第81話 畜生道

 アンジェリカと話し込んでいるうちに夜は深まり、気が付けば就寝時刻になっていた。

 いつ敵が仕掛けてくるかわからない状態で、無意味な消耗は避けるべきだろう。


 途中からどうやって神官長を倒すかではなく、アンジェリカとリオのどっちが好みなのか教えて欲しいなどという壮絶な話題に切り替わったし、俺はもう寝るのだ。

 答える義理はないし、どう答えても待っているのは破滅だし。


「あっ! 逃げるんですか!」

「……これは勘だけど、顔はあたしがタイプだけど体はアンジェリカって感じの反応だったね」


 なんも聞こえねーし、と強がりながら電気の紐を引っ張り、強引に消灯。

 勢いよく布団に入り、毛布を体に引き上げた。

 ちなみに俺は部屋の真ん中に敷いた布団に寝転がり、廊下側にアンジェリカ、窓側がリオという並びである。

 女の子二人に挟まれる形で川の字だ。


 なんで真ん中なのかといえば、俺の取り合いになったからである。

 アンジェリカもリオも俺とくっついて眠りたがったので、必然的に俺は中心行きとなったのだ。

 一番大切な、俺の意思は無関係だった。


 つらい。

 とてもつらい。


 この状態で寝れるわけないし。

 右腕はアンジェリカに胸にホールドされ、左腕はリオの足に挟まれている。

 

 厳戒態勢だというのに、まるで緊迫感のないやつらである。

 あるいは怖いから俺に擦り寄ってきてるとか、そういうやむを得ない事情があるんだろうか?

 

 体の両側から漂ってくる甘ったるい香りに、じわじわと思考を侵食されていく。

 この状況で神官長に襲われたらやばいよなぁ……と危機感を覚えてみたり。


 そうやってそわそわしていると、左隣のリオが言葉を発した。


「あのさ」


 凛とした声。たるんだ部屋の空気を、ナイフで切り裂くかのようだ。

 

「なんか殺すとか自殺するとか言ってたけど、あれ全部本気なわけ?」

「そうだ」

「ふうん」


 嘘でしょ、とリオは言い切った。きっぱりとした口調だった。

 

「あたし中元さんのことは今を生きる本物の畜生だ、ってビビっときたから目をつけてたんだけど、どうも違うんじゃないかって思えてきたんだよね」

「……なんで畜生と思ってるのかについて詳しく聞きたいんだが」

「これはうちの親の話なんだけどさ」

「畜生の件について語ろう」


 リオは俺の振った話題は華麗にスルーして、淡々と続ける。


「あたしの母さんって、男が途切れたことないんだよね。あたしが物心ついて以来、ずっと誰かと付き合ってるか籍入れてる。今だってそう。とっくに権藤の次の彼氏が見つかってる」

「おふくろさんモテるんだな。美人なのか」

「そこそこ整ってるけど、でもそれだけじゃないよ。上手いんだと思う」

「何が?」

「男と寝るのが」


 生々しい告白に、どう返せばいいのかわからなくなる。


「実際、そういう店に働いてた時期もあるしね。ある意味プロでしょ」

「そ、そうか」

「でもさ。母さんって男とするのは得意だけど、好きではないんだよね、多分。だって母さんの手首、リスカ痕だらけだもん。男と体の関係を持つたび、傷が増えてくの。見てて辛いけど、母さんは恋人を繋ぎ止めるには肌を重ねるのが一番だって理解してるから、やめないだろうね」

「お前それ……」

「別に家庭の不幸を聞かせて、同情して欲しいとかじゃないから。気にしないで。母さんはあたしじゃ救えないし。いつかちゃんとした男の人と付き合えるまで、ずっと続けるんだろうから。えーっとあたしが言いたかったのはね」


 中元さんも同じなんじゃない? とリオは言う。


「同じ? 俺とおふくろさんとか」

「そ。怒んないでね。母さんね、本当は体目当ての男なんか好きじゃないんだよきっと。そんなことよりもっと内側を見て欲しいって思ってるの。意外と乙女なんだよね。本音じゃプラトニックな恋愛がしたくてしたくてたまらないはず。でも向いてないから、やんないの。ってかやれないんだろうね」


 リオは呟く。好きなことと得意なことが噛み合わないのって不幸だよね、と。


「中元さんって、本当は喧嘩とか暴力とか、好きじゃないんじゃない? でもそういうのが向いてて、誰よりも強いから、嫌々化物退治みたいなことしてる。そんな風に見えるんだけど」

