第66話 饒舌

 鑑定結果によれば、この冴えない中年男の名前は田中洋一たなかよういち

 歳は俺より一回りほど上に見える。

 備考欄には「失業し、妻子に逃げられた中年男性」としか書かれていなかった。

 なので人となりはよくわからない。

 

 終始怯えっぱなしなため、あまり気が大きくないのは伝わってくるが。

 

「なあ田中さん」

「ひっ」


 なんで私の名前知ってんですか、と眉をへの字にする田中。ただえさえ気弱そうな顔が、一層頼りなくなる。

 この年代なら備わっていてもおかしくない、威厳やら風格やらは皆無だ。

 こりゃただの被害者かもしれない。


「あんたそこで寝そべってる若者達と、どういう関係なんだ。まさかグルなのか」

「めっそうもない!」


 田中は言う。

 家賃の滞納でアパートを追い出され、ふらふらとさまよっていたところをこの二人に拾われたのだと。

 免許を持っているかと声をかけられ、首を縦に振ったらその場で契約完了。

 食事と引き換えに、専属運転手としてこの一週間こき使われていたらしい。


「そろそろ自由にして下さいと頼んでも、聞いちゃくれません。段々怖くなってきたところだったんですよ」


 一体どこまで本当なんだろうか?

 信じてやりたいのはやまやまなのだが、鵜呑みにするのは危険だろう。

 まさか人間相手に拷問をするわけにもいかないし、どうやって確めればいいのか。


 俺はアンジェリカの方を向き、「どう思う?」と聞いてみる。

 未だ目をつむったままの異世界少女は、


「声のトーンからすると本当っぽく聞こえますけど」


 と答えた。女の勘は当たると言うし、賭けてみようか?


「田中さん、最後にもう一個だけ確かめたいことがある」

「な、なんでしょう」

「駅前の赤龍堂ってラーメン屋、行ったことあるか?」

「……ありますね」

「素直な感想を言ってみてくれ。どうだった?」

「不味いですね。あれを美味いと言ってる人は、ガソリンもコーヒーも同じ味に感じるんじゃないでしょうか」

「あんたとは気が合いそうだ」


 あそこの店長はレビューサイトに金払って星貰うのには一生懸命だけど、味の探求なんて一切興味ねーからな、と黒い内情を語る俺である。

 田中は目をしばたかせながら、どうりでと納得していた。


「正しい味覚の持ち主同士、俺らって上手くやってけると思うんだ」

「はあ」

「十万払う。今日だけ俺の運転手になってくれないか」


 田中の目の色が変わる。急に生気が出てきたのがわかる。


「これだけあれば今月は乗り越えられるはずだ。その代わり俺がここでやったことも、これからやることも他言無用で頼む。駄目か?」

「……あなた、手品師の中元さんですよね」

「俺を知ってるのか」

「あれだけテレビに出てれば、そりゃあ十万くらいポーンと出せるんでしょうが……まさかこんな、チンピラ相手に喧嘩をするような人だったとは……」


 元ヤンか何かですか、と田中は声を震わせている。


「まあそんなもんだ。十七年近く暴れまわってたしな。で、どうなんだ。運転手やってくれるのか」


 田中は視線を空中にさまよわせたあと、いいでしょうと頷いた。


「約束ですよ、十万円ですからね」


 交渉成立。俺は田中と握手を交わすと、財布から万札を一枚引き抜いて手渡した。まずは前払い。

 安いもんだ。不幸な失業者に施しを与えつつ、移動可能な休憩所を確保出来たのだから。

 ここなら捕まえたゴブリンをぶち込んでおけるしな。


「そういやこの車って、誰名義なんだ? あんたのか? それともレンタカーか? 盗難車だったりしたら面倒だな」

「そこでうずくまってる鈴木さんが買ったそうなんですが、動かし方がよくわからないと言ってたんですよ。どういうことなんでしょうね」

「まだこっちの社会の常識を理解してないのかもな」

「……ところでその、いいんですか。鈴木さん、両目から血を流してるんですが。失明なんかしてたらシャレになりませんよ」

「問題ない」


 俺は鈴木ことバルドの目元に手のひらをあて、回復魔法を唱える。

 見る見る出血が収まり、元の青白い白目に戻っていく。


「ほらな。こいつは元々怪我なんかしてなかったのさ」

「……え? え?」

「目の錯覚だったんだよ」


 そういうものなんでしょうか、と田中は不思議そうな顔をしている。


「ただの手品だったんだ。わかるだろ?」

「手品……? 躊躇なく目に指を突っ込んでたように見受けましたが……」

「手品だ。今から行なうのも安全なマジックだから、例え何があろうと気にしないように。アンジェ、お前は耳も塞いでろ」


 言い終えると、俺はバルドの胸ぐら掴んだ。

 さきほどの治療で、既に会話が可能なくらいには傷が癒えているはずだ。


「他にもゴブリンがいるんだろ? どこに隠れてるのか言え」

「知らねえ」

「記憶に制限がかかってるのか?」

「知らねえ」


 らちが明かない。


「仲間を庇ってるつもりなら、ご愁傷さまと言っておこう。お前が今日ここを通りがかるのは、他のゴブリンから聞いたんだ。お前、売られたんだよ」

「……んだと?」

「なのにお前は友情に殉じるんだな。いや、悪いことじゃないぜ。小鬼にも自己犠牲の概念があったなら、それはそれで素晴らしいことだ。俺はゴブリンってやつを見直したよ」


 畜生、とバルドは叫んだ。


「俺を売ったのはゴウルか!? それともイップか? イップだな!?」


 知能も低ければ、信頼関係も薄い。ゴブリンとはそんな種族である。

 こいつらはかろうじて血縁者には情を感じるようだが、それ以外の個体とは利用し合う関係でしかない。


「知っているゴブリン二匹の居場所を吐け。そしたらお前は生かしてやる」


 バルドはすっかり饒舌になっていた。

 媚びるような目で、ぺらぺらと同胞の隠れ家を語り始める。


 一件は駅前のゴミ屋敷。

 もう一件は孤独な婆さんが野良猫に餌をやってこしらえた、有名な猫屋敷。


 わざわざ悪臭を放つ場所ばかり選んでいるのは、ゴブリンの生態ゆえなのだろうか?


「ちげーよ、最初から臭かったら何を持ち込んでも騒ぎになんねーからだよ」


 けけけ、とバルドは笑う。


「どんなものを持ち込んだんだ?」

「そりゃあ人間に決まってんだろ。風呂に入れてねーから臭うのなんのって」

「……人をさらったのか?」


 そうだ、こいつらは元々この世界にいた人間と、入れ替わる形で紛れ込んでいるのだ。

 ならば身分を奪い取られた人物は、どこへ行ったのか。

 殺されていないのだとすれば、生きたまま閉じ込められているのではないか。


 俺は田中に向かって、車を出すよう指示を送った。

 行き先はゴミ屋敷だ。

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