第73話 ゴブリン叩き

 げんなりとしながら呟く。


 早いとこ乾かして欲しいものである。

 というのも、アンジェリカはもはや「当てる」を通り越し「乗せて」いるのだ。

 柔らかく、それでいてずっしりとした感触を頭頂部に感じる。


 平常時の俺ならば、大いに動揺しているところだろう。

 だが今は戦闘前で昂ぶっているのもあり、それほど気にならなくなっていた。

 

「お前のそのDランク、もっと丁寧に扱った方がいいぞ。父親の頭に置いていいもんじゃないだろ」


 形崩れるぞ、と教育的指導を行なう。

 アンジェリカはなにやらショックを受けたらしく、野良猫のような悲鳴を上げて身を離した。

 

「いつものお父さんじゃない!」


 の捨て台詞つきだ。


 いつもの俺、か。

 アンジェリカから見えている普段の俺ってのは、一体どんなものなのだろうか?


 からかうとすぐに恥ずかしがる、ちょっと情けない中年オヤジ。手玉に取りやすいおっさん。

 大体こんなとこじゃないか、と予想してみる。


 でもそんなのは上っ面に過ぎないんじゃないか、と自分では思う。

 俺の内面はなんというか、もっとずっと空虚なのではと感じるのだ。


「お父さん怒ってる……絶対怒ってる……鉄の男になってる……」

「いつまで変な声出してんだ。ほらこっち来い。解呪するから。リオも」


 アンジェリカとリオに、手招きをする。

 二人がそろそろと近付いてきたので、両手を伸ばす。

 

「解呪」


 セイクリッドサークルを打ち消し、腕を組んで待機に入る。


「ここからが長いな。襲撃地点を固定出来るといいんだが」


 本来ならば俺の腕を切って庭のどこかに置き、囮に使うところだ。

 俺の体は、上質な魔力を含んでいる。

 肉質とは別の部分で舌を満たすらしく、モンスターからすれば極上のご馳走なのだ。

 出現ポイントを絞るのに、これほど有効な餌はあるまい。


 しかしこんな戦法を取ったら確実にアンジェリカに泣かれるので、選択肢としてはありえなかったりする。


 やはりリオの周りを護衛したまま、待つしかないのだろうか。

 あまり好きではないやり方だ。受け身に回ると、どうしても不確実性が発生するのだから。

 いくら相手が弱小種族と言えど、数で劣勢な時に不意打ちを受けると、何が起きるかわからない。


「守りを固めるか」


 とりあえず、リオとアンジェリカに強化付与バフをかけておくことにした。

 仮に二人が捕まったとしても、これならば被害は最小に抑えられる。

 俺は再び指先に魔力を込め、少女達の身体能力を引き上げた。


「次はあれだな。感知頼むぞ」


 ぴん、と背筋を伸ばすアンジェリカ。

 役割を貰えて、嬉しいのだろう。大張り切りでスキルの起動に取りかかっている。


 残るはリオだが、さて、どうするか。

 手ぶらで放置させるのもなんだし、


「スマホは持っといてくれ」


 と指示を出す。

 万が一ゴブリンにさらわれても、連絡は取れるようにしておきたい。

 あとは……あとはなんだ?

 

 他にやれることなんだろう。

 罠の設置? といっても狭い家にそんな仕掛けを施して、リオ達を巻き込んだらしゃれにならない。


 では今回は見送るとして、俺に出来ることは何か……。

 そうやって部屋の中をうろうろと歩き回っていると、アンジェリカが鋭く声を発した。


「お父さん、二方向から来てますよ。北と南。挟まれてますね」


 早いな、と俺は足を止める。

 ひょっとしたらゴブリン達はとっくにこの家を取り囲んでいて、侵入の機会をうかがっていたのかもしれない。

 それがどういうわけか俺の結界で近付けなくなり、お預けを食らっていた。

 こんなところだろうか?


 俺は窓から顔を出し、言われた方角を覗き見る。


 だがそれらしき人影は、一切見当たらない。


「いないな」


 まだ遠いんだろうか?

