第54話 戦後処理
綾子ちゃんの話によると、裕太は上手く丸め込めたらしい。
「大丈夫ですか? 冴木くん凄い熱でしたよ。意味不明なことも口走ってましたし。……え? まさかどうやっておトイレに来たのかも覚えてないんですか? ひょっとして、高熱でせん妄状態になってたんじゃないですか? 気をつけて下さいね。未成年だとたまに、こういうことが起きるみたいですから」
と顔を近付けて説き続けたところ、納得してくれたそうだ。
裕太は耳まで赤くなり、「すぐ病院に行きます」と宣言したらしい。
カナもあの調子だと大人しいままだろうし、もうドンパチを行なう必要性はないだろう。
増殖した天才達についてだが、さすがにこれを処理するのは無理だ。
世間が受け入れるのを待つしかない。
今回の件に対する、一般人の受け止め方はこうである。
「どこかの科学者が違法で人のクローンを作ってた。冴木カナとかいう子はそれに便乗して、有名になろうとしただけ」
さすが天国も地獄もない次元の人々なだけあって、ファンタジーもへったくれもない解釈をする。
ネットで検索してみたところ、カナは『分裂JK』なるあだ名をつけられて、
それくらいの報いはあってもいいだろ、と思う。
ここから先は、冴木家が自力で乗り越えなければならない問題だ。
俺はあくまで勇者であって、カウンセラーでもソーシャルワーカーでもない。
圧倒的な戦闘力で、障害を排除する。
それが出来れば十分なのである。
「あとは俺らの処理だな」
深夜。
俺達はアパート横の公園に集合し、全く同じ顔を突き合わせて対峙していた。
俺達というのは無論、中元圭介達のことである。
山頂でカナの分身を葬った俺、圭介A。
二日間に渡っていつも通り仕事をしていた、圭介B。
監視役を担当した、圭介C。
三人の中元圭介は威勢よく挙手し、「消すなら俺にしろ」と主張し合っていた。
ことが済んだら、最も生かす価値のある一人を残して、他の二人は消す。
それが増殖前に立てたプランだった。
こうすれば、社会に余計な混乱をもたらさずに済むのだから。
「俺は右半身、左半身ともに魔法で生成された身だ。言わば一番オリジナルからほど遠い身だろ? なら迷わず消せるはずだ」
圭介Cは親指で己の顔を指差しながら、堂々と破滅的な申し出をする。
それに対して、圭介Bは反論を試みる。
「俺はテレビ局で下らない芸を見せてただけだぜ。こんな記憶はなくても困らないだろ。それより事件に深く関わったAかCを残すべきだ」
もちろん、俺にも反論の材料はある。
「下らないなんてことはないだろ。今後の社会生活を考えると、Bを残すのが無難だと思うがな。仕事中の記憶があるのはデカイ」
全員が、驚くほど自己犠牲の精神に満ちている。
といっても自分自身を気遣っているのだから、ただの自愛なのだろうか?
同じ人間で話し合うというのは、何度やっても慣れないものである。
「いっそくじ引きで誰を残すか決めるか?」
「そんな適当な。どの経験をした圭介を残すかは、死活問題だろうが」
「誰が選ばれようが似たようなものだ。他の二人を消す前に、この数日間で経験したことを教え合えばいい。これなら頭の中は大体同じになる」
「大雑把だなあ」
圭介Cは圭介Bの提案に、呆れた顔を見せる。
俺はといえば、「頭の中は大体同じになる」というフレーズでとあるアイディアが浮かんでいた。
「一つ提案があるんだ。医学的には無茶苦茶なんだろうが」
「なんだよ?」
今からお前らを真っ二つにさせて欲しいんだけど、と俺は言う。
「半分にした圭介Bの左半身と、圭介Cの右半身をくっつけて、魔法で治療してみる。反対側のペアでも同じことをする。上手くいけばBとCの記憶を持ち寄った、合成人間が二人生み出せる。本人同士なんだ、拒絶反応もないだろ。これを繰り返せば、全員の記憶が混じった圭介を作れると思うんだよ。そいつだけ残して、他の二人は消えればいい」
「そりゃあいい」
「すぐやろう」
俺も相当狂った提案をしていると思うが、迷うことなく同意したこいつらも中々のものだろう。
「服まで切れたら不味いし、脱いでおくか」
「深夜の公園でおっさんが素っ裸か。集まる前に隠蔽かけといてよかったな」
違いないと苦笑いしながら、俺達は脱衣する。
いくら最強の勇者といえど、寒いものは寒い。
さっさと終わらせてしまおう。
俺は瓜二つの表情で並ぶ圭介達に、勢いよく光剣を振り下ろした。
二人の俺は、均等に切り分けられた四つの肉片となる。
傷口は、両断と同時に焼き切られている。綺麗なものである、一滴の血も流れていない。
俺はそっと切り分けられた圭介BとCを手に取った。
びくびくと蠢き、まだかろうじて息があるのがわかる。
いくら俺の生命力といえども、急がなければ絶命してしまう。
素早く切断面を重ね合わせ、
俺のヒールはあらゆる傷を塞ぎ、限りなく蘇生魔法に近いとまで謳われた性能である。
まず間違いなく治療は成功すると思うが、それでも一抹の不安は残る。
成功しただろうか?
