第128話 私だけのお父さん
「……大体聞かなくてもわかるけど、フィリアがぐずってるのはなんでだ?」
お前らが怖がらせたせいじゃないのか、と暗に非難したつもりだったのだが、アンジェリカも綾子ちゃんも「なんででしょ?」な反応である。
「うーん? 気が付いたら一人で泣き出してましたけど。……漏らしちゃったんですかね?」
言うなり、アンジェリカはベッドから身を起こす。
一体何をするのかと思えば、猫のような四つん這いでするするとフィリアに近付き、ぺろんとスカートをまくり上げた。
フィリアのルックスに見合った色っぽい下着……などではなく、大人用紙おむつがあらわになる。
「臭わないですね。おむつ交換してほしいわけじゃないっぽいです」
男の目があるというのに、やりたい放題である。
アンジェリカ自身のパンツも丸見えだしな。尻をこちらに向けた状態で伏せているので、もう食い込みから何からばっちり観察できてしまう。
東欧風美少女の尻肉を包み込む、頼りない面積の布切れ。
並の男であれば、一瞬で理性が吹き飛ぶ光景ではなかろうか。
だが俺はつい数時間前まで「ノーパン女子高生のケツをひっぱたく」という凶行に及んでいたので、十代女子の臀部に強い耐性ができているのだ。
そしてそんな耐性ができてしまった人間は、もう人としておしまいなのであった。
「神官長もお父さんが他の女とベタベタしてる番組観て、悲しくなったのかも」
「そんなわけあるか。嫉妬を感じるほどの知能は残ってないだろ」
肉欲はあれども、ジェラシーなんて高度な感情は残っていないんじゃないか。
今のフィリアは原始的な性欲があるだけで、個人としての俺に執着しているとは思えない。
「えー! 六歳児相当でも、ヤキモチ焼いたりすると思いますよ?」
「そういうもんか……?」
よくわからない。
俺がそのくらいの年代の頃は、食い物とヒーローごっこしか頭になかった気がする。
それとも女の子というものは、幼い頃からちゃんとした恋愛感情があったりするんだろうか?
「しかし、中々泣き止まないなフィリア」
「お父さんが他所の女と仲良くしてると、こうなっちゃうんですよ。ですから女性と共演する番組は、かたっぱしから降板した方がいいかもですね」
「他人をダシにして自分の願望を漏らすんじゃない」
アンジェリカは隙あらば俺を独り占めしようとするから困る。
とにかく独占欲の強い少女なのだ。
俺に気を使って直接は言ってこないが、きっと綾子やフィリアとの同居も本当は嫌なのだろう。
それは大変申し訳なく思うのだが、彼女達も他に行き場がないし。
……一夫多妻の地域って、毎日がこんな感じなんだろうか。
やたら気を使うというか。
愛情をバランスよく注がないと、誰かが爆発しそうな気配があって生きた心地がしないというか。
なのに根っこの部分では、雄として異様に満たされているような感覚が……。
これが、ハーレム……?
って、危ない危ない。
俺はあくまでこの少女達の保護者であり、夫ではないのである。
きーきーうるさい娘どものわがままを聞いているのであって、妻に浮気をなじられているような気分に陥るのは間違いなのだ。
錯覚なのだ。
全員血の繋がりがなくて十代半ば~二十代後半の見た目をしていても、平均胸囲が目測で86~88cmあろうとも、女として見てはいけないのだ。
そう、俺は父親。この家の大黒柱。
なので毅然とした態度で、言わなければならない。
「とりあえずフィリアは俺が責任もってなだめるから、お前らは安心して待ってろよ」
子守を率先して引き受ける、ザ、イクメンな台詞。
まさに平成の時代に求められる、理想のパパであろう。
が、アンジェリカ達の反応は芳しくない。
あれ?
