第56話 広がる守備範囲

 朝になると、俺はさっそく綾子ちゃんにステータス鑑定を試みた。

 

「あーあ」


 懸念した通り、がっつりとレベルが上がっていた。

 あまり攻撃や敏捷は伸びていないのでそこは一安心だが、魔力方面の数値が大変なことになっていた。

 どうやらこの子は、後衛としての才能を秘めていたようだ。


 しかも、スキルが一個増えていた。


【弱体魔法】


 である。

 いわゆるデバフで、闇属性や魔属性でないと開眼しないはずの技能なのだが……。

 そうか、綾子ちゃんは闇属性だったのか。納得だけど。

 そこはまあ、どうでもいいのだ。

  

 それよりも、一般人が魔法を覚えてしまったことの方が気になる。

 まず日本で生活してれば、獲得しなかった技能だろう。

 尋常でない経験値とスキルポイントを貰ったことで、目覚めてしまったのだと思われる。


 どうしたものかなと腕を組んで唸っていると、ふとあることに気付いた。


「デバフ?」


 ひょっとしてひょっとするのか?

 俺は綾子ちゃんを手招きし、近くに引き寄せる。

 

「今から言う通りに詠唱してみてくれない?」

「……詠唱ですか?」

「ていうか昨日、頭の中にスキルの使い方が浮かんでこなかった?」

「……眠かったですし……それに私、てっきりいつもの幻聴かと思って」

「いつも聞こえてんの?」


 怖いので深入りしない。


「とにかくさ、筋力低下パワーダウンって言いながらこっちを指差して欲しいんだよ。それで発動するから」

「はあ」


 ごっこ遊びみたいで恥ずかしいですね、と言いながら綾子ちゃんは呪文を口にした。

 瞬間、ずしりと重くなる体。

 重力をきちんと感じる程度に、身体能力が落ちた証だった。


「うおっ……これは……すげえ倍率だな……」


 大丈夫ですか!? とおろおろする綾子ちゃんに、むしろありがたいと礼を言う。

 しっかりと両肩を掴み、目と鼻の先にまで顔を近付ける。

 感動のあまり、こうせずにはいられなかったのだ。


「ありがとう綾子ちゃん。君のデバフがあれば、俺、一般人と同じように生活出来ると思う」

「……え?」

「ていうかアンジェも強くなり過ぎたし、あいつもデバフかけて貰わないと不味いだろうしな、うん」

「……どういう?」


 ちょっと誤解されそうな言い回しだけど、ためらいながらも告げる。


「ずっと俺と一緒にいてくれないかな? 君が必要なんだよ」

「はい!」


 と即答されたところで、バスルームからアンジェリカが飛び出してきた。


「子作り子作りー!」


 とんでもない台詞を発しながらの登場だが、俺と綾子ちゃんを見て瞬時に固まった。


「……は?」


【パーティーメンバー、神聖巫女アンジェリカの独占欲が500上昇しました】


「違う、何もやましいところなんかないんだ。綾子ちゃんも何とか言ってくれ」

「ずっと一緒にいて欲しいって言われました」

「綾子ちゃん!」


【パーティーメンバー、神聖巫女アンジェリカの独占欲が5000上昇しました】


「お父さん……昨日の今日で……あんなこと私に言っておきながら、起きるなり他の女の子にプロポーズですか……」

「違う、聞いてくれ」

「信じらんない!」


 すぐにでも私と赤ちゃん作って貰いますからね! と飛びかかられる。

 

「いかんよせ……あっ! 腕力が落ちてるから振り払えない!」

「どうしたんですかおとーさん? 全然抵抗しないですね?」


 ほんとはこうされたかったんじゃないですか? 嫌よ嫌よも好きのうちって言いますしね? と完全に男女逆な迫り方をされる。


「綾子ちゃん! すぐアンジェにも同じデバフをかけてくれ!」

「あわわ……」


 慌てふためく綾子ちゃんを見ながら、なんだかんだで今、幸せだよなあと考えたりする。

 ドタバタしてるけど、充実してはいる。


 異世界から帰ってみれば、俺の人生はゴミみたいになっていた。

 でも今は、そんな俺を必死に拾い上げようとしてくれる女の子がいる。


 ちょっとは自分を大事にした方がいいのかもな、なんて思う。

 俺を好きだと言ってくれる女の子を、ゴミ処理業者にしていいのだろうか?

 いや、よくない。

 ゴミのままでいてはいけない。


「一姫二太郎で仕込んでいきますからねー!」


 と鼻息を荒くするアンジェリカを、羽交い締めにする綾子ちゃん。

 この日常を守るためにも、俺は俺のことも守らなくちゃならないんだろう。


 やぶれかぶれな生き方をやめるってのは、そういうことだ。

 ちゃんと守る範囲に、自分自身も含めないと駄目なのだろう。


「悪いアンジェ、悟った。俺は次のステージに上がった。だから許してくれ」

「わけわかんないですよー!」


 デバフの効果によって力の弱まったアンジェリカにじゃれつかれながら、俺は朝食の支度に入った。

 

 フライパンに火を通し、油を敷く。

 卵を割って落とすと、なんと黄身が二つ出てきた。

 こいつはちゃんと天然ものの双子だよな? と苦笑しながら、調理を続ける。


【まるで地球人と異世界人ね】


 とエルザがシステムメッセージで話しかけてきたので、俺は「そうだな」と返す。

 俺達は元々、同一の存在なのだという。

 カナにはまだまだ、聞かねばならないことがあるだろう。


 以前の俺なら他の全てを振り切って尋問しに出向いているところだが、今日はそんな気分ではない。

 もうちょっと……アンジェリカ達と遊んでからにしようかな、という心情になっているのだ。


 自分の人生も大事にするって、そういうことだろ?

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