第118話 リオのカーニバル

 強面の男達に見送られながら、権藤の事務所を後にする。

 てくてくと早足で道を進みながら、ため息を一つ。


 ――権藤の言っていたことは、本当なんだろうか?


 ヤクザと公権力の蜜月状態、そして破局。

 もしこれが事実だとするならば、あいつらもあれで案外哀れな連中なのかもしれない。


 もちろんあんな男の発言を鵜呑みにするのは危険なので、自分でもある程度調べてはみるが。

 スマホから検索サイトに接続し、「ヤクザ 戦後」と打ち込む。

 

「うおっ。すげえ出てきた」


 まずは有名なフリー百科事典にアクセス。

 歩きスマホは危険なので、足を止めてじっくりと閲覧する。


 ……なるほど。


 確かに権藤の語ったヤクザ史と、よく似た内容が書かれている。

 とはいえこれは素人も自由に編集できることで有名なのだ。どこまで信用できるのかわかりゃしない。


 画面をタップし、別のサイトに目を通す。こちらもさきほどど大差ない戦後史が記述されている。

 しまいには通販サイトまで目を通してみたが、そちらはなんと権藤の主張を裏付けるような内容の書籍が売られていた。


 ……ウェブや本の情報が真実だとは限らない。

 あくまで参考程度に留めておくべきだと思う。

 思うのだけど。


「かなり真実に近い……のか?」


 実際、この街の警官と権藤の組はズブズブだしなぁ、とため息をつく。

 少なくともこのあたりはまだ、権藤の主張していた時代の気風が残っているわけだ。

 けれど全国的に見れば、ヤクザの影響力は低下しているのだという。


 公権力は暴力組織を利用し、用が済んだら切り捨てる。

 そういうものかもしれない。俺にも心当たりがある。

 なんたって俺は異世界の王国に散々使い倒されたあげく、しまいには脅威とみなされるようになった召喚勇者なのだから。


 公安にも、いつかそのように扱われる日が来るのだろうか?

 もうお前に頼ることはないと、切り捨てられてしまうのだろうか?


 考えたくもないが、全面的に杉谷さんを信用するのは危険なのか?

 

 これまで仕えていた相手が酷すぎたせいで、すっかり疑り深くなっている自分がいた。

 俺だって好きでこうなったわけじゃない。


 素直にしっぽを振れたら、どんなにいいことか。

 残念ながら前の飼い主に虐められすぎたせいで、目の前に餌を置かれても安楽死を疑うような犬に育ってしまったのだ。

 ご主人様これ、毒入ってませんよね? と。


 かといって信用しなければ、何も始まらない。

 杉谷さんは今のところ上司として問題ない人物だ。

 あの人の下で働けるなら、それに越したことはないというのに。


 どうにか本心を確かめる手段はないものかね、と顎に手を当てて考える。

 公権力相手となると、荒い方法で本音を引きずり出すなんて論外だし。

 こんな時こそ、酒の席で腹を割って話し合ったりするべきなのだろう。

 しかし俺は体質的に下戸なので、それも不可能だったりする。

 二度とお酒は飲まないでね、とエルザに止められたほどだし。

 

 なんせコップ一杯で真っ赤になって、意識が不明瞭になるのだ。

 なんとも不便な体である。なんでステータスが上がっても、アルコール耐性は鍛えられなのかねえ、などとぼやいていると、スマホの画面に変化が起きた。


『新着メッセージがあります』


 の通知。

 誰だ?

