第80話 混血! 混血!

 よしとけ、と俺は答える。


「どれも人の道を外れてるから、知らない方がいい」


 にじんだ緑の目が、心配そうに俺を見上げてくる。

 ここまで思われているのに、何も教えないのはかえって酷かもしれない。

 だがそれでも、言いたくないものは言いたくないのである。


「そんなに酷いんですか?」

「ああ」

「だったらなおさら、お父さん一人に無理させたくないです。もしかしたら私にも何か手伝えるかもしれませんし」

「お前に人殺しを手伝わせるのは気が進まないんだが」


 リオは布団を敷きながら、横目で俺達を見ている。

 いかにも聞き耳を立てていそうだ。


「……じゃあ、神官長を殺すってことですね。説得でも封印でもなく。……あれ? あの人って、殺されても生き返るんですよ、ね」

「そうなるな」

「じゃあどうやって?」

「自殺や事故死ならあのスキルは発動しないそうだ」

「自殺……」


 アンジェリカは一気に表情が暗くなる。性格的にも信仰的にも、許容し難い手段なのだろう。


「あの神官長を、自死に追い込むんですか?」

「なんでも俺が自害したら、後追い自殺してくれるんだとよ。向こうからそういう交換条件を持ちかけてきたんだ」

「……病んでますね……」

「だろ?」

「その条件に応じる気……ないですよね?」

「当然だ。神官長の言葉はいまいち信用ならないからな。先に俺だけ自殺させて、自分は平然と生き続けるつもりかもしれない。もしそうだったとしたら、俺が不在の地球に最強の悪女を放つことになる」

「そうですよ! お父さんが自分で自分を殺めるなんて、絶対に駄目です!」


 戦闘は常に最悪を想定して動くべきなのだ。

 神官長に死ぬ気は一切ない、と思って行動した方がいいだろう。


「要は神官長だけを自殺させればいいってことだ。難しいが、やれなくはないと思う」

「……きっと悲しい方法なんでしょうね」

「そんなしょげるなって。ちゃんとあいつを生かしたたまま封印するプランも考えてあるから」


 途端、アンジェリカはぱっと顔を輝かせる。


「なんだ……ならそれを手伝わせて下さいよ! そうですよ、いくら今は悪人だとしても、昔の仲間を死なせるなんて駄目ですよ。お父さんのことだから、絶対自分を責めちゃうに決まってますし」


 あんな人でも、生きたまま解決出来るならそれが一番です、とアンジェリカは両手を組んだ。

 神に祈りを捧げるかのようなポーズで、目を閉じている。口元には淡い笑み。

 聖母像の如き神々しさに、思わずたじろいでしまう。


「……神官長って多分、お前に大量の悪霊を憑依させた張本人だぞ。なのに死なない方がいいって思ってるのか」

「ええ」

「なんでだ? あいつと俺のなれそめを知って、同情してるのか? それとも信仰が理由か? どんな命にも価値があると神様が言ってたから的な」

「えっと……さっき言ったじゃないですか? お父さん、あの人を死なせたら後悔しそうですし。だからですよ」

「……つまり俺が精神的なダメージを受けるくらいなら、アンジェリカを痛めつけた女でも死なない方がましだと。本気でそう考えてるのか」

「はい!」


 がくりと、膝から崩れ落ちる。

 俺はこんなにも一途に愛されているのに、なんて手法を取ろうとしてたんだ、と自己嫌悪でいっぱいになる。


「……すまんアンジェ……すまん……」

「どうしたんですか急に!?」


 おろおろと慌てふためくアンジェリカに、俺は懺悔する。


「……すまない……俺はその……また分裂しようと思ってた」

「……なんで、って聞いても大丈夫ですか」


 神官長の四肢を切り落とすだの、声帯を焼き切るだの脊髄を痛めつけるのだの、猟奇的な表現は伏せて告げる。


「えっとな。方法は言えないが、俺は神官長を生きたまま弱らせる手段は持ってるんだ」

「弱らせる? デバフか何かですか」


 アンジェリカは清い心から湧いてきただろう発想を口にする。

 手足ぶった切ればいいじゃんなんてアイディアは、このピュアな少女の脳からは絶対に出てこないのである。

 

「ま、まあそんなもんだ。実際デバフも使うし。とにかく色々やって神官長を弱らせるんだが、これはこれでネックがある。神官長のHPは23000を超えてるからな。放置すると自然に回復して、自由に動き回れるようになってしまうんだ」

「……それで、分裂したお父さんの出番ってわけですか」

「そういうことだ。増殖した複数の俺が交代で見張って、定期的に神官長を弱らせるんだ」


 つまりこれから一生、あの女の脊髄を破壊したり声帯を潰したりを、ライフワークとするのである。

 

