第108話 ドラゴンスレイヤー

 すっかり機嫌を良くしたアンジェリカは、フィリアのお守りを喜んで受け入れてくれた。

 とりあえず今日は一日、綾子ちゃんと二人で面倒を見てくれるのだという。

 それならお言葉に甘えて、と俺は先にホテルを出ることにした。


「どこ行くんです?」

 

 後ろから声をかけてくるアンジェリカに、「ちょっと竜退治をな」と返事をする。

 首都圏周辺の大型哺乳類が食べ尽くされる前に、奴らを片付けるのだ。

 

「今回は手を出さずにいようかとも思ったんだけどな。どうもうちの国の軍隊が、思ったより手こずってるみたいで。手伝った方が良さそうだ」

 

 自衛隊を軍隊と言い切ってしまうのはあれかもしれないが、アンジェリカにそのあたりを説明するのは面倒なので、あえてわかりやすい表現を使わせて貰う。


「……あの機械の鳥が、軍隊なんですか?」

「ありゃ戦闘機だ。アンジェの現代知識って偏ってるよな。妙なことは詳しくなってるのに」


 女の子だし軍事関連に興味持たないのはしょうがないのかもな、などと考えながら、手元のスマホを覗き込む。


 画面いっぱいに拡大した、一枚の画像。

 SNS中を駆け回ったこれは、都庁舎上空でドラゴンと自衛隊機がドッグファイトを行った際の写真だ。

 手に汗握る決死の攻防が行われたはずだが、死者数は奇跡的にゼロ。

 パイロットも、そしてドラゴンも無傷なまま決闘を終えたらしい。


 人々の反応はというと、「まさか二十一世紀の日本で空中戦が見られるとは思わなかった」とミリタリーオタクが興奮し、動物愛護団体は「話し合いで解決できたはずだ」と抗議を始め、元ゼロ戦パイロットの老人を自称するアカウントが「あの自衛隊機の操縦はなってない」と得意げに語ったあげく、実は中身がただの男子中学生だと判明し、炎上騒ぎになっていたりする。


 つまり、誰も本気で怖がっていないのだった。


 未だにどっかのテレビ局の企画と思ってる人が多数派だし、なんとも肝の座った人々である。

 平和ボケもここまでくると、もはや狂気と紙一重な気がする。


 これが異世界だったら、上から下まで大騒ぎしているところだろう。

 勇者は一体何をやってるんだ、さっさと退治しろ、と喚き散らす者が出てくるはずだ。

 ……それに比べれば、日本の方がましかもしれない。

 危機意識が足りないだけで、人間性が欠如しているわけではないのだから。

 

 腐っても先進国で、俺の故郷というわけだ。

 俺はこののんびりとした大衆を、守ってやらなければならない。


「やるか」


 フィリアをくれぐれも頼んだぞ、と言い残して、部屋を出る。

 施錠を済ませ、ルームメイクお断りの札がドアノブにかかっているのを確認し、足を進める。

 

 さてどうやって仕留めるか。

 SNS上に出回っているドラゴンと自衛隊機の写真は、遠方から撮影して拡大したものだ。

 ということはどこかに高性能なカメラを抱えた記者が張り込んでいるのか、はたまた自衛隊側から写真提供でもあったのか。

 カメラ機材に疎い俺には想像もつかないが、どこに人の目があるかわからない状況なのは確かだ。


「……目か」


 無論、ドラゴンの目も周囲をうかがっていることだろう。

 それも鷹の目の視力で。


 ドラゴンは生態が猛禽類に似ているだけあって、非常に視力が発達しているのだ。

 代わりに嗅覚や聴覚は鈍い方なので、姿を隠すことさえできれば、奇襲を決めやすいモンスターではある。

 隠蔽魔法を使えばまず酷い結果にはならないはずだ。


 ……でも隠蔽を使ったところで、どこかに設置されてるカメラに写るかもしれないんだよな。

 

 超遠距離からドラゴンを攻撃する手段があれば、どうにかなるだろうか。

 カメラの射程外から、目立たずにドラゴンのみをピンポイントで撃ち抜く方法。

 俺の魔法は攻撃範囲が広すぎて都庁舎ごと破壊しかねないし、さてどうしたものやら。


 顎に手を当て、唸りながらフロントの前を歩く。

 自動ドアを通り、ホテルの外に出る。

 なんとはなしにルームキーの手のひらの上でポンポンと投げてはキャッチし、一人考え続ける。


「ああ」


 と。

 無意識のうちに弄んでいた鍵を見て、思いつく。


 投げるってのは、悪くないな。


 何か硬くて質量のあるものを、飛行中のドラゴンに向けて思い切り投げつける。

 これで片付くのではないだろうか。


 あとは投げた物体が落下した際に、被害が出ないように気をつけるだけ。

 ドラゴンをどうにか海上におびきよせるか?

 とはいえ狩りをする雄ならともかく、雌は卵の周辺から離れようとしないだろうし。


 ああ、いや、大丈夫だ。

 だったら下から上に投げるような軌道にすればいいのだし。

 これなら投げた物体は、大気圏を突破して宇宙空間におさらばだ。

 俺が全力で真上に物を投げれば、月面に突き刺さってしまうのは異世界で確認済みだ。

 

 適当に、廃車でもブン投げればいいのかもしれない。

 強化付与で耐久度を上げた、一トン少々もの金属塊。

 これにロケット並の加速力が加われば、例えドラゴンとて一撃だろう。

 直撃を受けた瞬間に細かい肉片……どころかほぼ液体となり、地上にはぼたぼたと赤黒い雨が振る。

 それで全てが終わる。


「案外簡単そうだな」

 

 相手が人間ではないし、無駄に図体がでかい。空も飛ぶ。

 だからこそ俺も大雑把な攻撃ができる。

 俺とドラゴンは怪物同士なので、相性がいいのかもしれない。


 そうとも。

 勇者のお仕事ってのは本来、でっかい化物を退治することだ。決して人殺しなんかじゃない。

 これこそ俺が本当にやるべきことだったのだ。


 言葉を話さず、人格を持たず、ただただ強いだけの魔物。

 生き物の形をした災害。

 それを黙々と退治するのだから、なんだか台風や津波に立ち向かっているような気分だ。


「気が楽でいいな」


 自然に漏れた言葉は、ずっと押し殺していた本心だったのか。

 自分で自分の独り言に驚きながら、俺はバス停へと向かった。

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