第110話 勇者二人

 バスが動き出す。


 カナの配信の方はといえば、いよいよ盛り上がりの最高潮に達しようとしていた。

 若い女の子の動画だから……というだけでなく、遠慮のないトークも人気の秘訣なのかもしれない。


 カナはしきりに「芸能人はオワコン、これからは動画配信者の時代」などと繰り返しているのだ。

 見ていてはらはらする言動だが、コメント欄を見る限りでは視聴者のほぼ全員が賛同している(某あやや氏を除いて)

 

 ていうかカナのやつ、こうやって他の有名人を酷評するから変なコテハンに目をつけられるんじゃないか。

 何日か前に、綾子ちゃんが部屋の隅で目をギラギラさせながら「中元さんの悪口言ってる動画配信者がいるんです。私とそう変わらない年頃の子なんですけど」と静かな闘気を放っていたのを思い出す。


 ……愛が重い。


 どうせカナは分裂騒動の一件を根に持って俺のことをあーだこうだと罵ってるんだろうけど、負け犬の遠吠えなのだし好きに言わせておけばいいだろうに。

 綾子ちゃん的には、許し難い所業なのだろうけど。定期的に立つ俺のアンチスレを潰すのが日課とか言ってたし。

 まさかネット上に存在する、あらゆる中元圭介アンチと戦うつもりなのだろうか?

 ありえそうなのが怖い。

 

 本当に恐ろしいのは、ドラゴンなんかじゃなく人間なのかもしれないな……。

 などと浅いきっかけで深いことを考えている間に、バスは駅前の停留所に到着していた。

 空気を吐き出す音に続いてドアが開き、次々に乗客が動き始める。

 あの赤子連れの母親も、トントンとリズムよくステップを降りて行った。

 

 それを見送ってから、俺も腰も上げた。

 ちらりとカナの配信に目をやると、複数の警察官に取り押さえられて立入禁止だからと説教されている場面が映っている。

 当たり前だろう。

 ドラゴンが占拠する都庁舎に突如として女子高生が近付こうというのだから、当然の対応である。

 

 が、そこは暴れ馬の冴木カナ。痴漢だセクハラだと散々喚いたあげく、ついには警官の一人を突き飛ばし、無理やり侵入経路を作り出していた。

 片手にカメラを抱えながらの行動なので、画面が酷くブレている。ずっと観ていると悪酔いしそうな映像だ。


 一旦スマホから目を離し、運賃を支払う。

 硬貨が料金箱に吸い込まれていくのを確認し、バスを降りた。

 

 あとは電車を乗り継いで、新宿駅に向かうだけである。

 それまでの待ち時間は、カナの配信を視聴して潰すことにした。

 ホームまで歩き、ベンチに腰を下ろす。

 次の電車が来るまで十分ほどだ。それだけあればカナがドラゴンを倒しちゃったりしてな、と半笑いで画面を覗き込むと、カナがドラゴンにパクリと食べられている真っ最中だった。


「……マジかよ」


 地上に落ちているカメラはちょうど真上を向いているらしく、上空で捕食されている持ち主を淡々と映し続けている。

 いくら中身がろくでもないガキとはいえ、助けに向かった方がいいだろう。

 電車なんて使わず、今すぐ走って救助しに行くべきか。


 俺が尻を浮かしたところで、ドラゴンの口周りから無数の光の線が伸び始めた。

 カッ! と閃光を放ち、爆発音が響き渡る。

 直後、ドスンと音を立ててカナが着地した。


『痛ぁ……』


 ところどころ出血しているようだが、元気に動き回っているところを見ると命に別状はない。 

 手のひらを傷口に当てて詠唱を始めたので、回復魔法をかけているのだろう。


 ほっと一安心と言いたいが、怒り狂ったドラゴンの暴れようはもはや手のつけようがない状態だ。このままだと、無差別にブレスを吐かれかねない。

 状況は以前より悪化したと言える。

 

「余計なことしかしないな、本当」


 俺は隠蔽魔法をかけると、ホームを飛び降りた。

 線路沿いに全力疾走を開始する。


「――フッ」


 加速から数秒後、空気の壁を叩く感覚があった。

 音速を超えたのだ。


 規則的に腿を上げ、陸上選手のようなフォームで走り続ける。

 周囲の景色は風の速さで流れていき、目まぐるしく切り替わる。

 乗り物より速い自分の脚。

 まさに漫画みたいな超人で、いっそ笑ってしまうくらいだ。

 

 人知を超えた身体能力に、ああ、やっぱ俺ってもう人間じゃないんだなあ……と虚しさすら覚える。

 カナのように気持ちよく力に溺れるタイプの性格だったら、どんなに良かっただろう。

 俺がそういう奴だったなら、世の中を己の好きなようにかき回して、地球の支配者にでもなっていたかもしれない。


 けれど俺はそんな願望なんか、微塵も持っちゃいない。

 エルザと並んで歩いて、赤ん坊をあやすのを手伝うような男になれればそれでよかった。

 

 平凡なマイホームパパ。

 休日になると、ベビーカーを押して散歩する男。

 

 それで十分だったってのに、今じゃこうして戦闘機より早く動き回る化物と化している。

 全く意味がわからないよな、と自嘲しながら速度を落とす。

 新宿駅が見えてきたのだ。


 ここから少し歩くと、竜の癖に家庭とマイホームを作り上げるのに成功した夫婦と出くわすわけだ。

 俺がついに叶えられなかった夢を、これからぶち壊しに行く。

 ほっときゃ人食を始めるモンスターとはいえ、どっちが悪役なんだかわかりゃしない。


「……武器、探すか」


 俺はホームに飛び上がると、人混みに紛れて歩き出した。

 呼吸を整えながら、スマホを覗き込む。


 見れば雄ドラゴンがカナに向かってブレスを吐き、それを命からがら回避している衝撃映像が映し出されている。

 コメント欄は「逃げて」と「やばくね」で埋まっており、あややですら無言となっている。

 こんな有様でも撮影をやめないカナの根性は、結構凄いのかもしれない。


「うーん」


 都庁舎周辺は避難勧告が出されていて、遠くで見張っている警官と自衛官以外は人がいないはずだ。

 ほぼ無人と言っていい。

 なのでカナがブレスを避けるたびに破壊されている建物や自動車は、損害こそ出しているものの死者はいないのだろう。


 大量に増加中の、巨大なスクラップ。

 なんだ、カナもちょっとは役に立つじゃないか。

 ありがたいことだ。この中の一つを、ドラゴンにぶつければいいのだから。

 俺が壊したわけじゃないんで、気が楽だし。

 

 カナは崩れたビルの一部と思わしき、三メートルほどのコンクリート辺の裏に隠れ、肩で息をしている。

 

「これいいな」


 ちょうどいいサイズだ。

 このコンクリート辺を強化して投げつければ、ドラゴンは一発でお陀仏だろう。

 あとは俺が現地に到着する前に、カナが死ななければよいのだが。

 ……街の被害もできるだけ最小限に抑えてくれるとよいのだが。

 後者はあまり期待せず、俺は再び走り出した。

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