第65話 ビンゴ
いきなりビンゴなんでしょうか、とアンジェリカは驚いている。
コケティッシュな悪戯娘から、神聖巫女のそれへと表情が変わる。
「真っ直ぐってのは、具体的にはどれくらい先だ? 数字で教えてくれると助かるんだが」
「数字ですか?」
「ああ。縮尺は書かれてないのか、感知で表示される地図って」
「……ないんですよね……すっごい雑なマップなんですよ……」
とにかく結構歩くのは間違いないんです、と力説される。
「いっぱいいっぱい先なんです」
「わかった」
まあ感知で正確無比な地図まで表示されたら、それはもうマッピングスキルの領域だし。
周辺の悪性存在を見つけ出すのがメインで、地形を理解させることに関してはオマケ程度の性能なのだろう。
「……お父さん、私のこと役立たずって思ったりしてませんよね?」
「そんなわけないだろ」
「ほんとですか? 私の感知って、毎度毎度痒いところに手が届かない感じじゃないですか。……見限られたりしてないかなーって不安なんですけど」
「お前はスキル以外のことでも色々してくれてるから、問題ないよ」
「色々って、どんなことですか?」
「そりゃあ」
まず、話してて楽しい。これが一番大きい。
顔を合わせるたび好き好き言ってくるので、悪い気はしない。
精神安定剤としては一流だろう。
飯を作れば、大概のものを美味いと言って食ってくれるのもいい。
作り甲斐があって、日々の調理が楽しくなる。
皿は洗ってくんねーけど。
「あれ?」
いやいや。アンジェリカにはいいところが、まだたくさんあるだろう。
例えばほら、家のことは頼めばちゃんとやってくれ……てないな、そういえば。
こいつに洗濯を任せたら、俺の脱いだ服に興奮して洗剤の量を間違えるのである。
床掃除を頼めば、黒い縮れ毛を拾って一人で照れるし。
綾子ちゃんが「私のかもしれないんだから捨てて下さい」と真っ赤な顔でとびかかって、取っ組み合いになってた覚えがある。
らちが明かないんで女子二人のキャットファイトを尻目に、俺が掃除機かけたんだっけ。
おいおい、嘘だろ?
もしかしてアンジェリカって、可愛さ以外では役に立ってないのか?
まさか。そんな馬鹿な。
幽霊騒動の時はどうだったんだ? 思い返してみろ。
ええっと。
……操られた末に、人質になってただけ……?
「待って。待って下さいお父さん。なんですかその視線は。貴方の大切なアンジェリカですよ。なんて目で見てくるんですか」
「いや……なんつーか、マスコットとしては優秀だよなーと」
「どうして憐れむような目で見てくるんですか!?」
私ほど役に立つ女はいませんからね!? とアンジェリカは胸を叩く。
「言っておきますけど私、これでも神職なんですからね? 知識階級なんですからね? 教典なんか、丸暗記してるんですよ? 超有能なんですよ?」
「知ってる知ってる。アンジェは神様の勉強、頑張ってきたもんな」
「な、なんで可哀想な子を見る目になってるんですか……?」
女神様の名前なら全部知ってるし……歴代の王様だって名前覚えるし……とぶつぶつ繰り返すアンジェリカ。
現代日本では全く使い道のない知識だが、見ている分には面白い。
「早く探しましょ、ね? ゴブリン探しましょ? 私の有用性を証明しますから、ね? ね?」
どのような動機であろうと、やる気を出してくれたのなら結構。
俺はすっかりキレの良い動きになったアンジェリカと共に、一キロほど直進した。
歩くたびに、排気ガスの臭いが濃くなっていくのを感じた。
車の通りが増えているのだ。
アンジェリカは未だに自動車の音も臭いも苦手なので、大丈夫かな、と顔を覗き込む。
が、どうやら杞憂だったようだ。エメラルドグリーンの瞳は爛々と輝き、確かな闘志を感じさせる。
闘志っていうか必死の自己証明という感じに見えなくもないが、この際なんでもいい。
「あれです。あの中にいます」
やがてアンジェリカは、一台の車を指差して足を止めた。
法律など関係ねーしと言いたげに、路上駐車されたワゴン車だ。
窓ガラスにはスモークが貼られ、外から様子をうかがうことは出来ない。
いくら現代社会に順応しているゴブリンでも、自動車免許まで取得しているものだろうか?
