第75話 コンティニュー

 女を殺したあとは、いつだってこうだ。相手がどんな悪人だろうと、やり切れない思いになる。

 ましてや今回は、かつての身内を手にかけたのだ。

 この後味の悪さも加味して自ら前線に出てきたのかと考えると、神官長は相当のやり手である。

 こんなのがずっと続けば、俺はそのうち気が参ってしまうだろう。


「とんだ策士だよ、あんた」


 俺は額に手を当てて、物言わぬ亡骸に向けて呟いた。

 その時だった。


 くらり、と。


 頭が揺らぎ、立ちくらみに襲われた。

 やや遅れて、壮絶な違和感と浮遊感がやってきた。


 周囲の全てが歪み、空間がねじれていく。時間が無限に引き伸ばされ、加速する。

 俺はこれを知っている。

 かつて二度も味わったことがある。

 そう。異世界に召喚された時と、異世界から日本に戻された時の二回だ。


 もはや疑う余地もない。

 今俺の身に起きているのは、『別の時空への移動』だ。


 ――俺はまた、どこかに飛ばされようとしている?


 あまりの不快感に、気が遠くなる。それでも歯を食いしばって、不条理な現実に耐える。

 これが神官長の最後っ屁なのは間違いない。だから耐えなくてはならない。

 耐えて耐えて耐えて、リオとアンジェリカを守らなくては。俺は年長者で、今はあいつらの保護者なのだから。


 そうやって踏ん張っていると、いつの間にかリオ達がいなくなっていた。

 まさか遠方に飛ばされたのではと後方を向くが、杞憂に終わった。


「お父さん、あっちで何か見つけたんでしょうか?」

「馬鹿、動かない方いいって!」


 二人は神官長が来る前と同じように、居間に避難していた。

 テーブルの上に乗り、きょろきょろとあたりを伺っている。これといって外傷はない。どうやら無事なようだ。

 俺はほっと一息ついて、前方に向き直った。


 すると目の前に、殺したはずの神官長が立っていた。


「ごきげんよう勇者殿。またお会いしましたね」


 美貌の女神官は、涼しげな顔で佇んでいる。

 俺がさきほど切り離した頭部は首と繋がり、袈裟斬りにした胴体も修復されていた。

 

 死体は……ない。

 床に伏せていた神官長の亡骸は、いつの間にか消えている。


 つまり新しい神官長が出現したのではなく、死んだ神官長が生き返り、動き出したことになる。

 カナの時とは違うロジック。分裂以外の手法で、この女は命のストックに成功している。


 だが、どうやって?


 俺は解呪であらゆるバフを除去した上で、神官長の首を切り落としたのだ。

 自動回復も幻影も発動するはずがなく、死後に生き返る魔法はそもそも存在しない。

 ならば一体、どのような原理で再生したのか。

 何か俺の知らない、未知のスキルに目覚めているとでもいうのか?


 俺は震える唇を必死に動かして、ステータス・オープンと唱えた。




【名 前】フィリア

【レベル】155

【クラス】神官長

【H P】23200

【M P】27990

【攻 撃】11300

【防 御】15700

【敏 捷】12200

【魔 攻】45000

【魔 防】77000

【スキル】言語理解 法術 召喚術 時間逆行

【備 考】中元圭介を盲愛し、同時に激しく憎悪する女神官。錬金術で肉体を改造し、二十九歳時点で加齢を止めている。




「時間逆行……?」


 俺が困惑していると、神官長はぽつぽつと語り始めた。


「ああ、ステータス鑑定を行ったのですね。やっとですか? いくら顔馴染みとはいえ、一年以上も会っていないんですよ。私の戦力に変動がある前提で動くべきでしたね」

「お前……どうなってんだ……? こんなスキル、持ってなかったはずだ」

「おやおや。いけませんよ勇者殿。どんな敵だろうと、一定以上の能力を持っていそうならすぐに鑑定しなさいと、口を酸っぱくして教えたでしょうに」


 神官長は静かに手を上げた。

 挙手をするような動きだが、攻撃呪文を放つ予備動作なのは明白だ。


「貴方のような人材でも、平和ボケするとは思いませんでした。けれどそんなところも可愛らしいと感じてしまうのは、私が年上だからかもしれませんね」

 

