第125話 インベイジョン
俺が過ごした、十七年間。
俺が見てきたもの。俺が手にしたもの。俺が殺めたもの。
それら全てを、包み隠さず話す。
ごく普通の中学生が異郷で成人し、すり切れるまでの過程を。
戦場の主役と化すに至った経緯を。
杉谷さんは眉間にしわを寄せながら、真剣に耳を傾けていた。
同情も驚愕も感じられない、事務的な表情だ。
何度か猟奇的な場面も説明したのだが、顔色一つ変えない。やはり荒事にはなれているのかもしれない。
それならば遠慮は要らない。こちらとしてもやりやすいくらいだ。
俺はいよいよ表現からマイルドさを削り、己の知る全てを伝えるつもりで口を動かし続けた。
そうして、五分ほど経っただろうか。
あまりに喋りすぎて気疲れし始めた頃、杉谷さんがぽつりと呟いた。
「にわかには信じられない」
気持ちはわかります、と同意する。
こんな与太話を聞かされたら、普通は気が触れているとでも思うだろう。
「確かに中世ヨーロッパファンタジー風の異世界で冒険してきたなんて、現実感がないですよね」
「私が信じられないのは、そういった部分ではなく、異世界人の民度だ」
「……え?」
「まだ十代だった中元さんをいきなり拉致し、兵士として酷使したんでしょう。殺人を拒否する中元さんを執拗に戦場に投入し、最後にはろくに報酬を与えることもなく故郷に送り返した。あげく貴方の報復を恐れて、次々に刺客を放っている。好戦的で、非人道的な価値観の持ち主だ」
なんと返したものか。
確かにあの世界はろくなもんじゃなかったが、エルザやアンジェリカの生まれ故郷でもあるのだ。
中には善良な人間もいると反論したい気持ちと、俺の苦労を分かってくれてほっとした気持ち。その二つがない混ぜとなって、複雑な心境だった。
「とても危険な連中だ。私にはそうとしか思えない」
「何割かはそうかもしれませんが、全員が悪人ってわけじゃないですよ。俺に優しくしてくれた人も中にはいますから」
「奴隷や農民に善良な人間がいたとしても、王族や神官の振る舞いなのは問題です。指導層が歪んだ価値観で動いていれば、組織というのは悪に傾くものだ。たとえそれが国家ほどのサイズであろうと」
「それは……そうでしょうね」
思い当たる節は、沢山ある。
異世界でも現実世界でも、そのようなケースは無数に見かける。
「で、もう一度確認したいのですが。中元さんのいた異世界は、間違いなく中世ヨーロッパ風だったんですね?」
「ええ。あくまで『風』ですけど」
なんせ魔法やモンスターが存在してただけでなく、プレートアーマーにミニスカートと、ややオーバーテクノロジーな製品が普及していたのだ。
どちらかというとあの世界は、「JRPG風」と表現した方が正確かもしれない。
杉谷さんくらいの年代の人にゲーム用語を使って説明したら、余計に混乱しそうなので言わないでおくが。
「話を聞く限り、中世後期程度の生活水準に感じる。既に豊かさを取り戻したあとのヨーロッパだ」
「そうだとしたら、何か問題があるんですか?」
「多少の差異はあれども、その世界が概ね欧州大陸の歴史を辿っているのだとしたら、次に来るのは大航海時代ではないですか。ヨーロッパは中世の間に富を蓄え、熱狂的な対外進出の時代に突入した。類似した文化を持つのならば、似たようなことを考えてもおかしくはない」
杉谷さんは険しい表情で告げる。
「そして彼らは亜人や怪物をこちらの世界に送り込んでいる。我々の住まう地球に興味を示しているんです。つまり彼らは――この星に攻め込んでくる可能性があるのではないですか?」
「え?」
「我々の世界、欧州諸国がアフリカやアメリカに侵攻した時のように。異世界人は、地球に攻め込んでくるかもしれない。野蛮な支配者に率いられた軍隊が、我々の土地にです」
まさかそんな、と首を振る。
次元を超えた遠征? いくらなんでも無茶だ。
召喚魔法の燃費の悪さは、俺もよく知っている。人を一人か二人送り込んでくるだけでも、かなりのエネルギーを費やすのだ。
大規模な軍隊を引き連れて侵略を試みるなど、夢物語でしかない。
ないのだけれど。
フィリアが戦闘中、複数のモンスターを軽々と召喚していたのを思い出す。
確かに元々凄腕の神官ではあったが、あれほどではなかった。
あちらの世界で、召喚魔法の技術革新でも起きたのだろうか。
いずれは誰でも気軽に、こちらの世界にやって来るようになるのだろうか?
