第105話 ルナティック・ルナティック
「頑張るってお前な……」
「そういうタイミングなのもありますし。……ボーナスタイムと言いますか」
「どういう意味だよ?」
「ちょっと待ってて下さい。今見せますんで」
言うや否や、アンジェリカはポケットから己のスマホを取り出した。
ちょんちょんと画面をタップし、一心不乱になって操作している。
きっと綾子ちゃんに使い方を教わったのだろう。現代機器を扱う姿が中々様になっていた。
とても異世界人とは思えない順応っぷりだな。
なんて若者の学習力に感心していると、アンジェリカの手が止まった。
どうやら目的のものを表示するのが完了したらしい。
「ん」
と一声発し、画面を見せつけてくる。
これは……カレンダー機能?
何かの日付を記録するアプリだと思うのだが、目的がよくわからない。ピンクを多用した可愛らしいレイアウトで、女性向けなんだろうな、というのは伝わってくるのだが。
あれか? もうすぐ出会って何日記念とかいうやつか?
女ってそういうの好きだよな、と呆れたような微笑ましいような、なんとも言えない気分になる。
「なんだこのハートマーク。今日のにも付いてるな。……えっ? すまん、今日ってなんかの記念日なのか? っていうか一昨日から四つくらい連続して付いてるけど、四日も続く記念日ってどんなのだ……?」
「……記念日じゃないです。これは私の……その……」
「その?」
「……日です」
「声が小さくて聞き取れないぞ」
「危険日です! 今の私は危ない日なんです!」
ぴしり、と全身が凍りつく。
「……なんだって?」
「……えっちしたら赤ちゃんが出来やすい日ってことです」
違う、言葉の意味がわからなくて聞き返したんじゃない。
その単語を持ち出す神経がわからなかったんだよ。
何考えてるんだお前!?
便器に座りながら自分の危険日を父親に見せつける娘が、どこにいるんだよ?
ここにいるけど。しかも俺の義理の娘だけど。どうなってんだよこの人生は。
もはや言葉を失うほどの羞恥を感じる俺だったが、アンジェリカもそれは同じらしい。顔真っ赤だし、太ももは尿意を堪えるみたいもじもじ動かしてるし。
当たり前だ。普通こういうのは女の子だけの世界に秘めておくもので、どこをどう考えても男親に伝える情報ではないんだから。
「お、おま……」
「ちなみにあと一週間したらアヤコの危険日に入るんで、その前に抱いて頂けると助かります」
「綾子ちゃんのまで教えなくていい」
「ほんとですか? お父さん、たまにアヤコに熱い視線を送ってるんで、色々知りたがってるのかなって予想してましたけど」
「な、何言ってんだよ。俺が女子高生なんかを異性として意識するわけないだろ」
「主に胸元や臀部にそういう視線を送ってるように見えるんですけども」
どうして俺の盗み見は簡単にバレるのか。
俺がわかりやすい男なのか、それともこいつらの勘が良すぎるだけなのか。謎である。
「……アヤコはお父さんと同じ日本人ですし、可愛いらしい顔してますし、いやらしい目で見ちゃうのもしょうがないのかもしれませんね」
でも負けませんから、とアンジェリカは気合を入れる。
「アヤコより私の方が妊娠しやすいと思うんです。会ったこともありませんけど、私の実のお母さんは九人も子供を産んでますし、姉は二十代のうちに四人も産んでますし」
たしかに多産多死な異世界の感覚からしても、子沢山な家系だ。
性欲強いのは遺伝的なものだったんだなこいつ、と色々腑に落ちた気がしないでもない。
「……血筋がお前を暴走させてるのか」
「暴走じゃないです。至って正常な思いやりです。お父さんはすぐやぶれかぶれになりますから、妻子を持つべきなんです。そしたらもっと自分を大切にするはずです。私のプレミアムえっちデーが終わっちゃう前に、孕ませちゃった方がいいです、絶対」
「危険日を働き方改革みたいに言うなよ」
「孕み方改革です!」
アンジェリカは両手で頬を包み、息を荒くしていた。
どうも自分で自分の発言に興奮しているらしい。システムメッセージもそう告げているし。
一体どんな光景を想像しているんだか知らないが、ほんの数メートルしか離れていないベッドに、綾子ちゃん及びフィリアがいることを意識してないんだろうか?
してないんだろうな。
アンジェリカはそんなやわな娘じゃないからな。
基本どんな時も我が道を行くし、しかもその道はあちこちにいやらしい本が落ちてる。そういうな娘なのだ。田舎の通学路みたいな奴だ。頻繁にエロ本が落ちてるスポットは、小中学生に国会図書館とか名付けられてたりするんだよな。
俺は下らない現実逃避をしつつ、アンジェリカに目をやる。
若干十六歳にして、妊娠させて欲しいと迫ってくる少女。
大人として父親として、ここは叱っておくべきだろう。
いくらなんでも人の道を外れすぎている。お前の農道はラブホに向かってまっすぐ伸び始めてるんだぞ今。
「あのなアンジェ。俺を心配してくれてるのは嬉しいけど、子作りってのはそんな動機でホイホイやっていいもんじゃないだろ」
「……? 暇な時とかもうちょっと働き手が欲しくなった時なんかに、気軽に作るものでしょう、子供なんて」
明治生まれの婆さんが、似たようなこと言ってたぞ昔……。
まあ、生き物としてはアンジェリカの方が正しいのかもしれない。
でも現代人である俺の倫理からすると、許されざる言動なのである。
「お前まだ十六だろ。手をつけるわけにはいかないんだよ」
「十六歳で結婚できるのに、十八歳未満に手を出したら捕まっちゃうんでしたっけ、この国」
「……親御さんの許可があれば問題ないんだが……今は許可があっても不味い風潮だな」
「それ法律がおかしいんじゃないですか? 正直肉体的に子供を作れるようになったら、さっさと赤ちゃん産んじゃった方がいいと思うんですけど」
「いや……その……十代は勉強が本分だから……物覚えのいいうちに色々学んどいた方がいいんだって。子育てよりそういうのの優先度が高いんだよ、こっちの世界は」
「でも私学校通ってないですし」
ああ言えばこう言う。女の子ってのはどうしてこう弁が立つんだか。
単に俺が口下手だけかもしれないが、なんだかずっと喋ってると丸め込まれそうな感がある。
「大体な。俺は子供ができにくい体質かもしれないんだぜ。エルザと夫婦じみた生活してたのに、十五年近く妊娠しなかったからなあいつ」
「ちょうどいいじゃないですか。妊娠しやすい私と、妊娠させ辛いお父さんの組み合わせなら、きっと平均的な確率に落ち着きますよ」
「こういうのってそういう計算じゃないと思うが……」
ていうかもうどう対処を取ればいいのか俺にもわかってきた。
先延ばしにしていた結論を叩きつける。それでいいのである。
「要はお前、俺が自暴自棄をやめれば満足なんだろ。わかったよ病院行くよ。頭のお医者さんに診てもらう。これでいいか?」
「……」
アンジェリカはぱちぱちと目を瞬かせている。
戸惑っているようにも見える。
「なんだよ、まだ何かあるのか」
「いえ……ただ。やけに素直だなーって」
「たまにはそういう日もあるだろうさ」
「んー……」
アンジェリカは上目使いに俺を見上げながら、口を開く。
「ちょっと聞きたいんですけど」
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