「……なるほど」


 図星だった。

 中々の観察眼と言えよう。


「たまーにね、母さんの連れてくるヤバイ彼氏の中には、心の底から暴力を楽しんでるタイプのやつがいるし。そういうのは見ててわかる。母さんを殴ってる時、明らかに興奮してるもん」

「……そのヤバイ彼氏みたいなのが、お前の理想の男なのか」

「は? なわけないじゃん」


 中元さんは畜生男の理想形を全然わかってないよね? と急に声が鋭くなる。


「あのさあ……子供の頃から腕力自慢で喧嘩ばっかしてました、みたいな男ってただの野獣じゃん。動物じゃん。そんなのにぶたれても、犬に噛まれるのと変わんないから。あたしは人間の男に躾けられたいわけ。格闘技とか習って後天的に強くなった人なんかがいいの。ひょろい農家の青年が、従軍経験ですっかり鬼と果てました的な昭和一桁オヤジとか。わかるでしょ?」

「全くわからん」

「なんで伝わらないかな? だからさ、強さと厳しさの中に、きらりと輝く一滴の優しさを見たいの。本物のサイコパスになぶられたいとかじゃないんだってば。門限を破った娘の頬をビシバシ叩くけど、後で『ちょっとやり過ぎたかな……』と後悔しながら一人酒しちゃうみたいな。あたしはそんな頑固親父のギャップに悶えながら、赤く腫れた頬に愛を感じたいの」


 ツンデレ萌え……みたいなものなんだろうか? 


「叩かれるのがいいってのは理解できないが、本当は優しいけど厳しい男親がいいってのはまあ、少しわかるかもしれん」

「でしょ? で、夜中の二時にその体罰親父が娘の布団に潜り込んで、ごめんなって囁きながら処女を奪うと。こういうラブストーリーをかましてくれるのが理想の男なわけ」

「そいつ本物の外道じゃん」


 いきなり全部共感できなくなったわ、と呆れ果てる俺である。


「私は途中までさっぱり入り込めませんでしたけど、ごめんなって囁きながら娘の処女を~の下りでようやくちょっとだけ感情移入に成功しましたね」


 突然、アンジェリカが会話に割り込んできた。

 どうやらちゃんと聞いていたらしい。


「普通に優しいパパの方が好きですけど、でも口論のあとに処女を奪ってくれるのはいいですね」

「あんたいいセンスしてんじゃん。ほら? ほらぁー? 二対一だよ? これは中元さんがおかしいんだってば」

「お父さんはそういうとこ古いですよね。正直どうかと思いますよ。娘っていうのは、お父さんの赤ちゃん産むために二次性徴が始まるんですよ」


 マジかよ……。

 娘を抱く親父に拒否反応示したら、十代女子二名にそれはおかしいと責められてるんだけど。

 頭がおかしくなりそうだ。


「なんか話題めっちゃ飛んだな……なんでだ……なんの話してたっけ俺ら……?」

「んーと。……そう! 中元さんはちゃんと理性と情を持った上で、苦しみながら鬼畜を貫いてくれるから、あたし好みってこと」

「そうかよ……」

「で、根っこの部分にすごい甘い部分を感じるから、ほんとにあの女を殺すのかなーって。神官長だっけ? 多分あいつのこと、自殺もさせないでしょ。生きたまま監禁とかもやんない気がする」

「買い被りだな」


 俺は神官長を仕留めるよ、と言い切る。


「ほんとかな」

「俺ほど非道なやつはいない」


 自分の子供だって殺したくらいだしな――

 そんなことを思い出したところで、カッ! と窓の外が白く光った。

 

「――なんだこりゃ」


 あたかも夜空に急に太陽が出現したかのような、強烈な光だ。

 暗闇に慣れかけていた目が、猛烈な痛みを訴えかけてくる。


「……神官長か?」


 俺は咄嗟に窓を開け、あたりを見回した。

 どうも光は上方から降り注いでいるようだった。


 ならばと上空に目を向ける。

 するとそこには、獣の腹と足が浮かんでいるのが見えた。


 馬だ。輝く光を放つ、見事な白馬。

 両脇に鳥の翼が見えるので、天馬ペガサスだろう。

 それが、家の真上で静止しているのである。

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