第58話 攻略難易度
喫茶店に入ると、壁際の席に向かった。
たしか待ち合わせ場所はこのあたりだったはずだ。
二人はどこかな、と首を左右に動かしていると、
「こっちこっち」
と斜め後ろから女の子の声で呼ばれた。リオだ。
見れば座ったまま身を乗り出し、小さく手招きしている。
珍しく、私服姿だった。
白いニットセーターを着込み、首元には濃紺のマフラーを巻いている。
テーブルに隠れていて見え辛いか、おそらく下はフレアスカートだろう。色はマフラーと同色で、上下からセーターの甘ったるさを引き締めている。
通路側に一本だけはみ出した足は、真っ黒なタイツに包まれていた。膝がかすかに透けていて、変に艶めかしい。
アンジェリカに買ってやったティーン向けファッション誌で、『男子受け抜群コーデ』と紹介されていたものとそっくりだった。
上下ともに、モデルが着ていたのと瓜二つだ。
……あたしは男を落とすんだ、という気迫を感じる……。
当然ながらその男とは、俺なのであって。
あえてそこには意識しないようにして、もう一人の人物に目を向ける。
リオの隣に座る、帽子を目深にかぶった少女。顔にはサングラス。
先日世間を騒がせた、分裂JKこと冴木カナその人である。
体も厚手のロングコートに包み込み、体型すらわからないようにしている徹底ぶりだった。
いかにも私変装してますといった風体で、逆に目立つんじゃないかと思う。
俺が椅子を引くと、カナは押し殺した声で言った。
「なんであんたは顔隠して来なかったの? うちだけコソコソしてても意味ないじゃん」
カナと向かい会う位置で、座る。
「俺みたいな地味顔は、普通にしてた方が気付かれないんだよ。お前も同じだと思うぞ」
「……ほんと失礼だよね」
リオは「いいなあ」と呟いた。今の発言のどこに羨ましがるポイントがあったのか、まるで理解出来ない。
人より目立つ容姿をしたリオからすると、モブっぽい人相に憧れたりするのだろうか?
「カナっていつもこうやって、中元さんに貶して貰ってんの? ずるくない? 今のナチュラルに顔をディスる感じとか、どう見てもプレイじゃん」
カナは戸惑った様子を見せている。リオってこんなキャラだっけ? と口元を引きつらせていた。
リオは学校だとクールな勝ち組女子として生活しているらしいので、そのような面しか知らないカナからすると、ド肝を抜かれるのも無理はないだろう。
俺だって明るいうちからふしだらな発言をされて、たまげてるし。
召喚勇者二名を、言葉だけで翻弄する女。
実はリオは今、とんでもない戦果を上げていることに気付いていない。
「本題に入ろう」
俺は気を取り直して、カナに話しかける。
「教えてくれるんだろ? あっちの世界について」
「うん。だからここのコーヒー代奢って」
ちゃっかりしてるよな、と変な笑いが漏れてくる
「構わないから、知ってること全部話してくれ」
どうせ数千円以内の出費だ。今の俺にははした金である。
俺は店員を呼び、三人分の飲み物をオーダーした。
ついでに女の子達に本日のおすすめケーキを、と頼むのも忘れない。
格好つけてるわけではない。この方がカナは饒舌になるだろうと思っての判断だ。
店員が置いていったレシートを、手元に引き寄せる。
俺が払うという意思表示。
カナは「当然だよね」な顔をしているが、リオの顔は赤らんでいた。
「まさかあたしにも奢る気なの? いいってば別に」
「おっさんが十代の女の子とワリカンした方がみっともないだろうが。黙ってご馳走になってろ」
「……はい」
【斎藤理緒の性的興奮が70%に到達しました】
【同意の上で性交渉が可能な数値です。実行に移しますか?】
【実行した場合、一定の確率で子供を作ることが出来ます】
【産まれた子供は両親のステータス傾向と一部のスキルを引き継ぎ、装備、アイテムの共有も可能となります】
【また子供に対してはクラスの譲渡も可能となります】
ちょっと気前のいいところを見せるだけでこうなるのか?