 いや、そうではない。ゴブリンの生態を考えれば、この場所こそが一番怪しい。


「――下か」


 俺はリオとアンジェリカに、テーブルの上に乗るよう命じる。

 なんせやつらは、暗がりを好む種族だ。

 主な住処は洞窟、鍾乳洞、鉱山、そして地下。


 となれば次の行動は読める。


【勇者ケイスケはMPを295消費。神聖剣スキルを発動。攻撃力が350%アップ】

【霊体、悪魔、アンデッドに対して特攻状態となります】


 俺が剣を構えるのとほぼ同時に、床の至るところが盛り上がり始めた。

 テーブルの隣、テレビの手前、タンスの横。

 次々と畳が膨らみ、小さな山を作っていく。やがてそれらの頂点は、バリバリと音を立てて突き破られる。 

 乱暴に繊維が破られ、穴が広がっていく。


 ずぼりと。穴の奥から、干からびた亜人の腕が突き出る。

 長さこそ子供並だが、発達した筋肉と腱に覆われている。

 爪の先端は鋭く尖り、たっぷりと土が詰まっていた。

 肌の色は灰色で、一目で人間ではないとわかる。


 ゴブリン。

 それもこの体色からすると、地下坑道を根城にするタイプのゴブリンだろう。

 ならば対策は容易い。


「シャアアアアアアア!」


 一匹のゴブリンが、穴の中から顔を出した。

 奇声を上げて舌なめずりしているが、全体としてはユーモラスな顔つきだった。


 瞳が、とても小さいのだ。

 白い紙に、黒い点を二つ書いたような人相だ。

 

 地中というのは、優しい空間なのだ。

 滅多に外敵と遭遇しないし、温度や湿度も安定している。

 地上の生き物であれば必須のはずの器官が不要となり、眼球やメラニン色素、時には手足まで退化させてしまう種も珍しくはない。


 地下ゴブリンもその例に漏れず、淡い肌とつぶらな瞳がトレードマークの種族だ。

 ゴブリンが本来持っている強みは失われ、数ある亜種の中でも最弱と名高い。


「人間! 人間! 肉! 女! ……男?」


 きょとんと。目の前の地下ゴブリンが、首をかしげた。

 鼻をひくつかせ、俺の顔を不思議そうに眺めている。

 こいつらは視力があまりにも低いため、音と臭いで周囲の情報を察知するのだ。


「人間の男……? 違う、ワーム? 坑道ドラゴン? マンティコア? なんだてめえ?」

「俺がなんなのかすらわからないのか」


 自分より上位の存在なのは察知出来たようだ。

 けれどそれ以上の分析は、こいつの嗅覚では不可能らしい。


 哀れな存在だ。


 俺は光属性の中級魔法、閃光フラッシュを唱えた。

 主に暗所を探索する際に唱える魔法で、目くらましにも使える。

 今は昼間だし、人間の目ならば少々眩しく感じるだけ。

 だが相手が土中で暮らすゴブリンとなると、一発で失明させることもある。


「ぐぎゃっ!」


 両手で目を覆うゴブリン達の首を、順番に切り飛ばす。

 気分としては、猟奇的なモグラ叩きだ。床の穴から首を出す小鬼達を、機械的に狩っていく。


「がぎゃ!」

「あぎゃあああああ!」

「目! 目があ!」


 一匹、二匹、三匹、四匹。 

 戦闘というより、ただの屠殺に近い作業だ。

 サクサクと、最短の手間で仕留めていく。

 

 五匹目。


 最後の一匹は、尋問用に生け捕りだ。

 俺は地下に逃げ込もうとするゴブリンの腕を引っ張り、持ち上げた。


「離せー! 離せ離せ離せ!」


 じたばたと足を動かす、哀れな小鬼。

 閃光で目はつぶれ、粗末な腰ミノには失禁の痕跡が見られる。

 鼻をつく悪臭に眉をしかめながらも、俺は質問をする。


「他に仲間がいるなら吐け。一匹名前を出すたび、お前を殺すまでの時間を一時間伸ばす」


 今の俺とこのゴブリン、果たしてどっちが鬼に見えてるんだろうか?

 自分でもうんざりしながら、ゴブリンを見下ろす。

 やつの返答は、


「がぎゃっ!?」


 という断末魔だった。


 ――光弾?


 部屋の奥から飛んできた一発の魔法が、ゴブリンの側頭部を撃ち抜いたのだ。

 即死だった。


 まさかアンジェリカが唱えたのか、と顔を向ける。

 だが口元に両手を当てていて、詠唱をした直後には見えない。

 リオは魔法を使えないし、他にモンスターはいない。


 では、誰が?

 まさかこの家に、まだ誰かが潜伏しているというのか?


 俺はゴブリンの死体を床に下ろすと、剣を中段に構えた。

 上と下、どちらの攻撃にも対応出来るようにだ。


 光弾の飛んできた方へと、少しずつ足を進めていく。

 場所は廊下の向こう。浴室の方向だ。

 

 さっきの攻撃は、どんな意図があったのだろう。

 俺への加勢のつもりだったのか。それともゴブリンが機密情報を漏らす前に、口止めをしたかったのか。

 もし後者だとすれば、こいつらの雇い主と見て間違いない。


「――シッ」


 俺は深く息を吸うと、刹那の速さで風呂場に踏み込んだ。

 するとこそこには、

 

「お久しぶりですね」


 かつて異世界で何度となく会話をした、懐かしい顔があった。

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