第60話 デートなんかじゃない

 会計を済ませると、リオと一緒に店を出た。

 入店した客が消えっぱなしでは不審がられるので、隠蔽は解除してある。

 三十路男と未成年女子が、並んで歩いているのが見え見えな状態というわけだ。


 世間様からどう受け取られるかは、考えたくもない。

 好意的に解釈すれば歳の離れた兄妹、最悪なのは援助交際。


 もう一度隠蔽をかけてしまおうか?


 だがそれをすると、行動に制限を設けなくてはならない。

 透明人間が物を持ち上げたら、周囲の目にはポルターガイストに映る。

 せっかく二人でいるのに買い物も食事も駄目となれば、リオはますます落ち込んでしまうかもしれない。


 俺も男だ、と肝を据える。


「あー……あのな」

「どしたの?」

「お前を抱くのは無理だけど、それ以外で元気付ける方法ならなんでもしてやる」

「ほんと? じゃ手繋いでいい?」


 怪しく思われないだろうか。

 ちらり、とリオの横顔を覗き込む。年齢の割に大人びた風貌だし、化粧だってしている。

 二十歳手前と言い張れば、そう見えなくもない。


 どうか高校生を連れ回す変なおじさんに見られませんように、と祈りながら手を伸ばす。

 リオの細い指が、俺の手に絡みついてくる。


 人助け、だし。

 あくまで傷ついた女の子を元気付けようとしてるだけだし。

 下心じゃないからセーフだよな、と己に言い聞かせながら足を進める。


「どっか行きたいとこあるか?」

「ゲーセン」

「なるほど。お前よくああいうとこでたむろってるもんな」

「たむろってるって言わないでよ。いかにもガラ悪そうじゃん」

「悪いだろうが。よくコンビニの前で座り込んでる若者集団。その中の紅一点がお前だ」

「酷くない!? 確かにやったことあるけどさ」

「あるのかよ」


 やっぱ不良だよな、と軽口を叩く。

 リオは「人間関係で悩んでる女子高生に言う台詞がそれ!?」と騒いでいる。が、顔は笑っていた。

 なんか、普通に仲のいい男女みたいになっているので、自分でも驚く。


「お前やっぱそうやって、生意気そうにつんとしてる方がいいぞ」


 リオはしょげた顔をしていると、余計にエルザそっくりになる。

 俺の体が勘違いを起こさないためにも、こいつは常に明るく勝ち気でいるべきなのだ。


「中元さんってMなの? 強い女が好きってやつ?」

「そうじゃない」


 お前には関係ないことだよ、と言って話題をそらす。

 適当に天気の話とか、節分に恵方巻きを食うブームってどう思う? とか。

 とりとめのない話を振りながら、冬の町を歩く。


 どうでもいいが、俺は恵方巻き肯定派である。

 このまま一過性の流行として終わらず、日本中で定着するんじゃね派だ。

 ところがリオは、もう数年で飽きられるでしょ派なようだ。


 二人の意見が真っ二つに別れたのである。

 ばちち、と見えない火花を散らして睨み合う。


「いやいや。恵方巻き美味いじゃん。俺あれなら一年中食ってもいいよ。絶対恒例行事になるって」

「えーどうだろ。既にコンビニじゃ廃棄がいっぱい出てるっていうじゃん」

「ありゃ入荷量を間違えただけだよ。つーか俺が人の三倍買うから大丈夫だし」

「中元さんだけの消費量で、なんとかなるわけないでしょ……大体二月って、バレンタインも控えてるんだよ? 皆そっち用にお金貯めとくと思うし、たかが海苔巻きに回す分なんてないよ」


 バレンタインこそ消えちゃいそうな勢いだろうが、と俺は反論する。

 年々規模も小さくなってるらしいし、義理チョコに至ってはすっかり嫌われものになってるじゃないか、と。


「所詮はチョコレート会社の仕組んだ罠だしな。日本人向きじゃなかったんだよ」

「はー? バレンタインは無敵ですしー。消えませんしー。例え死んでも、第二第三のバレンタインが出てくるし」

「魔王かよ」


 いーと口を横に広げ、リオは子供っぽく意地を張る。

 お前そういうことすると、高校生にしか見えないからやめろと言いたい。


「女ってバレンタイン好きだよな」

「悪い?」

「本命以外のチョコなんて貰っても嬉しくないんだよ、こっちからすると。義理チョコなんて資源の無駄だろ。あんなん悪習でしかない」

「……義理って言いながら、本命チョコを渡してるかもしんないじゃん」


 現役女子高生の、甘酸っぱい意見であった。


「……そ、そうか。そういうのもあるのか」

「当たり前でしょ。本命って宣言しながら好きな男子にチョコあげる度胸なんて、そうそうないよ?」

「お前、誰かにチョコ渡したことあるの?」

「……」


 赤くなった。

 あるんだろうか。


「お、なんだなんだ。初恋相手にか? ってかひょっとして元彼か」

「違う! 彼氏なんていたことないし。けど……」

「けど?」


 リオは息を大きく吸って、これ教えるのは恥ずかしいんだけど、と前置きしてから言った。


「前の前の義父が家を出てく時に、これあげるから離婚しないで、ってチョコ渡しながら泣きついたことならある」


 重いわ。

 想像してた方向の斜め下だわ。


「ちょうどその頃レオが高校進学控えてたからさ。母子家庭なったらやばいじゃん? 学費とか。だから一生懸命チョコあげて機嫌取ったんだけど、母さんのホスト狂いで全部台無しになっちゃって」

「もういい何も言うな。今日はなんでも買ってやるから……」


 やったあ、とリオは嬉しそうな顔をする。

 いかんなこれ。薄幸属性が、エルザと被っている。

 

