第98話 業界事情

「産んだのか」


 俺はスマホの画面に目をやりながら、部屋の鍵を開けた。

 ドラゴンが、産卵。


 交尾してからほんの数時間たらずの出来事なのだから、あまりにも早い。

 その代わり発情期が数十年に一度しか来ないそうなので、それでバランスが保たれているのだろう。

 空をドラゴンの大群が埋め尽くしたなんてのは聞いた覚えがないし、増えすぎたりはしないはずだ。


 俺はモンスターの専門家ではないので、断言は出来ないが。


 こういうのはフィリアが詳しかったんだがな、となんとも言えない気分になる。

 お前が正気なら、何かしらアドバイスでもくれたんだろうか?

 それとも皮肉の一言でも言ってきたのだろうか?


 俺は部屋の奥へと進み、ベッドの上に膨らみに近付く。

 毛布をめくると、胎児のように丸くなって眠るフィリアがいた。

 静かに寝息を立てて、無防備な寝顔を晒している。


 起こすのも悪いし、寝ている間に済ませてしまおうか。

 

 俺はアンジェリカに、鍵を閉めるよう声をかけた。

 施錠が済んだのを確認すると、フィリアの両脚をぐいっと持ち上げる。


「……何してるんですか?」

「ん? おむつ外そうと思ってな。どうせ夜中に漏らして蒸れてるだろうし、拭いてやらないと」

「――」


【パーティーメンバー、神聖巫女アンジェリカの独占欲が9999上昇しました】

【パーティーメンバー、大槻綾子の独占欲が9999上昇しました】


 瞬間、風の速さで側面に回り込まれ、二人の女子に取り押さえられる。

 右手はアンジェリカ、左手は綾子ちゃんにがっちりとホールドされ、なにやら弾力のある物体に挟まれている。


「今の動き、なんだ? いつからこんな高度な体術を身に付けたんだ、お前らは」

「……インプラントです。先天性です。生まれつきこの機能は埋め込まれてます」

「眼の前で好きな人が他の女の下半身を弄ろうとしたら、大概の女子は韋駄天になりますよ、そりゃあ」

 

 息の合ったコンビネーションを見せる、ファザコン娘二名。

 腕力では絶対に勝てるはずなのに、動くとひじがめり込む凶悪な膨らみによるロックで、俺が暴れるのをメンタル面から妨害している。


「いくつか質問があるんですけど、いいですか」


 アンジェリカは緑の目に妙な迫力をたたえながら、質問ならぬ詰問をぶつけてきた。


「なんだ」

「神官長のおむつを替えたあと、拭くっていいましたよね? 具体的にどんな風に拭くつもりだったんですか?」

「そこのウェットティシュで汚れを拭き取るだけだが」

「……あのしっとりした紙で、お父さん自らがふきふきするんですか」

「それ以外にどうやるんだよ?」


 アンジェリカの視線は、枕元に置かれたウェットティッシュのケースと、俺の指先を何度も往復している。


「……いつもそうしてるんですか?」

「いや。今は寝てるから、音を立てない方法にしただけだ」

「で、ですよね。普段はもっと雑で事務的で、愛のないやり方で綺麗にしてるんですよね」

「こいつが起きてる時は、風呂場に連れてってシャワーで洗ってる」

「は」


 アンジェリカの表情が凍りつく。


「……今なんて?」

「だからシャワーを使うんだって。石鹸つけてさっと流してタオルで拭いて、それで終わり……ってなんで泣いてるんだよお前!?」

「だって……だってそんなの、実質ビデじゃないですか……人力ビデじゃないですか……父親にお水で股を洗って貰うなんて、究極の愛情表現じゃないですか……」


 お父さんが寝取られたぁ、とアンジェリカは泣き崩れる。

 端正な顔をくしゃくしゃにし、おいおいと声を上げて泣いていた。


「中元さん、今のは不味かったですよ……。父親とビデって、女の子の好きなものの一位と二位と言っても過言ではないんですから。それを同時に別の女に奪われたとなると……」


 などと綾子ちゃんは真剣に解説してくれるのだが、逆にもっとわけがわからなくなるという不思議な状況に陥っていた。

 世の女性達は、そんなにビデを好むものだったか……?


「私も聞いていいでしょうか」

「な、なんだよ」


 綾子ちゃんは上目使いに俺を見上げながら、おずおずとたずねてくる。


「……フィリアさんのおむつを脱がせて、綺麗にしたあと、その……ベビーパウダーをポフポフとかはしてないですよね……?」

「するわけないだろ。本物の赤ん坊じゃないんだから」

「……よかった……粉童貞までは奪われてないんですね……」


 歪んだ造語を口にしながら、ほっと安堵の息を吐く綾子ちゃん。

 どうやらこの業界では父親におむつを穿かせて貰ったり、股間にベビーパウダーを叩きつけられたりするのは、ブランド力の発生する行為らしい。

 よくわからないし、わかりたくもないのだが。

 そもそもその業界自体が違法なのではないか、という疑念がむくむくと生じ始めているが。


「……お父さんはもう神官長のこと触っちゃ駄目です。下の世話は私達でやるんで」


 じろり、と涙目のアンジェリカに睨みつけられる。

 半泣きの女の子に逆らえる男など、いないのである。

 俺は大人しく引き下がると、両手を上げて降参のポーズを取った。


「あとで神官長にしたのと同じこと、私にもして貰いますからね」


 ぷりぷりと頬を膨らませながら、アンジェリカは手際よくフィリアのおむつを脱がせている。

 慣れたものである。ひょっとしたら、神殿で子供か老婆の世話でもする機会があったのかもしれない。


 これなら家にフィリアを連れ帰ってもなんとかなるかもなあ、と胸を撫で下ろしていると、


「……お父様?」


 ぱちりと、件の神官長様が目を覚ました。

 両足をがばりと広げられ、若い神聖巫女の腕がスカートの中に突っ込まれた状態で。

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