お前ちょろすぎないか?
リオはただでさえ人目につく顔をあられもなくふやかし、息を荒げていた。
カナの変装や俺の地味顔カモフラを台無しにするくらい、悪目立ちしている。
もう隠蔽魔法使おうかな、と思考を雑にさせるパワーがあった。
「さっさと情報交換だけして解散しよう」
「そうしよっか」
カナと顔を寄せ合い、ひそひそと会話する。
「とりあえず異世界人の成り立ちについて聞きたい。地球人を分割して作ったとか言ってたよな。あれどういう意味だ」
「そのまんまだけど。元々あっちの世界には、植物や虫しかいなかったらしいから。脊椎動物がいる次元って、かなりレアみたい。それで地球のを切って増殖させて、かたっぽ連れてきたんでしょ。あとは適当に繁殖させたんじゃない?」
「レア……」
「これだとモンスターをどうやって作ったのかは、説明出来ないけどね。そういうのは聞かない方がいいって言われたし、うちもあんま興味なかったし。……ってか、裏ダンジョン行かなかったの? あそこで色々教えてくれなかった? 異世界ってどこもそういう仕様になってるって、うちは教わったんだけど」
「裏?」
カナは片眉を上げ、呆れたような表情になる。
「ほんとに何も知らないの? 魔王を倒したら、新しいダンジョンが出現したでしょ? それすらなかったの?」
「……初耳だな。裏ダンジョンなんて、俺のいたとこには出てこなかった」
「ふーん? じゃ、まだその世界はちゃんと攻略してないことになるんじゃない?」
コーヒーが運ばれてくる。
俺は一番小さなカップを受け取ると、一口だけ飲んだ。
カナはカップにミルクを垂らし、スプーンを使ってくるくるとかき混ぜている。
「裏ダンジョンとやらは、親切に異世界の裏設定まで語ってくれるやつがいたのか。そいつは何者なんだ? そこのボスか?」
「入ってすぐに、案内人がいたの。その人が勝手に喋ってきたんだよね。……しかもそいつ、顔が裕太だった。なんでもうちが一番会いたがってる人の姿に見えてたらしいから、ほんとは全然違う外見なんだろうけど」
「厄介な性質だな。それ、攻撃をためらわせるのが狙いなんじゃないか?」
「なんでそう悲観的な解釈しか出来ないかなー。……でさ、案内人と一緒にダンジョンの内部に進んだんだけど、なんか変な感じだった。見た目は石で作られた、遺跡風の場所でね。壁画がいっぱい描かれてた。太陽系とか人間とか、螺旋っぽい模様とか。あの螺旋って、今思うと遺伝子かも」
太陽系に、遺伝子。
中世ヨーロッパ風の異世界に、他の銀河系やミクロの世界を観測する科学技術などなかったはずだ。
世界観から浮いている。そんな印象を受けた。
「裏ボスは弱かったよ。魔王の方がまだ手応えあった」
失礼致します、とウェイトレスが声をかけてきた。
チョコレートケーキの乗った皿を、カナとリオの前に置いている。
カナは目の色を変えてフォークを掴み、「ごちになりまーす」と調子のいいことを言っている。
「わ。すっごい美味しい。……ってかさ、お店の中で堂々と話してよかったわけ?」
「どうせ誰かに聞かれても、ゲームの話としか思われないよ」
「それもそっか」
カナはもむもむとケーキを咀嚼しながら、同意した。
「なんでゲーム風なんだろうな、異世界って」
「さあ? なんでもいいんじゃないの、楽しかったし。ま、うちも最初はビビったけどね。いきなり目の前にRPGみたいなテキストがブワーッと出てきた時は、頭おかしくなったと思ったし」
「あー……なるよな。システムメッセージが見えた時は、精神疾患だこれって絶望したからな」
あるある、と二人して首を縦に振る。
召喚勇者だけに通じる、苦労話である。
そんな俺達の様子を見て、リオはむっと顔をしかめている。
「異世界って、誰かが人工的に作ったものなのか? 話を聞いてるとそうとしか思えないんだが」
「そーなんじゃないの?」
「誰が作ったと考えてる?」
