第126話 早く来て!

「いらっしゃいませー」


 杉谷さんと情報交換を終えた俺は、カフェを出てすぐにコンビニへと立ち寄っていた。

 さすがに腹の減り具合が限界を迎えようとしていたので、おにぎりでも買おうと思ったのだ。

 なんでカフェでランチを頼まないのかって?

 そりゃああそこに長居したら、杉谷さんに延々と「こんな女紹介しますよ」と迫られそうだからな。


 あの人と物理的に離れて、落ち着いて飯を食いたかったのだ。

 こじゃれたカフェの食事ってのが、俺の口に合わないのもあるけど。


 基本的に貧乏舌なんだろうな、なんて自嘲しながら鮭むすびと明太子むすび、それと缶コーヒーを手に取り、レジへと向かう。


 店内はガラガラに空いており、順番待ちが発生することもない。

 午後二時半という時間帯は、大体の店が暇になるのである。

 俺もアルバイト時代はちょうど今頃一息ついてたんだよな、と懐かしくなる。

 

「お願いします」


 レジカウンターの奥でせっせと作業をしている店員に、声をかける。

 揚げ物の調理でもしてんのかな、と適当にあてをつけながら眺めていると、


「はいただいま!」


 と、独特のイントネーションで店員が反応を示した。

 語尾の上がった、癖のあるカタコト。

 いらっしゃいませーの時点でそうだろうとは思っていたが、おそらく外国人店員である。


「ポイントカードはお持ちでしょうか」


 こわばった笑顔を口元に貼り付けながら、早口で接客を始める青年。

 年齢は二十歳前後に見えるが、留学生なんだろうか?

 ネームプレートに目をやると、くっきりとした文字で『てい』と印刷されていた。


「あー、カードはないです」

「お作りしますか?」

「いや、大丈夫です」


 淡々と言葉を交わしながら、目の前の中国人店員を観察する。

 中肉中背で、黒髪の眼鏡男子だ。

 どこにでもいるごく普通の学生といった雰囲気で、見た目では日本人と全く区別がつかない。

 この店員がネームプレートを外し、言葉も発さないでいたら、誰も外国人だと気付かないだろう。

 

 アンジェリカとは真逆の状態だと言える。

 あいつは外見が明らかに非日本人なのに、言語理解スキルのおかげで完璧な発音の日本語を話せるのだから。


 ……訛りの抜けない中国人と、日本語ペラペラの欧米人。

 果たしてどちらが日本社会に馴染みやすいのだろうか? 


 アンジェリカもこの青年のように、アルバイトをしたがる日が来るのだろうか? 

 日本の学校に通いたいと言い出したら、どうしようか? 

 もしそうなったとして、同僚や学友に受け入れられるのだろうか? 

 見た目が原因で虐められたらどうしようか?


 近頃の俺は街で外国人を見かけるたび、そんなことを考えてしまうのである。

 娘を思う、親心ってやつなのだ。


「三点で四百四十九円になります」


 ポケットから財布を取り出し、五百円玉をトレイの上に置く。

 さっと伸びた手がそれをレジにしまうと、ガチャガチャと音を立ててお釣りを取り出し始めた。

 俺は小銭を受け取る。

 数十秒後、今度は袋詰めされた商品を渡される。


「ありがとうございましたー」

 

 ビニール袋を指先からプラプラさせながら、店を出る。

 太陽は未だ高い位置にあり、日差しが酷くまぶしい。

 手でひさしを作って、目元を遮りつつ座れる場所を探す。


 そう離れていない位置に、ベンチを見つけた。あれでいいだろう。

 

「ふう」

 

 ドカッと腰を下ろし、遅めの昼食にとりかかる。

 おにぎりの包装を外し、ガツガツと口の中に放り込む。コーヒーで勢いよく胃の中に流し込み、ひたすらエネルギー補給だけを目的とした食事を続ける。

 

 こうやって雑な飯を食ってると、なんだか戦場で兵糧をかっこんでた時を思い出すな、となんとも言えない気分になる。

 前線に出ている間は、劣悪な保存食ばかり齧っていた覚えがある。それすら尽きたらモンスターを焼いて、無理やり食べていた。


 そんな俺の指揮する部隊は、連戦連勝だった。

 

 なんの本で読んだか忘れたか、兵隊の強い地域は食事が粗末な傾向にあるそうだ。

 きっと美食家では、戦地の食糧事情に絶えられないのだろう。

 地中海周辺のグルメ国家より、英語圏の方が軍隊はしっかりしてるしな。

 言われてみればまあその通りかもな、と頷ける。


 草や虫を食ってでも戦闘を続けるなんて芸当は、言っちゃなんだがある程度の育ちの悪さが必要だ。

 荒い文化で生まれ育った兵士の方が、使い物になるのである。


 俺はガキの頃より、ずっと味が良くなったコンビニ飯を飲み込みながら思う。


(異世界の飯は、不味かった)


