すら逃さないと言いたげに唇に吸い付かれた。

 

 まあこうなるよな。俺の人生なんてこんなもんだ。

 朝から口の中で事案を発生させ、口臭をアンジェリカ臭で上書きされる勢いでキスを食らう。

 一部始終を眺めていた綾子ちゃんも加わり、とても世間様には見せられない状態だ。

 というか見せたら捕まる。


「さっさと飯食おうぜ……」


 児童福祉法違反という概念を擬人化させたら、俺になるのかもしれない。

 盛大に罪の意識を膨らませながら、俺は食卓についた。

 ニンニクまみれのトーストと、マムシドリンクが俺を出迎える。


 顔面から若い女の匂いをプンプンさせて歩くより、まだニンニクの匂いを放っている方がマシなのかもしれない。

 自分に言い聞かせながら、俺は夕飯にしか見えない朝食をかきこんだ。

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