「宇宙人でも神様でもなんでもいいよ。うちらにはもう関係ない話だし」
「関係あるんだなこれが。……俺、異世界の連中に狙われてるんだよ。そのうちまた妙なのをこっちに送り込んでくるかもしれない」
「……は? なんで?」
「知るかよ。俺が強くなりすぎたから危険視してるそうだが、逆恨みもいいとこだ」
「……逆恨みねえ。中元さんのいた世界って、なんて名前?」
カナは紙ナプキンで口周りを拭きながら、探るような目で見てくる。
「……わからん。そもそも異世界に名前なんてあるのか」
「んー。うちのいた世界はアクアラって名前でね、やたら地名に水っぽい単語が使われてた。そっちにも命名法則に傾向あったでしょ? そういうの教えてくんない? それで大体わかるから」
ああ、と俺は頭の中で地図を広げる。
「月だ。俺んとこは月っぽい名前の町が多かった。王都なんてルナティウスだったしな」
「ご愁傷様。……それ、最高難易度だよ」
カナは憐れむような目を向けてくる。こいつがこんな表情をするのは、初めて見た。
「……どういう意味だ?」
「異世界ってね、三つの難易度があるらしいの。まず、一番簡単なやつ。イージーモードの世界は、水を冠した名前。住民は勇者に好意的で、モンスターは弱っちい。どんな情報も簡単に手に入るし、町を歩けば従順な美男美女が擦り寄ってくる。ノーマルモードの世界は、大地を冠した名称。何から何まで普通みたい。地球もここに含まれるみたいよ。……で、一番酷いのが月の名前を授かった世界。人々は勇者を憎むし、モンスターは凶悪で狡猾だし、仮に勇者を愛してくれる者がいたとしても、どこかに隔離されててまず会えやしない」
隔離。それを聞いた瞬間、エルザとアンジェリカの顔が浮かんだ。
ゴブリンの巣穴に閉じ込められた奴隷の少女、神殿から一歩も出られなかった神聖巫女。
「月の世界の魔王は、普通の方法じゃ倒せない。最も大切なものを捧げないと、かすり傷一つ負わせられない。そういう決まりになってるの。……ねえ、中元さんは一体何を代償にしたの?」
「お前に話す義理はないな」
「あっそ。……もしその世界を攻略出来た勇者がいたら、それはもう人間じゃないって聞いてる。どっかブッ壊れてるはずだってね。怖いから、うちもう帰っていい?」
「何?」
カナはポケットの中に手を入れ、ゴソゴソと漁っている。
「最高難易度の異世界攻略者なんて、怖すぎて近付きたくないし。はいこれ」
言って、コイン状のものを取り出し、俺に差し出してきた。
「……なんだこりゃ?」
「家に帰ったら、真ん中のでっぱりを押してみて。映像が再生されるから、人前でやらないようにね。じゃ、うちもう行くから。今日はごちそうさま」
カナは席を立つと、そそくさと出口に向かっていた。
言いっぱなしかつ、投げっぱなしである。
「まだまだ聞きたいことあるんだけどな」
消化不良気味なまま取り残された俺は、首に両手を当てて胸をそらす。
リオはちまちまとケーキを解体しながら、退屈そうにカナの背中を眺めていた。
「それ食い終わったら、俺らも帰……ん……?」
言いかけたところで、異変に気づいた。
何かすべすべしたものが、俺の足首をつついているのだ。
やがてそれはズボンの裾から入り込み、すすす、脛の方にまで上がってきた。
なんだ?
慌ててテーブルの下を覗き込む。
すると斜め前の席から、にゅっと女の足が伸びているのが見えた。
……こいつ、何考えてんだ?
人前だぞ?
あろうことか。
リオは靴を脱ぎ、爪先で俺の足にちょっかいを出しているのである。
ちょんちょんと先端で刺激したり、優しげに撫で回してきたり。
ついには内ももまで親指で触れてきた。
急ぎ、顔をテーブルの上に戻す。
真正面からリオを見据える。
「……二人きりだね」
囁くリオの顔は、完全に上気していた。
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