「なんだ二人とも。嬉しくないのか」
「……」
「……」
アンジェリカと綾子ちゃんは、無言で顔を見合わせている。
この組み合わせで意気投合しているということは、俺が何かやらかしたということなのである。
要するに死ぬのである。
「……お父さんが神官長をなだめる方法って……」
「フィリアさんから、聞きました。中元さんがホテルで、どんな風にあやしてあげてたのかを」
は、はぁ? それがなに? どこにもやましいことなんでないんですけど? と怪しさ満点の敬語調で反論を試みる。
もうこの時点で動揺が出ている。俺に退路はなく、チェックメイトが近付きつつあった。
「神官長と、お風呂に入ってたんですよね」
「しょうがないだろ? 一人で体洗えないんだから。た、単なる入浴介助だぞ。老人介護みたいなもんだって」
「でも神官長は老人じゃないですよね。体は妙齢のそれですよね……?」
「あ、ああ。それがなんだっていうんだ?」
「もてあましちゃうお年頃ですよね?」
ごくり、と唾を飲む。
どんな言い訳を練り出そうか、と必死に目を泳がせながら考えるが、全く思い浮かんでこない。
「長年好意を抱いていた男性に体を洗われたら、そりゃ、変な気分になっちゃいますよね?」
「……そうは言うがな、フィリアは腐っても神官なんだぜ? 正気を失おうとも、禁欲が身に染み付いてるかもしれないだろ?」
「はぁ……お父さんは何もわかってませんね。宗教的な修養を積んだところで、肉欲ってぜんっぜん制御できないものなんですけど? むしろ悪化するんですけど?」
おそらく実体験なだけあって、凄まじい説得力である。
異世界でもこっちの世界でも、坊さんの下半身スキャンダルって多いしな。
「ねえ神官長。お父さんといる時にえっちな気分になったら、どうやってスッキリさせてもらったんでしたっけ?」
アンジェリカは流し目をフィリアに送りながら、質問を投げかける。
駆け引きも糞もない、すっかり素直な心の持ち主になったフィリアは、「お父様に……」と詳細なあれこれを口走りかけたので、すかさず俺は土下座したのだった。
「……父権の失墜だ」
ごにょごにょと愚痴りながら、皿洗いを続ける。
正式にレッドカードを抱いた俺は、綾子ちゃんには家事の手伝いを、アンジェリカには子作りを命じられたのである。
それでチャラにしてあげる、ということらしい。
案外軽いペナルティで済んだな、と拍子抜けしながらスポンジに洗剤を染み込ませる。
あとアンジェリカの要求を飲むのは無理なので、これが終わったらデートしてたっぷりサービスするから勘弁してくれ、と拝み倒した。
元々二人で出かけるつもりだったしな。
アンジェリカにやっとこさこっちの身分をプレゼントできそうなので、大喜びで帰ってきたってのに。
待っていたのはちょっとした修羅場。
どうも俺ってタイミング悪いよなぁ、とため息をつきながら食器を拭く。
油汚れが落ちた大皿は、布をこすりつけるとキュッキュッと音が鳴った。
なんだかこういう作業をしているとラーメン屋時代を思い出すな、なんて考えていると、真横からとととと、と足音が聞こえてきた。
視線を手元に固定しているので、この段階では誰が近付いてきたのかはわからない。
アンジェリカかもしれないし綾子ちゃんかもしれないし、フィリアかもしれない。
はて、誰だろうな?
何か俺に用でもあるのか、それとも背後のトイレに用があるのか。
まさかまだ文句があるんじゃないだろうな、とやや警戒していると、その何者かは突然後から俺に抱きついてきた。
もにっ、と二つの弾力が背中に当たり、白い手が腹に回される。
この大きさと、張りに特化した感触は――
「アンジェリカか」
どうやら当たりだったらしく、「あっ、わかっちゃいました?」とはしゃいだ声が聞こえてくる。
アンジェリカ的に、これは喜ぶポイントらしい。
「姿は見えなくても、お父さんは愛する娘を感じ取っちゃうんですね?」
「まあな。俺はお前の保護者だからな」
乳の柔らかさで判別したなど、口が裂けても言えないだろう。
どうでもいいが、張りがある順にアンジェリカ>綾子ちゃん>フィリアであり、サイズ順だとちょうどこの逆になる。
なんでそんな情報を把握しているのかと追求されたら、狭いアパートで同居してると体の色んな箇所が当たるんだから仕方ない、と言い張るしかない。
神に誓って、自分から揉みにいったことはない。こいつらの方から、当ててくるのである。
無実なのである。
仮にそんな供述を取調室でしてみたら、どうなるだろう。
……大概のおまわりさんは、「うんわかった死刑な」と言い切る予感がする。
「なんの用だ? 皿洗い手伝ってくれるのか?」
「もう終わりかけてるじゃないですか」
アンジェリカは俺に胸を押し当てたまま、手元を覗き込んできた。
凶悪な脂肪の塊が、一層強く背中に押し付けられるのを感じる。
「……おとうさぁん」
「なんだよ?」
急に甘えたくなったんだろうか?