 言いながら、神官長は巨大な光弾を撃ってきた。言動と行動がまるで一致していない。

 俺は左手に光剣を生成し、大慌てで受け止める。

 小規模の太陽にすら見える、灼熱の光球。

 髪と皮膚が、ちりちりと音を立てている。今まさに俺は、焼かれているのだ。

 

 熱いし痛いし苦しい。

 けどれは、大した問題じゃない。俺の体なんてのは、魔法でいくらでも治せる。


 不味いのは、周囲の壁まで焦げていることだ。


「……馬鹿野郎……っ!」


 この女、大規模な攻撃魔法を使うってのに、『範囲指定なし』に設定してやがる。

 即ち目標のみを破壊するのではなく、「別に何を巻き込んでもいい」と思ってぶっ放しているのだ。


 もしこれを回避したら、リオ達が巻き添えを食らうことになる。

 いや、リオとアンジェリカどころか、近隣住民を大勢死なせてしまうだろう。

 だから受け流すのではなく、なんとしても衝撃を吸収する必要があった。

 

「……ぐっ!」


 だというのに、威力を殺し切れない。

 俺の体はじりじりと後退し、神官長から引き離されていく。

 

「なんなんだお前!? こっちの世界の一般人なら、いくら殺してもいいと思ってんのか!?」

「いいえ? 死んでいい命なんてありませんよ。どうせ勇者殿のことだから、その光弾もなんとかしてしのぎきるんでしょう? 全てわかった上で撃ってるんですよ、私は。期待してますからね」

「そうかよ……ッ!」


 俺は居間に向かって、「来るな」と叫んだ。

 リオとアンジェリカが飛び出してくるような事態は、防がなくてはならない。


「どんなに傷ついても壊されても、裏切られても使い捨てられても、大衆を守る。大変よい姿勢だと思います。貴方は本当に、私の教えた通りの勇者に育ったのですね」

「うるせえな……っ! 人をヒーローみたいに……! ご近所迷惑を避けるのは、日本人の本能なんだよ! こんなもんに勇者も糞もあるか!」


 これだからマイペースな異世界人は、と俺は自身に自動回復をかけた。

 畜生。

 やりたくないが、他に方法が思いつかない。


 問一。

 どでかい爆弾を咄嗟に無害化しろ、なおお前の肉体は宇宙で一番頑丈とする。


 この難題に対する俺の回答は、「ゴクリと飲み込む」だ。

 比喩でもなんでもなく、文字通り光弾を吸い込み、胃の中に流し込んだのだ。


 当然ながら、食道は丸焦げだ。喉が溶けるのを感じるし、内臓はパンパン破裂している。

 あまりの激痛に、気が狂いそうになる。

 だが俺の防御力と再生力ならば、すぐに元の状態に戻れる。

 ものの数秒で回復し、体力は全快だ。


「……お互い不死身同士だな? 不毛な消耗戦にしかならないと思うが、まだやる気か?」


 俺は煙を吐きながら、ステータスウィンドウをタップした。

 神官長のスキル欄を拡大し、詳細な性能を読み解いていく。

 俺の知る限り、こいつに「時間逆行」なんてスキルはなかった。

 だから死後にピンピン動き回るタネがあるとしたら、これ意外に考えられないのだ。

 

 隙を作らないよう剣で威嚇しながら、慎重に文字を追う。

 その結果判明したのは、




【時間逆行】

『他者に殺害された際、自動発動。

 死亡の数分前まで時間を巻き戻し、擬似的な蘇生を果たす。

 巻き戻し前の記憶は、スキル所持者と所持者を殺害した者のみが保持する。

 回復や蘇生ではなく、時間操作の一種である』




 やつのスキルが、最悪の性能を持っているという事実だった。

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