固唾を呑んで見守っていると、圭介達はもぞもぞと起き上がり始めた。
どちらも後頭部を撫で回し、なんとも言えない表情をしている。
「……あー……なるほど、こうなるのか」
「中途半端に記憶が薄れて、別の新しい記憶が流れ込んでくる感じだ」
もはや二人ともBであり、Cでもある。どう呼べばいいのかすらわからなくなった二人に、声をかける。
「そんじゃ次は俺を切断して、どっちかの半身とくっつけて欲しいんだが」
俺がやろう、と左側の圭介が申し出てきた。
「目つむってろ。すぐに終わらせる」
「悪いな」
俺は足を肩幅と同程度にまで広げ、仁王立ちになる。
ぎゅっと目を閉じる。
それでも空気の流れで、剣が振られているのがわかる。
来る。
もうすぐ来る。
ほんの一秒後に、俺は両断される。
「……ッ!」
――来た。
体の中心を、熱の鞭が通っていく。
それと同時に、意識が途切れた。
「 」
数瞬の空白。
やがて思考が戻ると、俺の中に怒涛の勢いで記憶の奔流が流れ込んできた。
冴木家をずっと監視していた、Cの記憶。
スミレテレビに出勤し、楽屋で珍妙なアイドルに交際を申し込まれたBの記憶……交際……!?
……いいのかこれは?
「アンジェに申し訳ないんだが」
身を起こし、うなだれる。何やってんだ俺は、と。
自然、視線は腹部に向く。
すると脇腹に油性マジックで書かれた、二つのアルファベットが視界に入った。
右の腹にA。左の腹にB。
紆余曲折を経て、俺の左半身は元の場所に帰ってきたのだ。
隣に目を向ければ、無残にも真っ二つにされた俺の肉塊が横たわっている。
「こっちは回復してやらないのか」
俺の言葉に、圭介B+C÷2(奇妙な表現だが、こうとしか言いようがない)は困ったような顔を見せた。
「どうせ消すんだしその必要はないだろ。さ、俺を殺してくれ。三人分の記憶を継承した、お前が最優の圭介だ。しかもその体は、増殖前のオリジナル同士がくっついたものだしな」
「……何から何まで世話になったな」
「気にするな。なんたってほら、自分自身なんだから」
最強の勇者を倒しうるのは、やはり最強の勇者だけ。
それに俺は、やや攻撃力が防御力を上回っているのだ。
だから俺が他の圭介に攻撃をしたら、問題なく消滅させられる。
「じゃあな」
俺が発した攻撃魔法で、分身達は完全に消失した。
【中元圭介は戦闘に勝利した!】
【EXPを99999999999獲得しました】
【スキルポイントを999999獲得しました】
【勇者ケイスケはレベル301に上がった!】
【ユニークスキル「父性」の性能が上昇しました】
【スキル「神聖剣」の性能が上昇しました】
【スキル「法術」の性能が上昇しました】
【スキル「全属性耐性」を獲得しました】
勇者を倒しただけあって、莫大な経験値が流れ込んでくる。
これ以上強くなっても、不便なだけなのだが。
まあいいさ。
次は遺品整理だ。
三人分の服と靴が散らばっているので、その中から一番価格の高いものを選び取る。
下着、ジーパン、ワイシャツ、ベルト、セーター、コート、スニーカー。
一人分しか残せないので、慎重に吟味する。
仕分け作業が終わると、余った二人分の衣服は魔法で燃やした。
これから打つ芝居のためには、邪魔になるからだ。
あの二人には、生きたまま遠出したことになって貰う。
服が残っていては不自然だろう。
「……寒い」
ぶるる、と身震いをする。
そろそろ風邪を引きそうなので、大慌てで服を着込む。
帰ろう。
俺は首をすくめながら、すごすごとアパートに引き返した。
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