第95話 生命の営み

 なにやらのっぴきならない事態が起きているらしく、アナウンサーが猛烈な勢いで実況を始めていた。

 またブレスでも吐かれたのか? と先日の出来事を思い返していると、


「お父さん!」


 とアンジェリカが声を張り上げた。


「どうした?」

「これ。とりあえず見て下さい」

「……死人が出そうなのか?」


 一旦火を止めて、リビングに戻る。

 テレビに目を向けてみれば、都庁舎屋上を我が物顔で占拠する、二匹の龍がズームされていた。


 二匹。


 そう、数が増えている。

 しかもそれだけではない。

 大柄な方が小柄の方の背にまたがり、犬のマウンティングのような構図になっているのだ。


「私の目には、交尾に見えますね」

「俺の目にもそう見えるな」


 アンジェリカは食い入るようにドラゴンのペアを見つめている。


「やっぱりこの二匹は、父親と娘なんでしょうか。子作りするくらいですし」

「そこは普通に夫婦だろ……」


 人間ならともかく、動物の交合など見せつけられたところで、誰も興奮したりはしないだろう。

 あるのは気不味さと、生物って凄いなあという感嘆のみだ。


「……お父さん」

「なんだ?」

「ドラゴンって交尾したあと、何するんでしたっけ」

「巣作りだな。メスが産卵するための場所作りにとりかかるはずだ」

「ですよね……。で、それも済んだら……」


 ――オスはメスに栄養をつけさせるため、食料の確保に移る。


「……ドラゴンの腹を満たせるような生き物なんて、そうそういない」

 

 ましてや、巣をこしらえた場所が東京なのである。

 周辺に大型の野生動物を見つけられなかったドラゴンは、どのような行動に出るだろう?

 おそらく動物園や牧場、競馬場などを襲うのではないか。


 そしてそこにいる獲物を一通り食い終わったら、次は人間が狙われる番だ。

 

「あんまり時間が残されてないってわけだ」


 ゴブリン退治が終わったと思えば、今度はドラゴン狩り。

 これじゃ異世界時代とほとんど変わらない。

 相変わらず勇者様は大忙しだ。


 朝食を食べ終わったらまっすぐに都庁舎に向かって、それからフィリアの様子を見に行こうか?

 ……いや、フィリアが優先だ。おむつを外して、下半身をさっと洗って、朝食を食わせる。

 二時間もかからないし、さすがにそれくらいの猶予はあると思いたい。

 ドラゴンはそのあとだ。


 最近の俺、無報酬で休むこと無く魔物退治してるしな。

 たまに遅れてもよくないか、という気持ちがある。

 そろそろ一人で化物退治をすることに、疲れてきたのだ。

 

 現代文明の力があれば、モンスターの一匹や二匹、自力で撃退出来るかもしれないし。

 

 そうやって俺が世間の善意や底力に期待していると、画面の中のドラゴンが悠然と舞い上がった。

 きっと巣の材料となる木材を探しに行ったのだろう。

 可愛らしい小鳥と違って、樹齢数十年の樹を根っこから引っこ抜いたりするので、また一騒動起きそうである。

 

「新婚夫婦のマイホーム作りか。見せつけてくれるよな」


 俺は基本的にカップルを見ても、微笑ましいとしか感じない人間だけれど。

 今回ばかりは、場所を考えろと言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。



 俺達がホテルに着くと、時刻は午前九時半になろうとしていた。

 フィリアはまだ寝ているかもしれない。

 

「神官長と直接話すのって、久しぶりなんですよね」


 アンジェリカはやたらと深呼吸を繰り返している。

 緊張しているのだろう。顔には汗も浮かんでいる

 もっとも汗の方は、単に暑がっているだけかもしれないが。

 日本は異世界に比べると気温が高いので、アンジェリカからすると冬だという感じがしないらしい。


 ちなみにそういった事情で、やたらと薄着になりたがる傾向にある。

 今日のアンジェリカの服装は、上がニットセーター、下が膝丈のキュロットスカート。

 日本の女の子なら秋物でも通じるコーディネートだ。


「中身は別人になってるから、世間話なんて期待しない方がいいぞ」


 言って、俺は自動ドアを通った。

 すぐ隣を、綾子ちゃんがうつむきがちに歩いている。

 こちらはアンジェリカとは違い、根っからの日本育ちかつ冷え性である。

 

 厚手のハイネックリブセーター……いわゆる縦セーターの上にコートを羽織り、下はロングのフレアスカートで厳重にガードしている。

 常にこんな格好をしているのだとすれば、そりゃあ日に焼けたりしないわな、と風呂上がりの真っ白な肌を思い浮かべる。

 ほんのりと朱に染まった、熟れる前の白桃のような肌。


 なんでそんなに鮮明に綾子ちゃんの肌のイメージが浮かぶのかと問い詰められたら、俺は逮捕されるしかない。

 見る気はないんだけど、どうしても一つ屋根の下で暮らしてるとそういう場面に出くわす機会があってだな。

 

 バスタオル一枚でうろうろされるの、止めて欲しいんだよな正直。

 わざとやってんのか? と一度聞いてみたら「はい」と断言されたし。

 

 俺は何を期待されてるんだろう……。


「中元さん」

「えっ、綾子ちゃんのセーターの下なんか想像してないけど……?」

「それは想像してて下さい。そうなる方向に誘導してますから、私としても本望です。それよりもドラゴン騒ぎですけど、進展があったみたいですよ」

「今誘導って言ったよな?」


 俺の質問に一切答えず、綾子ちゃんはスマホの画面を見せつけてくる。

 ネットニュースのサイトだ。

 簡潔な見出しだが、インパクトのあるフレーズを持ってきている。


『ドラゴン、産卵』

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