第72話 黒歴史?

「あたしって、そんなに前の彼女と似てるの?」

「……」


 目眩にも似た感覚を覚える。

 アンジェリカのやつ、俺の見ていないところだと他人とどういう会話をしてるんだろうか。

 綾子ちゃんとは仲良くやっているようだが、田中には「わたしのかんがえたさいきょうの男女関係」をでっち上げていたし、リオが相手だとこの通り。


 どうも俺の過去を、ペラペラと語って聞かせたらしい。

 

 別に口止めしたわけでもないから、怒ったりはしないが。

 口が軽かったり多少話を盛ったりなんてのは、女の子にはよくあることだろう。

 一々めくじらを立てていたらきりがない。


 どちらかといえば大人しかったエルザでさえ、俺と付き合い初めて最初の数ヶ月は、色々やってくれたしな。

 俺の寝相やら嫌いな食べ物やらを周囲に言いふらして回ったし、俺の年収が金貨三千枚分だのと盛りに盛って話して女友達の反感を買ったりと、そりゃあもう酷い舞い上がりようで……。


【それは忘れて】


 と。

 懐かしくも滑稽なエルザの少女時代を思い返していると、ふいにシステムメッセージが浮かび上がってきた。

 いつも事務的なテキストしか表示しないというのに、えらく感情的な文面である。


【お願いだから忘れて】


 四角いウィンドウが、プルプルと震えている。エルザ的にさっきの回想は黒歴史らしい。

 わかった、俺とて鬼ではない。もうあの記憶は封印しよう。

 モノローグで固く誓うと、リオに目を向ける。


「なるほどね」


 と、得意気な瞳と視線がぶつかる。

 鋭利な美貌に、一滴の幼さを残した表情。

 まさに俺の個人情報をバラ撒いていた時期のエルザと、本当によく似ている。

 なにやら口元には艶っぽい笑みを浮かべているが、こんな顔をするとますますそっくりだ。


「トイレでの出来事とか、色々納得したかな。あたしってそんなにエルザって人と似てるんだ?」

「……だったらなんだよ」


 ふふーん? と、鼻を鳴らして擦り寄ってくるリオ。イメージとしてはネズミを見つけた黒猫だ。

 つまり今から狩られるのは、俺なのである。


「たまにあたしのこと見て、悲しそうな目するよね? フラれたんだ? ねえフラれたんでしょ? 傷心の身ってやつ?」


 ニヤニヤしながら、肘でつついてくる。

 実に楽しそうだ。

 なぜ女子はこれほどまでに男女関係の話を好むのか。永遠の謎だ。


「とりあえず着替えくらいさせてくれ」


 俺はリオの目から逃れるようにして、背中を向ける。

 普段の二倍速でシャツを着込み、ジャージに袖を通し、ファスナーを引き上げる。


 女物のLサイズなのか男者のMサイズなのか知らないが、丈はちょうどよかった。

 けれど肩と胸のあたりは、明らかに布が足りない。パツパツである。

 平均身長なのにやたらと筋肉があると、どのメーカーの服を選んでもこうなってしまう。

 かといって胸囲に合わせてキングレオのを借りたら、袖が余るだろうし。

 難儀な体型なのだ。


「エルザさん、中元さんと同い年だったんでしょ? ならもうアラサーじゃん」

「だからなんだ?」

「前カノそっくりでもっと若い彼女、欲しくない? 今ならちょうどフリーだよ?」


 ファスナーの位置を調整しながら、振り返る。


「中途半端に話を聞いてるようだな。エルザは元カノではないよ」

「なにそれ? まさかただの女友達だったってこと?」

「いや。もっと上だ。ほとんど内縁の妻だった」

「……えっと」

「それとな、フラれたんじゃない。死別だ」


 あんまエルザの件では茶化さないでくれ、と少し真面目な声を作って告げる。


「あの……ごめん。あたし全然知らなくて」

「気にしなくていい。事情を知っててやったならともかく、悪気はなかったんだろうしな。ところでドライヤーってどこにあるんだ」

「居間……」

「じゃ、戻るか。……なんだそのしけた面は。これからお前はゴブリンを寄せ付ける囮になるんだから、腹くくっとけよ。ちゃんと全力で守るが、万が一ってこともある」

 

 なるべく穏やかな声になるよう心がけながら、笑って見せる。

 しかしこれは逆効果だったらしく、リオは真っ青な顔で震え始めてしまった。


「……今のって、お前みたいな失礼なガキはゴブリンの餌になっちまえって意味……?」

「どこをどう解釈すればそうなるんだ?」

「だって中元さん、笑顔が一番怖い……」

「なんでだよ?」


 俺は人相が悪いわけでもないし、威圧感も皆無だと思うんだがな。

 首から下はともかく、顔の迫力はゼロに近いと自負している。


「……絶対怒ってるでしょ……そうだよね、死んだ恋人のことでからかわれたら、そうなるよね……」

「だからほんとに気にしてないって」


 どうすりゃいいんだよ?

 今時の女子は気が強い癖に、同時にすこぶる脆くもある。

 素材が硬度を増すと、しなりが消えて衝撃を受け流すのが苦手になるのかもしれない。

 

 こういう危うげな硬さは、異世界では若い男から感じたものだ。

 ところが現代日本では、若い女から感じることが多い。男女の役割が中性化した国では、このような逆転現象が起きるのだろうか。

 

 俺はリオの頭に手を置き、ポンポンと撫でてやる。

 自分でもやってて照れくさいが、これがよく効くのはアンジェリカと綾子ちゃんで学習済みなのだ。

 

 未成年のサンプルが、二人も……。


 なんてものからデータ採取してるんだろうな、俺は。

 後悔と自責の念でがんじがらめになりながら、リオの目を見て話す。


「こんなんでお前のこと嫌ったりしないって。マジで。エルザの名前を出されたら、昔を思い出して悲しくなるだけだ。怒りとはまた別の感情だ」

「……ごめんなさい……」

「涙ぐむなよ!? そのなんだ、俺お前と話してると結構楽しいぞ? 見た目がタイプなのは事実だし懐かれて悪い気はしないし、そうそう簡単に突き放したりしないって」


 俺は今何を言ってるんだろう?

 風呂上がりに少女の頭を撫で回しながら、お前の容姿が好きだぜ、と囁いているのである。

 ありえなくないか?

 リオ、段々赤くなってきてるし。

 ぽーっとしてるし。


 これ絶対アンジェリカに見られたら誤解されるよなあと思ってたら、期待を裏切ることなくやってくるし。

 そうだよ、俺はこういう星のさだめにあるんだよ。

 一生ドタバタし続けるんだよ。


「お、お父さん……」


 アンジェリカは口をパクパクさせながら、目を見開いている。

 手にはドライヤをー持っているが、取り落とす寸前といった有様。

 きっと俺の髪を乾かしにきたのだろう。

 その結果見なくてもいいものを見て、修羅場のような事態を演じるはめになったのである。


「……や、やっぱり私が枕の臭いバラしちゃったから、お父さんはリオさんに乗り換えるんだ……」

「お前ら二人とも、超めんどくせえな!」




 居間であぐらをかき、ドライヤーの熱風を浴びる。


「だからですね、お父さんはただの冴えないおじさんじゃなくて、ほんとは凄い人だって伝えたかったんですよ」


 ちなみに俺の髪を乾かしているのは、アンジェリカである。

 右手にドライヤー、左手に櫛。

 その状態で前かがみになり、後頭部にむにゅむにゅと胸を当ててくる。


 多分、わざとやっている。

 アンジェリカは俺の機嫌を取る時は全力で、それはもうためらうことなく女を利用するのだ。

 いっそ清々しいくらいである。

 

「えっとそれでですね。お父さんはエルザさんっていう綺麗な恋人もいましたし、年収も金貨三千枚くらいあったハイスペック勇者だったから、枕が多少臭っても全然問題ないってフォローを入れようとしたんであってですね。意味もなくお父さんの過去を話したんじゃなくて……」

「わかったわかった、もうわかったから」


 ていうか話の盛り方がエルザと同じなのな。

 俺は少々脱力しながら、アンジェリカの言い訳を聞いていた。

「あんまエルザのこと人にしゃべんなよ」と一言注意しただけで、これである。

 見てて気の毒なほど慌てふためき、俺にごまをするのに躍起になっている。


 こうも気を使われると逆に辛い。

 早く空気変わらないかな、と祈るような気分である。

 そういうわけで、自分から違う話題を振る俺だった。


「これ終わったらさっさと結界解くからな……」

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