第99話 繁殖力
フィリアはじっとアンジェリカの顔を見つめている。
泣き出すかと思ったが、どうも戸惑いの方が大きいようだ。
「お姉ちゃんだあれ?」
と不思議そうに首をひねっている。
俺としても、全く同じ気持ちである。
今のアンジェリカは目元を真っ赤に腫らしながら「お父さんビデが……私のビデが……」と恨みがましくブツブツ繰り返してるので、誰だよこいつと言いたかった。
そんなビデマニアな娘に育てた覚えなんてありません。
というかそれはもう娘ではありません。もっと禍々しい何かだろう。
「ほんとに何も覚えてないんですか?」
そして禍々しい何かことアンジェリカは、ぐい、とフィリアに顔を近付けた。
私ですよ私、と鼻と鼻が触れそうな距離で質問をしている。
いくら異世界時代に面識があったとしても、相手が正気を失った以上、ほとんど初対面みたいなものだろう。
俺だって勇者殿ではなく、お父様という認識で上書きされてしまったのだ。
既にフィリアの頭の中には、神官長だった頃の記憶などない。
案の定、助けを求めるようにしてこちらに視線を送ってきた。
「お父様、このお姉ちゃんがフィリアのお母様なんですか? お父様の奥さんなんですか?」
「えっ……? はい!」
勝手に返事をするアンジェリカだった。
俺の意思を全面的に無視していた。
「まあ。おはようございます、お母様」
「なんだ、前の神官長より良い人になってるじゃないですか。そうですよ、私がお父さんの正妻ですよ。来年には弟か妹を産んであげますからね」
「……ママ?」
「そう、ママですよ!」
いやー話のわかる狂い方でよかったです、とすっかり機嫌を良くするアンジェリカだったが、だから俺の意思はどうなんだと言いたい。
あと凄まじい目つきでアンジェリカ達を睨みつける、綾子ちゃんをどうにかしろとも言いたい。
ていうか家に帰りたい。
逃げたい。
俺に出来ることはなんだろう?
もちろん、現実逃避である。
俺はバスルームに向かうと、便器に腰を下ろした。
うちのアパートと同じく、この部屋もユニットバス形式なので、すぐ横に浴槽が備え付けられている。
あそこにお湯を溜めて、既に三度もフィリアと入浴していると伝えたら、アンジェリカ達はどうなってしまうのだろうか。
考えたくもない地獄絵図である。
絶対バレませんように……と祈りを捧げると、俺はポケットからスマホを取り出した。
ニュースサイトにアクセスし、本格的に暇潰しモードに入る。
フィリアの下の世話が完了するまで、ドラゴン騒動について調べようと思ったのである。
『ドラゴン、五つめの卵を産み落とす』
そして視界に飛び込んできた見出しに、多くね? と感嘆の声を漏らす。
五つ。
五つだと?
ドラゴンにしてはかなりの子沢山に見えるが、これは正常なんだろうか?
「羨ましいこった」
俺とエルザは、中々子宝に恵まれなかった。
あげくせっかく出来た子供を生まれる前に死なせてしまったのだ。
こうもオープンに子沢山っぷりを見せつけられると、ぼやきの一つも出る。
画面をスクロールし、記事の続きを読む。
なんでもオスは周辺の民家を破壊し、バキバキと柱を持ち帰って巣作りに使ったそうだ。
で。家が出来たら、次は食料。動物園を襲撃し、衆人環視の中堂々とゾウを肉団子に変え、巣に持ち帰ったらしい。
独身だらけの東京都民に、これが手本だと言わんばかりのマイホームパパっぷりである。
メスの方も負けじと卵を温め、自衛隊のヘリや戦闘機が接近するたび、火炎弾を吐いて威嚇するなどして過ごしているようだ。
良妻賢母、内助のドラゴンブレス。
これで体長が小鳥程度ならばおしどり夫婦として観光名物にでもなったかもしれないが、残念ながらいつ死人で出てもおかしくない体格ときている。
そのうち人間を食い始めるだろうしな。
今や世間の関心は、ドラゴンの一挙一動に集まっていた。
こいつらは一体、なんなのか。どこからやってきたのか。
識者の導き出した結論は、「何もわからない」だった。
俺はというと、心当たりがないわけではない。
あのドラゴンは異世界からやってきた。そこまで簡単に予想出来る。
問題は誰が、どのような目的で送り込んだかである。
召喚術の権威であるフィリアが壊れてしまった現在、地球に大型モンスターを送り込める人材などそうそういないはずだ。
となると俺がいたのとは、別の異世界からやってきたのかもしれない。
カナがいたアクアラなる次元か、はたまたこの前のゴブリンどもがいた、ガイアラなる次元か。
あるいはフィリアが発狂する前に喚び出していて、それが放し飼い状態になった結果がこれという線もある。
……その場合、俺は首都を大混乱に陥れた女を匿っていることになる。
本当にどうしようもないやつだな、と自分で自分が嫌になる。
「やっぱりフィリアが喚んだのか、これ」
ふう、と息を吐きながら、腰を上げる。
そろそろ済んだ頃合いだろう。
そっとバスルームの外に出て、寝室に戻る。
するとベッドの上で涙を流すフィリアと、顔を赤くしながらフィリアを羽交い締めにしている綾子ちゃんと、半泣きで己の体を抱くアンジェリカという、あまり何があったのか聞きたくない光景が広がっていた。
「……よし。おむつは無事外したようだな。二人ともありがとう」
「何があったか聞いて下さい!」
綾子ちゃんの上げた金切り声に、俺は渋々返事をする。
「……三人で何やってたの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます