第五章 勇者争奪戦

第115話 繁忙期

 ああ、朝だ。

 選ばなくてはならない。

 そろそろ回答を引き伸ばしにするのも、限界だろう。

 そんなことを考えながら、俺は身を起こそうとした。


 が、身動きが取れない。


「?」


 なにやらむにむにした弾性の塊に手足が挟まれていて、がっちりと固定されているのである。

 どうせアンジェリカか綾子ちゃんかフィリアの乳尻太もものどれか、もしくはそれら複数にホールドされているのだろう。


 これを「どうせ」と言ってしまえる人生とは、一体なんなのだろうか。

 むっとむせ返るような女の匂いに包まれながら、ため息をつく。

 朝っぱらからインモラル極まりない光景が始まっていることに、自分で自分にがっかりだった。


 薄手の黒いキャミソールに身を包み、すぅすぅと寝息を立てるアンジェリカ。

 このインナーはアンジェリカのお気に入りらしく、家の中では頻繁に着ている。

 俺にはよくわからないが、胸元にカップが入っているとかで、ブラジャーの機能も合わせ持っているらしい。

 通販サイトによると、「夏場はこのまま外出もOK」らしい。

 この格好で外をうろうろされたら男子的には結構刺激的なんだが、大丈夫なんだろうか?


 いくらカップがついてるとはいえ、タイツみたいな素材の下にそのまま無防備な乳房が収まっているのだ。

 どうにもざわつきを感じずにはいられない絵面である。

 しかもそれを着ているのが若干十六歳の乙女で、透けるように白い肌を持つ金髪碧眼の美少女で、あげく二つの膨らみを押し付けるようにして俺の腕を抱いているとなると、完全に犯罪だった。

 現行犯だった。


 谷間の間にすっぽりとはめこむようにして、俺の肘がロックされている。


 よしわかった、利き手はこんな感じで捕まってるのか。

 なら左腕はどうなってんだ、と顔を反対側に向けると、やはり同じような体勢で綾子ちゃんにしがみつかれていた。

 こちらの少女は厚手のパジャマを着込んでいて、肌露出という意味では三人の中で最小だ。

 健全だ。


 だが寝る時はブラジャーを着けないという悪しき習慣のせいで、感触がアンジェリカ以上にダイレクトに伝わってくる。胸を守る、カップすらないのである。ノーガード戦法なのである。

 肘から伝わってくる、柔らかな肉の重み。

 形状や大きさが、頭の中にありありと浮かんでくる。そんなこと想像したくないのに、雄の本能が余計な仕事をする。

 本当にやめてくれ、と言いたい。

 若い女の子を性の対象として意識してしまうと、罪悪感が半端ないのだ。

 俺はそんなスケベ親父になりたくないのである。


 なのに、綾子ちゃんのEカップが俺の左腕を包み込んでいる……。


「う、ううう」


 もう嫌だ。

 ある意味幸せだけど、でも嫌だ。動物的な部分は喜んでいるけれど、人間としての理性が全力でこの状況から逃げたがっている。

 三人目のフィリアに至っては、俺の上に覆いかぶさって寝てるし。

 綾子ちゃんよりもさらにもうワンサイズ大きな胸を、ぎゅむっと俺の胸板に密着させているのだ。

 両手に至っては、俺の服の中に突っ込んでいるという有様だ。

 どこに入れているかは、もはや描写すらしたくない。そんなもの触って楽しいのか、と言いたいような場所なのだ。

 

「はあ……」


 一つのベッドで男一人、女三人が一緒に眠れば、こうもなろう。

 しかもそのうちの二人が未成年で、神職者まで含まれているときた。

 これは二重に罪を重ねているのではなかろうか。

 淫行界の二刀流エースとして鮮烈デビューといった感じで、一気に性犯罪リーグでメジャー入りを果たしてしまったのではないか。

 