 つまりあちらの世界はハングリー精神に溢れた、気合の入った歩兵が多いことになる。

 それでいて頭の中は中世人なのだから、人権意識なんざほとんど持ち合わせちゃいない連中ばかりだ。


 現代日本の感覚からすれば、蛮族と言っていい集団だろう。


 そんな奴らが攻め込んできたら、一体どんな事態が引き起こされるか。

 テクノロジーではこの国が圧倒しているが、あちらには魔法がある。

 それにドラゴンの飛行性能が戦闘機と同格となると、異世界の竜騎士部隊はこちらの航空戦力と対等にやりあえることになる。


 頭の中で、どんどん不吉なイメージが膨らんでいく。


 焼き尽くされる首都。串刺しにされる人々。略奪される金品。

 もちろん、まだ異世界軍が攻め込んでくると決まっているわけじゃない。

 今はただ杉谷さんが不安がっているだけの状態だ。


 だが、それでも想像してしまう。

 万が一あちらの世界と本格的に衝突するとしたら。

 その時は――


 ――アンジェリカは、どう思うのだろう。


 あいつの母国と、俺の母国が衝突するのだ。

 互いの国が敵味方に別れた時、今までの関係でいられる保証なんてない。

  

 アンジェリカは神聖巫女の身分にされたことを不満に思っているような節があったが、それでも故郷は故郷だ。

 里心を刺激されて、胸を痛めかねない。


「なんだかなぁ」


 やっとお前の身分証が手に入ったぞ、と嬉しい知らせを伝えるつもりが、すっかり気分が重くなっている俺がいた。


「ん」


 と。

 一人でどんよりしていると、スマホの通知音が鳴った。


「シャイン!」


 と陽気な音声が、新着メッセージが届いていることを告げる。

 コミュニケーションアプリ、Shine。

 なにやら若い子達に人気のSNSらしいのだが、おじさんの俺にはよくわからない。

 リオに進められてインストールし、どうにか使い方を覚えたと思ったら、いつの間にか綾子ちゃんやアンジェリカの連絡先も登録されていた。


 ……勝手に俺のスマホを弄るのはどうかと思うが、それはそれとしてアンジェリカの学習能力には目を見張るものがある。

 やっぱり脳が若いだけあって、物覚えがいいのだろう。

 今じゃ現代人とほとんど変わらない速さでメールを打ったりするのだ。


『お父さん今どこなんです?』


 画面をスクロールすると、『いつまで寄り道してるんですかー!』と帰りを急かす文章が続いていた。


『今駅前のコンビニだ』

『えー、じゃあまだまだ帰ってこないんですか』

『ちょっと腹休みしたら戻るよ。一時間とかからないはずだ。なんかあったのか?』


 フィリアが粗相でもしたのか、綾子ちゃんと喧嘩でもしたのか。

 かすかに胸をざわつかせながら、たずねる。


『今ちょうど、お父さんが出てる番組放送してるんですよ。脈動する筋肉が凄いえっちだから皆で鑑賞会してるんですけど、できれば本人も眺めながらの方が盛り上がると思いまして』

『もう三時間くらいこっちでブラブラすることにしたわ。テレビ楽しんでてくれ』


 猫が土下座しているスタンプが、何個も何個も貼られていく。

 ごめんなさい許して下さいということなのだろう。


『お前それ性別が逆だったら、いや逆でなくてもセクハラ案件だぞ。父親の体に催す娘がどこにいる』

『……娘がお父さんの体にムラムラしたら駄目ですか?』

『人間社会ではそうだな。犬猫じゃないんだぞ俺達は』

『こんな思いをするのなら犬や猫に生まれたかった』

『急に詩人になったな』


 重いこと考えてたのに、こいつのせいですっかりペースが乱れてしまった。

 いや、乱れた方がよかったのか。一人で沈んでいても何もいいことないしな……と苦笑する。


『ねー早く帰ってきて下さいよー。お父さんいないと部屋が若い女臭いんですよー』


 それはすごく芳しい空間な気がしてならない。

 俺の体臭を混ぜるのは、もはや冒涜行為ではなかろうか。


『わかったよ、すぐ帰る。一応お土産もあるから期待しててくれ』

『ほんとですか!? やったー!』


 オープンに喜ばれる。文章の上ですら感情表現の豊かな娘である。

 

『なあアンジェ』

『なんです?』

『あとで二人きりで散歩しないか?』

『……デート?』

『その解釈でもいいから、どっか行くか』


 わあい、と両手上げて飛び上がる熊のスタンプが貼り付けられる。

 明るく素直で、俺のことを大好きな女の子。

 俺はこの少女を、絶対に幸せにしなくてはならない。

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