 反射的に画面をタップすると、そのままSNSの会話グループに飛ばされる。

 出てきたアイコンは、


『ずっと待ってるんだけど。まだ?』


 リオだ。

 どうやら俺があまりにもたもたしているせいで、しびれを切らしたらしい。

 いかにも「私怒ってます」な表情の写真まで送られてきた。

 腕を組み、唇を尖らせ、フン! といった感じの顔。

 だが本気で腹を立てているわけではなく、どこか甘えているような雰囲気がある。


 まだ語尾に顔文字ついてるしな。

 本気で切れたら、愛嬌を演出する余裕なんて失せるだろうし。

 単に構ってほしいだけなのではなかろうか。


『悪い。すぐそっち向かうよ』

『今どのへんにいるの?』

『権藤の事務所の前』


 なんでそんなとこいるの??? とクエスチョンマークを三つもつけて質問される。


『大人には色々事情があるんだ』

『ふうん……芸能界を渡り歩くのって大変なんだね』


 どうもリオの中で俺は、権藤を暴力で従わせ、芸能活動の根回しまでさせている鬼畜になっているらしい。

 何か勘違いされているようだが、訂正するのは面倒なのでそのままにしておく。


『やっぱ権藤に調教とかしてるの?』

『恐ろしいことを言うな。男同士だぞ。俺にそんな趣味はねえよ』

『相手が女ならやるかもってこと?』

『何言ってんだお前?』

『家に連れ込んでる女の子達に、そういうことしてるのかなーって』


 急に鋭く切り込んでくるなこいつ、と硬直する。

 たとえマゾかろうがヤンキー入ってようが、リオの一人の女。

 駆け引きなんてお手の物なのだろう。


『変なことはしてない。あいつらは色々事情があって世話してるだけで、手をつけたりはしない』

『ほんとかな? 中元さん結構流されやすいからキスくらいはしてんじゃない?』

『いいえ、してないですね』

『なんで敬語になったの?』


 まだアパートにいる三人とは、アンジェリカとしかしていない……かろうじて人の道を外れていないと思いたい。


『忘れないでね中元さん。ゲーセンであたしにしたこと覚えてるでしょ? 普通に考えたら、あれは交際スタートだよ』

『お前、あの時は不問にするみたいなこと言ってたのに……』

『なるべく早く会いに来てね、彼氏さん』


 もう会話は済んだとでも言うのか、リオは返信をしてこなくなった。

 なんてマイペースな奴なんだと呆れていると、数分遅れて新着メッセージが届く。

 便所にでも行ってたのか? やれやれ。と思い切り油断して開くと、なにやらアドレスが貼られていた。

 ああこれはいつもの……と予想しながら踏むと、案の定きわどい自撮りが表示される。


 露出は大して多くないのだが、一発で条例違反とわかってしまう危険な写真である。

 

「マセガキめ。何考えてんだほんと」


 口にとあるゴム製品を咥えて、挑発的な笑みを見せるリオ。

 俺に何をしてほしいのか明確である。完全に盛りのついた猫だ。

 これを受け取ったのが権藤なら、今頃狂喜乱舞しているだろう。


 けれど俺は違う。女子高生なんざに興味はない。

 そんなものにブランド力は見出さない。

 若い女を無条件に好きになるような、その手のおじさんではない。というかそうなりたくない。


 なのに体が少々反応してしまうのは、こいつがエルザにそっくりだからだ。

 惚れた女によく似た相手にこういう真似をされると、脳が勘違いしてしまうのだろう。

 いつか籠絡されてしまうんじゃないかと思うと、恐ろしいものがある。


「……やばいな俺」


 犯罪者になる前に、リオを止めなくては。

 もうこんな画像寄こすんじゃありませんと、しっかり言い聞かせる必要がある。

 既に二日に一度はそういう風に説教しているのに、「怒られると気持いい」などと言って全く効き目がないのだけど、それでも言わなければならないのである。


 いやほんとマジで、どうやってリオを止めればいいんだ?

 

 そうこうしている間にも、リオは次から次へと猥褻自撮りを貼り付けてくる。

 スカートをまくり上げ、黒のショーツを惜しげもなく晒し、制服のタイで創意工夫に富んだポーズを見せつけている。

 えっ、タイってこんな用途があったのか? どうやればここまで扇情的にできるんだ? だってタイだぞ? と物理法則を疑うような構図だった。


 どうやらリオのやつ、名前に合わせてか頭がカーニバル状態になっているらしい。

 久々に俺と会えるおかげで、舞い上がっているのだろうか?


 ため息を漏らしつつ、スマホをポケットにしまう。

 これはもう直接会って話さないと、止まらないだろう。

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