 のしかかる罪悪感に目眩を覚えつつも、俺は腕を引き抜く作業に入った。

 自分の指が何に食い込んでいるのか考えないようにしながら、するすると右腕を引っ張り出す。

 柔らかな衣擦れと、肌をこする音。

「んっ」とか「あっ」とか艶めかしい声も聞こえてくるけど、全ての煩悩を押し殺して、淡々と腕を引き抜く。


 ……言い訳させて貰うと、俺は何もハーレム気分が味わいたくてこんな酒池肉林な寝方をしているわけじゃない。


 単純な話である。

 部屋に、スペースが足りないのだ。

 引っ越しの準備をした結果、荷物を詰め込んだダンボールで溢れ返り、床で眠れなくなったのだ。

 そういった事情から、俺達は一晩限定で同じベッドに寝ることとなったのである。


 もちろん、俺は最後まで抵抗した。

 そんな不道徳な添い寝があるが、俺はバスルームで寝かせて貰うぞ、と断固拒否したのに、女子全員の賛成票で決まってしまったのである。

 俺に決定権はなかった。父権の崩壊だった。


 たとえいい物件を見つけようとも、引っ越すまでは不便の連続なのである。


 さっさとでかい家で生活したいな、とまだ見ぬ新居へ思いを馳せながら、自由になった右手を伸ばす。

 枕元のスマホを掴み取り、画面をタップ。

 昨晩届いた三つのメッセージを、順番に眺めていく。


『おう中元の旦那。アンジェリカちゃん用のパスポートが届いたぜ。取りに来いや。明日でいいよな?』


 これは権藤からのメール。


『中元くん、例のドラゴンがどこから来たのかについて大体のことがわかったので、詳しく話したい。確か明日はテレビの仕事がないと聞いているから、さっそくお会いしたいのだが』


 これは杉谷さんからのメール。


『あたしん家に忘れ物したでしょ? 取りに来てよ。色々積もる話もあるしね。あのさ。中元さんに教わったアパートに遊びに行ったら、ドアの向こうからアンジェリカ以外の女の声も聞こえてきたんだけど、あれってなんなのかな? 三人くらい女の子いるんじゃない? なんかイラッときてインターホン押さずに引き返しちゃったんだよね。中元さんの家に今何人の女の子が出入りしてるのか、あたし気になるなあ。この件について、いっぱいお話したいなあ。明日暇なんでしょ? 絶対来てよね』


 最後はリオからのメールであり、文末に可愛い顔文字をつけられても、にじみ出る怒りが伝わってきて逆に恐ろしい。

 いくらあいつが鬼畜男子におもちゃにされたい特殊性癖持ちでも、さすがに限度ってもんがあるだろうし。

 ちゃんと嫉妬は感じるとか言っていた覚えがある。どこまで許容できるのか未知数な以上、ここらで機嫌を取っておいた方が……。

 いや別にリオは俺の彼女でもなんでもないんだけど、なのになんで真剣に言い訳を考えてるんだ俺は?


「……つーかどれを選べばいんだよ」


 面倒なことに、全員が待ち合わせの日時を今日に指定してきたのである。

 事前に俺の休日を伝えていたから、こうなったのかもしれないが。だからって三人とも同じ日を選ぶとは思わなんだ。


 先に誰と会うべきか、さっさと決めなくてはならない。

 優先順位をつけ、待たせてもあまり悪影響が出なさそうな相手を後回しに……って誰だよそれ?

 立場的なことを考えると杉谷さんが最優先で、権藤は最後でいいかもしれない。

 いやリオのケアこそ、最初にやらないとこじれるかこれ?

 

 面倒だな、とうんざりしながら左手を引き抜く。


「ん……っ」


 綾子ちゃんの艶めかしい吐息が顔にかかる。朝の歯磨きを済ませる前だというのに、どうして甘ったるい匂いがするのか。これが若い娘の体ってやつなのか。

 恐るべし女子高生。

 なんだかこのままではおかしな気分になりそうだったので、首を振って頭から雑念を追いやる。


 両手が自由になったあとはフィリアを引っぺがし、身支度を開始した。

 黒っぽいタートルネックとジーパンに着替え、上からコートを羽織る。

 どれも以前より値の張るものを買ったので浮浪者風から脱したと思うが、それでもまだ低所得者臭がするのはなぜだろう。


 ……顔がみすぼらしいからか?


 ええい、朝っぱらから自虐的になってどうする。 

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