「もっとも今はまだ、私の被害妄想の段階でしかありませんが。……職業柄、人を疑うのが癖になっている。不快にさせたなら申し訳ない」
小さく頭を下げた杉谷さんに、気にしないで下さいと返す。
この国はこういった人達が偏執的に危険分子を事前に処理しているからこそ、世界屈指の治安が維持されてるいるのだろうし。
「ところで中元さん、一つ聞いていいですかな」
「なんです?」
「貴方は時々、異世界人を擁護するような発言をする。あれほどの目に遭わされておきながらだ。現地の女性と恋仲になったようですから、無理はないかもしれませんが」
おまけに今も異世界の女を二人も家に匿ってるしな、とは言えない俺だった。
「どうします、中元さん。もしも我々地球人と異世界人が戦争状態に陥った場合、貴方はどちらに着くんですか」
「そんなの、地球側に決まってるじゃないですか。俺は日本人です。この国に生活基盤があります。……もう俺によくしてくれた異世界の女性は、亡くなってしまいましたし」
まるで心の中を見透かそうとしているかのように、杉谷さんはじっと俺の目を見つめている。
「……そうですか。その言葉を聞いて安心しました。いいですね、中元さん。貴方は我が国にとって、最後の防衛線なのです。戦闘機と対等に空中戦を演じる怪物を、一人で二体屠った最強の軍事力だ。貴方は歩く核兵器なのです。それが戦いに迷いを抱いているようなら、これほど恐ろしいことはない」
「人殺しは好きじゃないですけど、何かあったら地球側につく。それは約束します」
「……やはり、女がいた方がいいでしょうな」
杉谷さんの目に、尋常でない光が宿っていくのがわかる。鬼気迫る、と言っていいレベルだ。
「中元さん、貴方、家庭を持つべきです。守るべき妻子があれば、どんな手段を用いてでも国家の危機を防ごうとするはずですから」
既に子持ち状態なのだけれど、と白状できたらどんなに楽だろうか。
残念ながらアンジェリカ達は子供なのか内縁の妻なのか区別がつき辛い状態になっている、という鬼畜すぎる理由で白状できない俺だった。
……自分でも禍々しい状況で暮らしていると思うのだが、どうしてこうなったのか俺にもわからないのである。
「中元さんには今後、妊活して頂きたい」
「……配偶者もいないのにですか」
「それはこちらで用意します。気に入らないのであれば、何度でもチェンジを申請して下さい」
変なお店じゃあるまいし。
この国防おじさんは、二枚目な顔で何を言ってるんだろうか?
「お、俺は……今はまだ、結婚や子作りなんてのは考えられない状態です」
エルザの面影が心で生きている間は、他の女と家庭を持つなんて考えられない。
そんな純愛めいた理由から出た言葉だったのだが、杉谷さんの解釈はというと、
「なるほど。まだまだ女遊びがしたいということですか。特定の相手に捕まるのは勘弁と……」
だった。
最低だった。
……杉谷さんくらいの年代の人達は、基本的に思考が肉食寄りなのである。
据え膳食わぬは男の恥世代なだけあって、話が通じない。
「まあ、それならそれで結構です。中元さんが思わず孕ませたくなるような女性を、順次投入していくだけですから」
楽しみにしていて下さい、と涼し気な顔でカップに口をつける上司を、呆れた思いで眺めるのだった。
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