第124話 六本足

 直属の上司に熱い少女愛好者ロリコン疑惑をかけられて、これからどうなってしまうのか。

 端的に言って嫌な予感しかしない。一刻も早く違う話題に切り替えたい。

 俺は空腹を訴える腹を撫でさすりながら、会話の内容を軌道変更する。


「それより本題に入りませんか。今日はあのドラゴンがどこから来たのか、教えてくれるって話だったはずですが」

「確かに」


 杉谷さんは鷹揚に頷いた。

 あれだけ際どい発言をしておきながら、けろりとした表情である。

 ひょっとしたらとんでもない大物なのかもしれない。あるいは頭のネジが外れているのか。

 

「どこから話そうか。そうだな……出現地点から説明しよう。結論から言うと、あの巨大生物は東から来た」

「どのくらい東ですか?」

「隣県だ。やつらは千葉県沖の上空から突如として飛来した。監視カメラに記録されてましたよ」


 千葉県――つまりここである。

 俺のマンションがあり、リオの自宅があり、フィリアが出現した土地。

 となるとやはり、あのドラゴンはまだ正気だった頃のフィリアが召喚したのだろうか。


「……その、海上にドラゴンが現れた具体的な日時って教えてもらえますか」

「都庁舎を襲撃する前日ですが」

「そう、ですか……」


 ほっと胸を撫でおろす。

 その日付ならば、フィリアはとうに発狂している。高度な召喚術式など詠唱できるはずもない。

 つまりはシロで、この件に関しては無実だ。


 あいつは元々善人ではないし、ゴブリンを喚んだのは確かだ。

 それでも抱え込んでいる罪状は少なければ少ないほどいい。


 俺が一人でほっとしている間にも、杉谷さんは淡々と語り続ける。

 

「中元さんはさきほどあの巨大生物をドラゴンと呼んだが、何か心当たりがあるので?」

「え? いや、あれは誰がどう見たってドラゴンでしょう。コウモリの羽が生えてて、恐竜みたいな顔つきで、鉤爪の生えた手足があって」

「それです」


 杉谷さんは姿勢を正しながら言った。


「あの巨大生物は鉤爪の生えた足がしっかりと四本生えていたにも関わらず、背中によく発達した羽が生えていた。コウモリの羽は前足が変化して生じたものだ。つまりあれは、骨格の上では六本足だ」

「まあそうなりますけど、そんなに注目するところですかそれ」

「地球上のどの生物とも類縁関係にないことになる。他の部分では爬虫類に近いように見えますが」

「あの体格で飛び回って火も吹くんだから、地球産じゃないのは明白でしょう」

「異世界産、ということですか」

「俺はそう思ってます」


 実は言うと私もです、と杉谷さんは同意する。


「あれは中元さんと同じように、ここではない別の世界からやってきた生き物なのでしょう」

「俺は元々この世界の生まれですよ。十七年ほど異世界に滞在してただけで」

「あとでその話はじっくり聞かせて頂きたいものです……おっとマスターが来た」


 他人に聞かれていい話ではないので、咄嗟に口を閉ざす。

 とはいえ今の会話を盗み聞きされていたとしても、サラリーマン二人が世間を騒がせた事件で盛り上がっているようにしか思われない気もするが。


「おまちどうさま」


 コーヒーの香りを漂わせながら、元過激派の店主はしずしずと近付いてきた。

 にこやかな笑みを浮かべ、俺達の前にカップを置いていく。去り際、杉谷さんに向かってウィンクを飛ばしたところを見るに、まだまだ現役のつもりらしい。


「……モテますねえ」

「七十代の女性に色目を使われても、笑い話です。かといって中元さんのように、十代女子にまとわりつかれたら犯罪だ。悩ましいものですな」


 また危うい方向に話が飛びかけたので、大慌てでこちらから無難な話題を振る。


「ええっと、ドラゴンの死体は鑑識に回したりしてるんですかね」

「もちろん。生物学者も何人か呼び寄せましたが、皆どこかおかしくなりそうなくらい喜んでますよ」

「……知的好奇心を刺激されまくってるんですかね」

「学者達は当初、突然変異で異様に巨大化した猛禽類だと予想していた。ところが解剖していくうちにどんどんわけがわからなくなり、今では完全に独立した新種の生き物という線で落ち着こうとしている」


 あのドラゴンをバラしている。ただ子育てしにきただけの、雌のドラゴンを。

 なんともやりきれない気持ちになりながら、コーヒーをすする。


「それで、例の六本足です。やっぱり彼らもそこに注目してましてね」

「異世界から来たんじゃないか、とか騒がれてるんですか?」

「いえ。お偉い学者先生だと、宇宙から来たんじゃないか、という方向に推理が進むらしい。連日SF映画顔負けの話題で盛り上がってますよ」

「……まあ……ファンタジー世界が実在するって解釈より、いくらか現実的かもしれない」

「聞きかじりですがね。なんでも宇宙規模で見れば、四本足ではなく六本足の生物がスタンダードなんじゃないか、という説があるそうだ」


 初耳だった。

 そりゃまたなんで? と思わず聞き返す。


「地球で一番繁栄している生物は、脊椎動物ではなく昆虫になる。その昆虫は六本足だ。だからこの形状こそが、生物にとっての最適解なのではないか。もしも将来宇宙人と出会えたら、彼らも大多数が六本足なのではないか。四つ足の生物から進化した地球人は、宇宙の知的生命体全体では少数派に入るのではないか。そういう説があると聞かされましてね」

「……そしてあのドラゴンも六本足だから、どっか別の星から来たんじゃないかって予測してるわけですか」


 馬鹿馬鹿しい。あれはSFではなく、剣と魔法の世界から迷い込んできた存在だ。


「異世界の存在を知っている我々からすれば、彼らが見当違いの方向に考察を進めているのがわかる」

「ですね」


 杉谷さんは唇を湿らす程度にコーヒーを舐め、鼻で笑った。


「けれど、念には念をということもある。調査は常にあらゆる可能性を考慮して行われるべきだ」


 税金の無駄使いな気もするが、とは言わないでおく俺だった。

 さすがの俺でも、その程度の気遣いはできる。


「で、中元さん。今度は貴方が異世界について詳しく教える番だ。ああいった巨大生物が当たり前に存在するところなのですか? 誰もが貴方のように強靭な肉体を授かれるのですか? あちらからやって来る生物が人々に危害を加える理由は?」

「……そうですね」


 まずどこから話すべきか。

 空っぽの胃袋に勢いよくコーヒーを流し込んでから、頭の中で記憶を整理し始めた。

 

 俺の知っているありったけをこの人に叩きつけて、果たしてどれくらい信じてくれるのか

 拒絶される不安と、理解者を得る期待。相反する感情に高鳴る鼓動を感じながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「俺のいた異世界が、どんなところだったかというと――」

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