 男なら大体そうだと思うが、可哀想な女を救ってやりたいという願望は誰にでもあると思う。

 英雄願望というか。若い頃の俺はそれの塊みたいなところがあったので、エルザにコロッと落ちた感がある。


 歳を取ったらそのへんの青臭さは衰えてきたが、それでも三つ子の魂百までというではないか。


 もしも幸の薄そうな雰囲気で、しかも母性を感じさせるお姉さん系女子がいたら、俺は間違いなくやられてしまう。

 エルザとか早苗とか。片方が非実在女性なあたり、この条件をクリアするのが容易ではないとわかるだろう。

 いくらリオの顔と境遇が好みでも、中身が幼すぎるのだ。


 俺は身持ちが固いからな。

 そんな簡単に落ちねえんだよ。


 そうやって硬派を気取っているうちに、目的の場所が見えてきた。

 駅前のものよりは少し小さめの、真っ赤な店舗。

 ゲームセンターである。

 

 まだ入り口から数メートルほど離れているというのに、騒がしい音が聞こえてくる。

 電子音に子供の嬌声、女性声優によるアナウンス。

 自動ドアの横に置かれているのは、二次元美少女の等身大ポップだ。

 アニメショップと言われたら、納得してしまいそうなセンスだった。

 

 ゲーセンも変わったよな。


 昔は不良の溜まり場なイメージがあったけれど、今はオタクの交流場と化しているように思う。

 リオのような客は、すっかり少数派だ。

 かろうじてプリクラコーナーの周辺にだけ、派手な連中がうろついているくらいか。

 今のヤンキー層って、ゲーセンで何して遊ぶんだろう? 試しに聞いてみる。


「いつもどんなゲームやってんだ?」


 俺の質問に、リオはけろっとした顔で答えた。


「なんか殺すやつ」


 上に兄がいるせいかもしれない。そういう女子ってのは、男っぽい遊びに詳しかったりするもんだ。


 俺達は店に入ると、さっそくガンシューティングゲームの筐体に近付いた。

 百円玉を投入し、光線銃を模したコントローラーを手に取る。

 2P協力プレイだ。

 ニッと笑いながら視線を交わし、ゲームスタート。


「中元さんって普段こういうので遊ぶの?」

「全然。十七年くらいブランクある」

「……そんなに?」

「なんていうか、ずっと海外に住んでたんだよ。あっちにはゲーセンなんてなかったし、こっちに戻ってからは公衆トイレ代わりに使ってただけだからな。プレイするのは久しぶりだ」

「へえ。それが縁であのアンジェリカって子と知り合ったの?」


 リオは正確無比な速射で、次々にエイリアンを撃ち抜いていく。

 頼りになる女ガンマン。対する俺は、あらぬ方向に弾をばら撒く新米兵だ。

 がぶりとエネミーに噛みつかれ、ライフゲージがごりごり削られていく。


「ああ……っ」


 剣だったら得意なんだけど。剣だったら負けないんだけど!

 大人げない負け惜しみを吐きながら、早々にゲームオーバーをやらかす俺である。


「いやー、さっぱりだな」

「……やり方教えたげよっか?」


 今度は一つのコントローラーを二人で握り、リオのアシストの元に撃つこととなった。


「おおっ、すげえ。面白いように当たるな」

「素手だとあんな強いのに、なんで銃はダメダメなのかな」


 一通り異星人の一団を壊滅させ終えると、クレーンゲームの筐体に向かった。

 どうやら俺は、こっちに適性があるらしい。ものの数分でゆるキャラのぬいぐるみをゲット。地元とコラボしてる熊のキャラクターだ。

 上手いもんじゃんと感心しているリオの手に、ぽとんと景品を乗せてやる。


「え……くれるの?」

「おじさんが持ち歩くにしちゃファンシーすぎるよ」

「……ありがと。一生大事にするね」


 大げさに喜ばれてしまった。目尻には涙まで浮かんでいる。

 ちゃんと真っ当な女子っぽい振る舞いも出来るんだな、とつい頬が緩む。

 そして今の自分の立ち位置が、年下の彼女を甘やかす彼氏そのものだという恐るべき事実に気付く。


 ……あれ……?

 なんか俺ら……平然とデートしてないかこれ……?


 いいのか……?

 いいよな……?

 

 頭を落ち着かせるべく、一旦リオから離れることにした。

 

「飲み物買ってくるから、ここで待ってろ」


 俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない。

 

 念仏のように唱えながら、自販機を目指して走る。

 よし大丈夫、邪念は消えた。

 さすが勇者だ、超禁欲的だぜ。


「あいつ斜め前の角度から見ると、めっちゃエルザに似てて可愛いよな」


 台無しな独り言を吐きながら、ホットの紅茶を二つ購入する。小ぶりなボトル缶入りの、女の子が好きそうなやつだ。

 まあ、問題ない。年下の子を、可愛らしいと思う分には無罪である。

 こんなのは子猫や子犬に向けるのと同じ感情で、性欲が含まれていない分にはただのあしながおじさんだ。


 俺は缶を両手に抱えながら、リオの元へ戻った。


 が、いない。

 数分ほど待ってみたが、リオは姿を現さない。


 おかしい。一人で遊んでるのだろうか?

 あいつってそこまで協調性なかったか?


 不審に思いながら、店内を探し回る。

 そしてトイレの前を通りがかったところで、あっと声を上げる。


 リオのやつ、急に用を足したくなったのかもしれない。漏れそうになって、大慌てで駆け込んだのかも。

 

 ならそのうち出てくるはずだ。

 便所で出待ちは気まずいので、元の場所に戻ることにした。

 その時だった。

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