第130話 発情アンジェリカ

 そうやって心の中で言い訳を繰り返していると、アンジェリカがそわそわとした様子でたずねてきた。


「あの。もしかしてお父さんが私にプレゼントしたいものって、あれですか」

「あれ?」

「ほら……あれですよあれ。手帳みたいな形してて、今の私に一番必要なやつ」


 アンジェリカは人差し指をシャキシャキと動かし、空中に四角形を描く。


「なんだ。気付いてたのか」


 やっぱ女の勘は鋭いな、と目を見張る。

 そうだよ、その通り。俺は今からお前に、パスポートを渡すつもりなのだ。

 これでお前も、晴れて地球人としての身分を手に入れられる――


「ああ。俺はやっとお前にパスポ」

「ですよね! 私やっと、母子手帳ってやつが貰えるんですよね!」


 パスポートを取り出すべく、懐に突っ込んでいた手が止まる。


「違う」

「え」

「全然違う」


 往来の真ん中でマタニティな単語を叫ぶ十代女子に、厳しい視線を向ける。


「……なんでそんなものが貰えると思った?」

「だ、だって今私が一番欲しいものってあれですし……てっきりお父さんが私と子作りして、母子手帳コレクションを手伝ってくれるのかなって」

「あれはトレカじゃないんだぞ。何冊集めるつもりだよ」

「わかんないです。産める限り無限に欲しいかも。閉経するまで毎年お父さんの赤ちゃんを産み続けて、引き出しを母子手帳でみちみちにするのが私の夢なんですよね」


 アンジェリカはお腹をさすりながら、恐ろしい目標を語る。

 

「……あれは妊娠が正式に判明してから届け出を出して、ようやく貰える仕組みになってる。子作りしたその日のうちに『子供できたかもしんないです』と自己申告して受け取れるわけじゃない」

「そうなんですか? ……そっかー。先に妊娠検査キットで当たりを引いてからじゃないと、貰えないんですね」


 まるでアイスの当たり棒感覚である。誰かにこの会話聞かれちゃいないだろうな、と気が気がでない。


「ていうか子作りはそんな気軽にしていいもんじゃない。どんだけ教育費かかると思ってんだ」

「アヤコからも聞きました、それ。よくわかんないんですよね。教育費なんて、そのへんの暇な大人が勉強見てあげれば無料じゃないですか? お年寄りだらけになって困ってる国なら、深く考えないでバンバン子供作っちゃえばいいじゃないですか」

「……まあ色々あるんだ、色々」


 俺にも上手く説明できないしな、この問題に関しては。

 皆頭ではヤバイとわかってるのに、経済的に厳しいんだろうなとしか。


「私とお父さんで沢山赤ちゃん作って、お国に貢献してあげましょーよー」

「お前の頭の中はそれしかないのか?」

「だってお父さんのこと好きですし」

「お、おう。堂々と言われると照れるな」

「それに私、立派な適齢期ですから。……ていうかちょっと適齢期過ぎてるとこありますし」

「ええ? まだ十六だろアンジェ」


 と思ったが、平均寿命が五十を切っていた異世界では、確かにとっくに初産を済ませていてもおかしくない年齢なのだった。

 中世ヨーロッパ風の人生は、何もかもスピードが早いのである。

 そう考えるとアンジェリカは、本人の感覚としてはこっちで言うアラサー前後なのかもしれない。

 

 とはいえはここは先進国日本。十代女子は子供として扱われているのだ。体がどんなに成熟していようが、有無を言わせず未成年。

 このあたりの常識、どう説明すれば理解してもらえるのだろうか?


「なんだろうな。こっちの世界ってさ、子供から大人になるまでの期間が長いんだよ。青春時代っていうか、長い思春期というか。結婚や出産の前に、勉強や趣味に励むのが普通っていうか。だからアンジェの感覚だと出産適齢期かもしんないけど、こっちだとまだまだ学童扱いみたいなとこがあってだな」

「……思春期じゃないですし、私」

「大人ぶるなよ、十六歳は立派な思春期だろ」

「お父さんが悪いんですもん」

「はあ?」

「お父さんのせいで、私の思春期は終わりましたもん。代わりに発情期に入りましたもん」

「は、発……!? 動物じゃあるまいし……」


 ぎううううーっと俺の腕に胸を押し付け、問題発言を乱発する愛娘。

 息は荒く、端正な顔は完全に蕩けている。トロトロと言っていいだろう。

 

「……お父さんのせいで、私どんどんインランになってるんですから……」

「インラン!?」


 すぐ横の車道を、自動車が横切っていく。

 まだ明るいのである。どんどん目撃者が出てくるのである。そして俺は、テレビにも出ている有名人なのである。

 この状況は、見られても聞かれても困るのである……!


「……あっちにいた頃から、一人でする回数多かったのに。お父さんと会ってから、増えっぱなしなんですもん。……最近は、毎晩、やってると思います。……お父さんに抱いてもらうとこ想像しながら、何回も何回も」

「お前何言ってんだ!?」

「お父さんは、いやらしい娘って嫌いですか? 私は好きじゃないです。こんなの動物と変わらないです。……このまんまじゃ頭おかしくなっちゃいます。きっとお父さんに抱いてもらうまで、ずっとこうなんですから。……お父さんのせい、なんですから」

「わかった、どっか建物入ろう。な? なんか美味いもん食って落ち着こうか?」

「――どっかって、ここですか?」

「え?」


 言われて足を止める。

 すると目の前に、『ファッションホテル アマリリス』と書かれた看板が立っていた。


「……お父さん、ここ入りたいんですか?」


 ねっとりと、期待の籠もった眼差しを向けられる。真っ赤に染まった頬。甘い少女の香り。柔らかな乳房の感触。もじもじと内もも同士をこすり合わせるような動きは、何を期待しているのだろう?


 くらりと、父親としての理性が揺らぐを感じた。

 

 ――アンジェリカは毎晩、俺でしている……。


 天使のように清らかな美少女が、俺に淫らな欲望を抱いてるのだと思うと。

 その想像は、かなりくるものがあった。

 俺にだって雄の機能は備わっているのだ。


「……そうだな」


 もう、これしかないのかもな。熱に浮かされた頭で、ぼんやりと考える。

 だってアンジェリカは、苦しそうじゃないか。

 こんなにも求めてるじゃないか。


 いつまでも逃げていてはいけない。

 俺は父として男として――アンジェリカのムラムラを、すっきりさせてあげなきゃならない。


「ああ、入ろう」


 そうして俺は。

 十六歳の少女を手に取り、フラフラとラブホテルの中へと入っていった。


 頭の中で鳴り響く警報は、聞こえないふりをした。

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