第76話 終わりなき蘇生

 こんなの反則じゃないのか、と思わず口にしそうになる。

 だってこれは、俗な言い方をすれば自動コンティニュー能力だ。

 戦いの結果をいとも簡単に覆す、破格のスキルと言えよう。


「まさか飲み込むとは思いませんでした……。こうなると勇者殿には、遅くて重い飛び道具は効かないと考えてよさそうですね」


 神官長は眉を上げ、しきりに感心している。


「お前こそこのスキルはなんだ? これって要するに、戦闘じゃ死なないって意味だろ」

「あっ。スキル詳細を解読し終わったのですか」


 全部バレちゃいましたね、と神官長は舌を出す。

 この人格破綻者は、俺に関心を向けられると無条件で喜ぶのだ。

 例えそれが、戦闘中の分析に過ぎなくとも。


「そうですね。あまりこのような呼称は好みませんが、『チート能力』だと思います。貴方がよく使っていた単語ですから、覚えてしまいました。……懐かしいですね。召喚されたばかりの貴方は、よく『テレビゲーム』の話をしていましたね? こちらの世界の娯楽なんでしたっけ?」

「昔話をしに来たわけじゃないんだろう」


 神官長は残念そうな顔を見せる。

 もっと話したいのに、と目が告げていた。

 戦いたいのか構って欲しいだけなのか、判然としない。もしかしたら、その両方なのかもしれないが。


「若人は、せっかちです」

「俺はもう三十ニだぞ。若くはない」

「私の中ではいつまでも、十五の少年なんですよ。……じらされるのは苦手なようですし、本題に入りましょうか。スキルの取得には、一定の条件があります。クラスの他に、その者の個性や願望も影響を与えるのですよ。貴方が我が子を殺めたあと、父性スキルを授かったように。私もまた、貴方がこの世界に帰ったあと、この技能を授かったのです。後悔と自責をきっかけとした、呪わしいものでしたが」


 神官長は両手を広げて続ける。


「もっとよい父親になりたかったと懺悔した貴方は、父性スキルに目覚めた。私は貴方がエルザ殿と出会う前に戻りたいと願ったゆえ、時間逆行のスキルを得た。健気だとは思いませんか」


 それくらい勇者殿を欲していたのですよ、と笑顔を向けられる。


「このスキルを得てからというもの、私は初戦ではわざと殺されるようにしています。相手のリーチや攻撃パターンを把握するためです。二戦目からは、本気を出します。貴方はあちらの世界にいた頃より、身体能力が上がったようですね? でも、光剣の射程はほとんど伸びていません。肝心の技量に至っては、以前より少し鈍ってるのではないですか」


 余計なお世話だ、と俺は強がりを言う。

 勝算なんてこれっぽっちもないのに、口だけは達者なのが俺という人間だった。


「昔の貴方は、もっと剣に冴えがありましたよ。他に強力な生物のいない環境なのがよくないのでしょう。ぬるま湯はあらゆる種族を弱体化させます。そう、地下ゴブリンのように。貴方も知っての通り、最強のゴブリンというのは火山周辺に住む亜種です。どんな生物も、過酷な環境でこそ輝くのでしょう」


 異世界で死闘を演じる貴方は美しかった、と神官長は語る。


「ゴブリンをですね、もう二万体ほど召喚する用意が出来ているのですよ。ついでにドラゴンやデーモンも喚びましょうか」

「無理に決まってる。はったりをぬかすな」

「そうでしょうか? 貴方も気付いてるのでは? こちらの世界の方が重力が小さいですし、空気中を漂う魔力も豊富ではありませんか? おかげであちらでは高等技能だった召喚術を、気軽に繰り返せるんです。私がその気になれば、地球を地獄に変えられるでしょうね。もっとも、そうなっても貴方だけは生き延びるのでしょうが」

「……ふざけるな」


 怒りに駆られ、渾身の一撃を頭部にお見舞いする。

 無意味だとわかっていても、手が止まらなかった。


「……がふ……っ」


 神官長の頭は砕け散り、びちびちと赤い水を床に撒き散らす。

 びくびくと跳ねる首なしの体、廊下を転がる眼球。

 俺は返り血にまみれながら、死体を見つめる。


 人からモノになった神官長を眺めていると、耐え難い虚しさを感じる。

 死ななくなってしまった昔の仲間を見るのは苦痛だし、どうせ死なないからと破壊した自分も嫌になる。


「……この肉塊が、俺が昔好きだった女か」


 そして、再び時間は巻き戻る。

 生理的な不快感を催す時間移動が発生し、全ての行動が無に帰る。


「糞ったれ!」


 俺はまたも浴室の前に立っていた。

 目の前には無傷の神官長がいて、居間ではリオとアンジェリカが騒いでいる。


「お父さん、あっちで何か見つけたんでしょうか?」

「馬鹿、動かない方いいって!」

 