女心と秋の空と言うが、さっぱり行動が読めない。
「……お父さんって、神官長のこと、好きなんです……?」
「は?」
なんだそりゃ? と手が止まる。
さっきのやり取りで、どうしてそう思ったんだ?
「昔憧れてたのは確かだけど、今は同情とめんどくささしか感じないな」
「……でもお父さん、その……。神官長の、せ、性欲処理……してあげてたじゃないですか。私には絶対手を出そうとしないのに」
「それは……」
なんと言ったものか。
ここはしっかり本音を語るべきかもしれない。
「フィリアはもう、成人だからな。未成年を相手にするのとはわけが違う」
「……やっぱりお父さんは、熟女が好きなんだ……」
「いやそうじゃなくてだな? なんだ、ほら」
どうしてこう十代の小娘ってのは、なんでも恋愛方面で解釈しようとするのか。
「フィリアはあのやり方だと一番大人しくなるから、渋々やってただけだって。好意からやったわけじゃないし、一線を越えてもいない。本当だ」
「……」
アンジェリカはますます力を込めて俺に抱きついてくる。
「お、俺だって嫌だったんだ。正気のあいつならともかく、今のフィリアはただの抜け殻だ。女の形をしているだけで、図体のでかい赤ん坊だぞ。そういうのに迫られたって、気の毒だなと感じるだけだ。やむを得ず一番効率のいい方法で大人しくさせただけなんだよ。魔法で眠らせようにも、あいつ魔法防御高すぎてすぐ起きるし……」
嘘偽りのない本心なのだが、伝わってくれただろうか?
マジで老人介護の気分であいつを弄り回してたんであって、俺としても結構辛かったんだが……。
まあでも、はたから見れば下心に負けて要介助な女性にイタズラをした鬼畜野郎だしな。
いいやもう、軽蔑すりゃいいさ。
そうやって若干開き直っていると、アンジェリカは静かな声で「わかりました」と呟いた。
「神官長、力強いですしね……綾子のデバフに頼れなかった頃に、ああいう方法を選んだのはしょうがないかもしれませんね」
「……わかってくれるか?」
「気持ちの上では納得してませんけど」
ぶーたれた声が聞こえてくる。
おそらく頬を膨らませているのだろうが、この角度からでは顔が見えない。
「……なんで神官長はよくて、私は駄目なんです?」
「え?」
「私だってお父さんにしてもらいたいのに」
腹筋の溝を、服の上からなぞられる。
誘ってる、というやつである。
「……お父さん、気付いてました? 私、昨日の夜一人でしたんですよ? お父さんの寝てる横で」
神聖巫女が、夜中に一人ですること。
――祈祷か。
きっと神様に祈りを捧げていたに違いないな、と安全な解釈に逃げ込む弱い俺だった。
「へ、へえ。熱心だな」
「お父さんとくっついて寝るなんて、久しぶりでしたし。なんか変な気分になっちゃって。お父さんに抱きついたまま、二回も」
「綾子ちゃんやフィリアも同じベッドで寝てたのに、よくやれたな?」
「……お父さん、絶対気付いてると思ったんですけど。それとも知っててとぼけてるんですか?」
「本気で今言われるまでわからなかったが」
「……ふーん」
アンジェリカの細い指は、カリカリと俺の腹をひっかき回している。
「お父さん」
「な、なんだよ」
アンジェリカの声に、艶っぽい熱がこもる。
「なんで私のこと、抱いてくれないんですか……?」
「そこに行くのか?」
「……私はこんなにお父さんが好きなんですよ? 体ももう、ちゃんと女の機能ができあがってます」
「だからお前は俺の娘であってな」
「お父さんが私以外の女の人と仲良くしてるって思うと、頭おかしくなりそうです。お父さんが私のものだって安心させて下さい」
「……男を繋ぎ止めるために体を使うのは関心しないな?」
「そういうんじゃないのは、お父さんもわかってるでしょう? ……私、お父さんを親として見るのはもう無理です。一人の異性としか見れません」
お父さんが欲しいです、と湿った声で告げられる。
「テレビ観てて気付きました。私がお父さんに向けてる感情は、全部恋愛感情だって」
どうやら俺は、アンジェリカの独占欲を本格的に刺激してしまったらしい。
もはやどうやって鎮めればいいのか、見当もつかない。
「アンジェ、あのな……」
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