これはハズレだろうな、とあまり期待しないでドアをノックする。
俺の中では軽い力で小突いたつもりだったのだが、ゴウンゴウンと轟音が鳴り響く。
ぐらぐらと車体が揺れ、さながら大地震といった様相である。
「やべ」
デバフが解除されているので、今の俺の腕力はとんでもないことになっているのだった。
アンジェリカにノックさせるんだった――と悔やんでも時既に遅し。
ガーと音を立てて窓が開き、中からキャップを後ろかぶりした青年が顔を現す。
「ざっけんじゃねーよ!」
怒鳴るのも当然だった。
これは俺が悪いよなあ、と申し訳ない気持ちになりながらも、ステータス鑑定を試みる。
【名 前】バルド
【レベル】60
【クラス】召喚冒険者・フリーター
【H P】1800
【M P】1200
【攻 撃】2200
【防 御】1900
【敏 捷】1300
【魔 攻】900
【魔 防】900
【スキル】言語理解 夜目 土魔法
【備 考】ホブゴブリンの戦士。日本のフリーター、
「うおっ、ついてる! 罪のない一般車両を揺さぶったんじゃなくてよかったわ……」
ほっと胸をなでおろすと、アンジェリカに手招きをする。
こっちへ来いの合図。
亜人を黙らせるには、これが一番効く。
「おっさん! てめー俺らになんの……」
バルドなるゴブリンは、そこまで言ったところで口を閉ざした。
視線は俺の隣に立つ、アンジェリカへと向けている。
見とれているのだろう。小鼻がピクピクと膨らみ、下唇が突き出し始めていた。
「……なあ。今のでボディへっこんじまったかもしんねーよなあ? お前弁償出来んのか?」
バルドの口が歪む。嗜虐的な笑いだ。
「お嬢ちゃん。おめーの連れボコられたくなかったら、どうすりゃいいかわかるよな?」
どうするんですか、とアンジェリカは耳打ちをしてくる。
(人目があるだろうし、こいつの方から俺達を乗せた形にしたい。それも友好的にだ)
(……わかりました)
アンジェリカは深く頷くと、満面の笑みで言った。
「乗る乗る! 乗ります! 私こういう乗り物興味あったんです!」
「あ……え?」
ものすごい食いつきに、バルドの方が驚いている。狐につままれたような顔だ。
「なんだこりゃ。新手の逆ナンなのかもしかして」
「いいから入れて下さいよ」
「俺そんなにイケメンに見えんのかねー。参っちゃうね」
上機嫌で開けられたドアに、アンジェリカが身を滑らす。
車内中央の席、セカンドシートだ。
間髪入れず、俺も潜り込む。
乗車完了。
あとは暴れ放題だ。
「おい、おっさんは要らねーよ。降りろ」
ドアを閉めると同時に、バルドに目潰しを加える。
「ぎああ!?」
「アンジェ、しばらく目つむってろ。不愉快なものを見せたくない」
はいという返事。
今から始まるのは残酷と野蛮の開放であり、うら若い少女に見せていいものではない。
「さて」
準備も整ったところで、車内に目を向けてみる。
顔を抑えて悶えるバルドの他に、男が二人いる。
一人は運転席で震える、小柄な中年男だ。ハンドルに手をかけたまま、口をパクパクさせている。
もう一人は後部座席でふんぞり返っている、スキンヘッドの大男だ。ダウンジャケットに身を包み、不敵に俺を睨みつけていた。
「……おっさん頭イカれてんのか」
時間をかければ騒ぎになるだろう。早めに済ませねば。
俺は速やかにステータス鑑定を行なった。
結果はシロとクロ。
どうやら運転手は人間だが、スキンヘッドの方はゴブリンらしい。
人間を脅して、無理やり車出しを行わせているのだろうか?
それとも人間の方から、進んでゴブリンの移動を手伝っているのか。
どっちにしろ、ろくなバックストーリーじゃない。
俺は光剣を伸ばし、スキンヘッドの喉を潰した。
声帯を焼き切り、悲鳴と呪文の詠唱を防ぐ。
「……っ!」
当たり前だが、酷い暴れようである。声は出せずとも、手足を振り回すことは出来る。
このままジタバタされると面倒なので、脊髄を切って大人しくさせた。
どこを切断すれば動かなくなるのかは、異世界時代にたっぷりと学んでいる。
キャップの方のゴブリンにも、同じ処理を行なった。
これでこいつらは、ただ息をするだけの肉塊である。
車内がしんと静まり返る。
ここからは人間同士で話し合う時間だ。
俺は運転席で縮こまっている男に向かって、声をかける。
「よーしおっちゃん。あんたは被害者なのか、それとも協力者なのか、聞かせて貰おうじゃないか」
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