 ついさっき聞いたばかりのやり取り。繰り返される世界。三週目の世界。

 俺は愕然とした思いで、神官長に目を向けた。

 数秒前にかち割った顔は、傷一つない状態に戻っている。


「取引しませんか、勇者殿。貴方が大人しく殺されてくれるならば、私はこの世界に魔物を召喚するのはやめにします。もちろんちゃんと、貴方のあとを追って自殺してあげますよ。時間逆行は、他殺以外の死因だと発動しませんからね。どうです? 悪い条件ではないでしょう?」


 神官長は首を傾けながら、俺に語りかけてくる。


「お前と心中しろってのか」


 異世界では、宗教的に自害が禁じられている。

 この神官長の信仰している一神教と、アンジェリカの信仰している多神教、そのどちらでもだ。

 なのにこいつは、平気で後追い自殺を口にしている。

 宗教界のトップに立つ身でありながら、何度も何度も。それほどまでにこの女は壊れているのだ。


「そうなりますね、はい。私は貴方と、情死したい……」


 神官長は、少し照れたような顔で言った。

 頬を赤らめ、全くこの場にふさわしくない面持ちをしている。


「どうします、勇者殿? 貴方はいつだって大衆の味方。そうでしょう? 無関係な人間を死なせたくないですよね? 故郷をダンジョンに変えられたら、嫌ですよね?」


 光のない目で、神官長は手を差し出した。握手でもするみたいに、気軽な調子で。

 俺は。

 俺は――


「やりたきゃやればいいさ。あいにく今の俺は、死人を生き返らせることが出来るんだ。あそこにいるエルザのようにな」


 俺の選んだ答えは、「ハッタリをかます」だった。

 卓上のリオを指差し、精一杯の虚勢を張る。

 少しでも余裕を感じさせるよう、舐め腐った態度で唇を歪めたりもする。


「……やはりあれは、エルザ殿なのですか」

「決まってるだろ? よく見ろよ、若い頃のあいつそのものじゃないか」


 神官長は視線を俺とリオの間で往復させ、何やら思案し始めた。

 思い込みの激しい性格に、俺への過大な期待。

 それらが上手いこと噛み合って、俺が蘇生能力に目覚めたと誤解しているらしかった。


 人間はなんでも己の尺度で物を測りがちだ。

 神官長は自分が中年に入ってから新しいスキルに目覚めたため、他人もそうなっておかしくないと考えているのではないか。


「お前が何人の地球人を殺そうが、片っ端から蘇らせてやる。言っておくが、俺の蘇生はぶっ壊れ性能だぜ。あの通り、全盛期の年齢で生き返らせるんだからな。無差別殺人なんかしてみろ、俺に強力な援軍を与えることになるだろうさ」

「……まいりましたね」


 ステータス鑑定は召喚勇者しか行えないため、神官長に俺の能力を確かめる術はない。

 直感と状況判断に、全てがかかっているのだ。


 騙されろ、騙されろ、騙されろ騙されろ。


 そもそも時間逆行前の戦闘で、神官長は勝手にリオをエルザと誤認していたのだ。

 このまま押し通せるはず、そうに決まっている。


 いける、いける……!


 俺が固唾を呑んで神官長の動向を見守っていると、背後から騒がしい声が聞こえてきた。


「お父さん!」

「中本さん!」

 

 アンジェリカとリオ。

 一度目と同じように、二人の少女が俺を心配して駆け寄ってくる。


 不味い。リオが神官長と会話をしたら、ボロが出るのではないか。

 俺は来るなと声を発し、リオを制止した。いくら見た目が生き写しでも、性格はまるで似ていないのだ。

 頼むから喋るなと、アイコンタクトでリオに命じる。

 リオはこくりと頷き、さっと俺の後ろに隠れた。


「神官長……!?」


 アンジェリカはというと、面識がある相手との再会に、驚きを隠せないようだった。


「……今日のところは引きます。その小娘達を何度殺しても蘇生されるとなると、面倒ですからね。ですがこれは、貴方が勝利したわけではありません。私は殺しても死なないという現実を、ゆめお忘れなきよう」

 

 神官長の体が薄れ、光に包まれていく。

 召喚術の権威である彼女ならば、ただの空間転移などお手の物だろう。

 俺は安堵と焦燥感を覚えながら、消え行く女を見つめる。最初のパーティーメンバーにして、最強の宿敵となったそいつを。

 粘着質な眼差しに、決して負けまいと睨み返しながら。


「女が男に言うのは、少々滑稽かもしれませんが。必ず貴方を殺して、犯しますね」


 そうして。

 下劣な捨て台詞を残して、神官長は姿を消した。

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