「まさか神官長が寿命を迎えるまで、ずっとですか」

「そうしたいんだが、困ったことにあいつに寿命はない。錬金術で加齢を止めているらしくて、二十九歳から歳を取らないんだ」

「……どうりで異様な若作りだと思いました……えっ? でもそれじゃどうするんですか? お父さんがヨボヨボのお爺さんになって、天に召されちゃったら、誰が神官長を見張るんでしょうか? あの人を取り押さえて弱らせることが出来る人材なんて、お父さん以外にいないですよ?」

「そこはまあ、俺の子孫に任せる」

「……お父さんの子供達……」


 なんと壮大な、とアンジェリカはため息をつく。


「けれど困ったことが一つあってな。俺の次の代からは、神官長を自力で弱らせるのがかなり難しくなるんだ。なんたってあいつは防御力15700、魔法防御は77000もある。地球上のどんな兵器を用いようとも、通用しないだろう。モンスターのいないこの世界じゃ、レベルアップしてステータスを引き上げるのも絶望的だろうし」

「じゃあやっぱりお父さんが老衰しちゃったら、おしまいなんじゃあ……?」

「そうならないように、手を打っておく。幸い両親のスキルは、いくつか子供に引き継がれる。俺の神聖剣スキルさえ遺伝すれば、希望はあるだろう。こいつは低レベルのうちからかなりの火力が出たし」

「一ついいでしょうか」

「なんだ?」


 アンジェリカはおずおずと手を上げた。授業中に質問する時のようなモーションだ。


「さっきから子孫子孫言ってますけど、お父さんは誰と子供を成すつもりなんですか?」

「……」

「お父さん?」


 それが一番言いにくいのである。


「……あの……な? 神官長の監視につく一族を作り上げるとなると、母親もそれなりの潜在能力を持ってる人がいいんだろうな、とは思ってる」

「それって私ですよね? ね? なんたって私、高ステータスの神聖巫女ですもんね? 私との間に赤ちゃんをいっぱい作って、その子達に神官長の封印を任せるんですよね?」

「……すまん……すまん……交配の候補は……アンジェではないんだ……。……お前が好みじゃないとかでなくて……むしろ異性としては全然ありなんだが……何を言ってるんだ俺は?」

「だ、大丈夫です、普通に嬉しいです、続けて下さい」

「えー、とにかくだな、神官長の弱体化、及び監視に特化した一族を作るとなると、別の子を選ばざるを得ないんだ」


 あまりの罪悪感に、自然と声量が落ちてしまう。


「……一体、誰と子供を設けるんです……?」


 これを言うのは俺としても辛いのだが、今は全てを白状して赦しを乞いたかった。


「……綾子ちゃんだ」

「……理由を聞かせて頂いてもいいですかね」

「その、な? 綾子ちゃんは闇属性魔法の高い素質を秘めてる上に、この世界で唯一、デバフスキルを持ってるだろ? これが子孫に受け継がれたら、何代にも渡って神官長の防御力を引き下げることが出来る。……なので俺と綾子ちゃんとで、子供を作りまくる。それで神聖剣とデバフを引き継いだ子供が生まれれば、安泰だ。獲物の体を柔らかくした上で、最強の矛を用いるんだからな。さすがにこれならレベル上げが絶望的な子孫達でも、どうにか神官長の体を加工……無力化出来ると思う。あとは人類が滅びるその日まで、俺と綾子ちゃんの血が入ったハイブリッド戦士達が、神官長を生かしたまま監視し続ける」

「し続ける、じゃないですよ! もー!」


 怒り心頭、といった様子でアンジェリカは頬を膨らませている。


「やたらスケール大きいですしお父さんの子孫にかかる負担が大きすぎですし、なによりお父さんが私以外の子とえっちするのが一番駄目!」

「わかってるよ! 最悪の選択肢の一つで、実行に移そうとは思ってないから! 綾子ちゃんが子孫を残すのに応じてくれるかもわかんないし!」

「応じるに決まってるじゃないですか! アヤコは一日中お父さんの赤ちゃん一ダース産みたいって呟きながら家事してるんですから!」

「俺がいない間、アパートの中ってそんなことになってんの?」


 超怖いんだが、と寒気を感じる。

 己の体を抱いてブルブルやっていると、アンジェリカがジト目で質問、いや詰問をしてきた。

 

「段々聞くのが怖くなってきたんですけど、他にはどんな方法を思いついたんです? もっとちゃんとしたのがあるんですよね?」

「……まあな」

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